『愛染かつら』 (1938)

愛染かつら 総集編 [DVD]

作品メモ

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

現代数学小事典 (ブルーバックス) 初っぱな何から始めようかと考えましたが、「何から始まる」でいつも思い出すのが30年以上前に読んだ講談社ブルーバックス『現代数学小事典』の一節。
今は手元にありませんが、確かこんな内容でした。

昔の辞書は「愛」で始まり「をんな」で終わっていた。(仮名遣いが変わった)今の辞書は「愛」で始まり「腕力」で終わっている。

「うまいこと言うなあ」と妙に感心して、この部分だけしっかり覚えています。
数学とは全然関係ないところだけ記憶に残ってるのが困ったものですが……。

というわけで、今年最初のエントリーは「愛」で始まり「をんな」で終わっていた時代のこの映画。
すれ違い、身分違いといったメロドラマの要素をたっぷり盛り込んで大ヒット。戦後の『君の名は』と並んでメロ系の代表作となっています。
38年に前後編が作られた後、翌年に続編と完結編が製作され、その後も映画やドラマで幾度もリメイク。
テーマ曲「旅の夜風」もすっかり日本人のDNAに刷り込まれてしまい、オリジナルを見たことがない世代もあのイントロが聞えてきただけで「は~な~も~あらしも~」と口ずさんでしまうかもしれません。

オリジナルの方はすでにフィルムが失われ、1時間半の「総集編」のみ残されている模様。
こちらは幸いDVDになっていますし、時々BSやCSで放送もされているようで、比較的容易に接することができます。
今回もこの「総集編」をもとにチェック。
久々の鑑賞でしたが、お約束とも言える人物造形や演出、さらには後半の怒濤の展開など、巧みに「じれったいけどその先をさらに見たい」という気持ちにさせてくれて、このジャンルの定番といいますか、原点といいますか、エッセンスのようなものを見せてもらったような気がします。

一方で1938年といえば、前年に始まった日中戦争が拡大し、国家総動員法が発令された年です。
この先いよいよ大変な状況となっていくわけですが、人々はその寸前で漠たる不安を抱えつつヒロインのひたむきな姿に夢と希望を託していたのかもしれません。
平和のありがたさをかみしめつつ、以下チェックしていこうと思います。

キャスト&スタッフ

夫に先立たれ看護婦として働きながら懸命に娘を育てている高石かつ枝に田中絹代。美貌で優秀な白衣の天使でというだけで十分すぎるキャラですが、さらに歌が飛び抜けて上手という設定から、後半すごい展開となります。
彼女を見初めた勤務先の津村病院の長男津村浩三にハンサムすぎる上原謙。
意地悪なように見えて味方になると心強い先輩看護婦峰沢治子に出雲八重子。コメディリリーフも担当していて、こういったキャラの配置が今の目線で見ても良くできていると思います。
他に、京都に住む浩三の友人服部に佐分利信、帰国した中田博士の令嬢未知子に桑野通子等々。
その他詳しい資料的なことは各映画サイト等をご覧ください。

監督野村浩将、原作川口松太郎、脚色野田高梧、撮影高橋通夫。

ロケ地

もちろんIMDbあたりには資料があるわけありません。
こういう古典的な作品はおそらくどこかでロケ地が詳しく解明されているかと思いますが、そういうのを先に見てしまうと面白く無いので、例によってウェブマップを頼りに画面とにらめっこでチェックしていきました。
答え合わせはしていませんので、もし間違えていたらごめんなさい。間違いのご指摘大歓迎です。

公園

冒頭母娘の場面。
座ってチョコを食べたベンチの向こうに、四角い水辺が広がっています。
水面は堀のように低いところにあり、四角の各辺には水際まで降りられる階段が付いているようです。

これは横浜の山下公園ですね。
現在で言えば氷川丸の前あたり。
こちら↓の横浜開港資料館のサイトに掲載されている絵はがきが、どんぴしゃりです。

マップではこちら↓

国土変遷アーカイブ国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空撮では、水辺は1949年までは確認できますが、56年には姿を消しています。

峰沢治子に見つかってしまった場面の背後に大きな建物が見えますが、今も建っているホテルニューグランド本館と思われます 。
そのアングルをストリートビューで無理やり再現するとこういった感じ。


大きな地図で見る

最近のエントリーで言えば、『愛と希望の街』のレストランの場面がこのホテルニューグランドで、眼下に母娘がいたあたりが写っています。

※15/2/7追記
先月(2015年1月)横浜をブラブラした時に撮ってきました。

By inagara (CC BY 3.0)

再現するとこんな感じでしょうか。
柱の向こうにホテルニューグランドがちゃんと見えています。

この場所、『上海の女』(1952)でも登場していました。

花壇の脇に案内板が立っていました。
その解説では55年頃に埋め立てられたとあります。

By inagara (CC BY 3.0)

クリックするとPicasaウェブアルバムに移動します。
そこでさらに右上の虫眼鏡アイコンをクリックすると、画像を拡大して見ることができます。

By inagara (CC BY 3.0)

パブリックドメインで全然構わないのですが、Picasaウェブアルバムの設定ではCC BYより緩くはできないので、CC BY 3.0としました。

お寺

「愛染カツラ」の木があるお寺。
(以下、樹木そのものを示す場合はタイトルと混同しないように「愛染カツラ」と表記しています)

映画の中

上原さんのセリフでは「えいほう寺」と言っていますが、字は不明。
津村家の菩提寺という設定で、「谷中の墓地の方」と言っています。
このあたりはあくまで設定でしょうから、アテにはなりません。
(※14/1/6追記 コメント欄で赤松さんから情報寄せていただきました。原作やシナリオでは「永法寺」となっているそうですが、実在はしないとのことです)

映像でヒントになるのは、まず2人が近づいていくショットのお堂(0:20頃)。この場面の他映画中盤でかつ枝がひとりでやってくる場面でも登場します(0:57頃)。「愛染カツラ」はお堂の手前右側にあるように見えます。
それに続く返しのショットでは、左側に「愛染カツラ」、やってくる2人の背景左側に大きな山門、右端には手水舎が見えています。山門はかなり立派な感じで、前後に大きな段差はないようです。これはちょっと特徴的。
さらに次の「愛染カツラ」をティルトダウンで捉えるショットでは、背景に別の建物が見えます。下の部分が鐘楼のような末広がりの袴腰となっていて、これまた特徴的。
人物の影がとても短いので、夏至に近い時期のお昼時に思えます。門の方角が南でしょうか。

池上本門寺(東京都大田区)

結論から言いますと、この門は東京都大田区にある池上本門寺Wと思われます。
このあたりはこれまで何本か扱った小津監督作品のロケ地同様(→ タグ「小津安二郎」)私inagaraが個人的に土地勘がある場所でして、「あれ?もしや??」と気づきました。
おそらく地元の方なら同様にビビっと来たはず。

まず門の位置をマップで示しますと……

お堂があったのはこのあたり。

上のSVで中央に写っているのはお寺の総合案内所で、映画の当時はありません。
お堂があったと思われるのはその後ろ(東側)の方です(=Wikimapiaの位置)。

残念ながら門を含め映画に写っていた建物はすべて1945年4月15日の空襲で焼失してしまっています。
門や本堂などは戦後再建されましたが、「愛染堂」に相当するお堂や袴腰の建物は復元されていません。

戦前の空撮画像(国土変遷アーカイブ)では詳細は確認できませんでしたが、たとえば本門寺で販売されている『撮された戦前の本門寺』(初版2010年6月、池上本門寺霊宝殿発行)という写真集に戦前の様々な画像が掲載されていて、そちらで見ることができます。
これらの画像を映画と照合しますと、映画で「愛染堂」として登場していたのは、大黒堂というお堂であることがわかりました。
同書の説明では、

天明8年(1788)に建立され、日蓮聖人御作と伝わる大黒天像を祀っていた

とあります(P.19)。
またカツラの木の背後に見えた袴腰の建物は、大黒堂に向って右側、少し手前にあったもので、鐘楼ではなく鼓楼でした。

画像を見ていただければ一目瞭然なのですが、勝手にアップするわけにもいかずどうしようか迷っていたところ、同様の画像がアップされているサイトがありました。

http://www.d1.dion.ne.jp/~s_minaga/edo2.htm

こちら↑の下の方「戦前皷楼/鼠山感応寺遺構」と書かれた部分に掲載されたセピア色の画像をご覧ください。
左側に小さく写っているのが大黒堂、右側に大きくあるのが鼓楼(画像の右側「池上本門寺鼓楼:左図拡大図」をクリックすると大きな画像を開くことができます)。
また大黒堂は上記サイトで「戦前祖師堂前:明治中期、国際日本文化研究センター蔵」としてリンクが貼られている画像の右端にも写っています(『撮された戦前の本門寺』ではP.10に掲載)。

『撮された戦前の本門寺』でもP.19に、

なお、大黒堂は戦前の大ヒット映画「愛染かつら」のロケ地となったため、背景に一部が写る鼓楼、仁王門とともに今でもフィルムで見ることができる。

とありますので、撮影地はここで正解と思われます。

By inagara (CC BY 2.0)

新春スペシャルと言うことで(?)珍しく自前の画像をどうぞ。
映画のアングルにできるだけ近づけてみました。
門も手水舎も位置が映画の当時と同じとは限りませんが、もし同じ位置、大きさで再建されたとすると、映画のカメラ位置はもう少し後ろとなります。

By inagara (CC BY 2.0)

同じ位置から真後ろに振り返ったところ。
ここにお堂やカツラの木があったはずですが、残念ながら現在はこういった感じで面影はまったくありません。

以下はあちこちにある「愛染かつら」ゆかりの地。
参考資料としてご覧ください。

中禅寺(栃木県日光・参考)

この記事を執筆現在(2014年初頭)日本版Wikipediaの愛染カツラWの項目で、ロケ地が日光の中禅寺であるように書かれています(「注釈5」)。

映画『愛染かつら』の撮影地は、栃木県日光市にある中禅寺であり、同寺の境内にある、撮影で用いられた桂の木も「愛染かつら」と呼ばれる(ただし、撮影に使われたものは落雷にて焼失、現在のものは二代目)。

ウェブマップで確認すると山門など建築物の形が違うので、映画の撮影地としてはここではないように思えますが、いかがでしょう??
それとも「愛染カツラ」は別撮りだったのか、あるいはリメイク版の『愛染かつら』のことなのか、いろいろ疑問がわいてきますが、詳しくは調べていません。

・山門

・鐘楼

・愛染堂

※14/1/6追記
コメント欄で赤松さんから情報寄せていただきました。
こちらはやはりロケ地ではないとのことです。
Wikipediaの記述は何だったのでしょう??

北向観音(長野県上田市別所温泉・参考)

長野県上田市別所温泉の北向観音W境内に「愛染かつら」の木があり、Wikimapiaで「Aizenkatsura tree」とマークされています。

このエントリーを執筆時点(2014年初頭)でWikipediaの愛染カツラ(木)Wには、

川口はこのカツラの木と木に隣接する愛染明王堂に着想を得て、1編の恋愛ドラマを書き上げた。

とあります。
また北向観音の公式サイトでも、北向観音境内のページで、

境内の東隅にある愛染明王堂とこの桂の木に因んで故川口松太郎氏(1899 – 1985、第一回直木賞受賞)が「愛染かつら」を書かれたことはあまりに有名です。

と記されています。

自性院(東京都台東区谷中・参考)

こちらのお寺の入口右側には、台東区教育委員会が記した「愛染堂・愛染かつらゆかりの地」という説明書きがあります。

説明書きには、

川口松太郎の名作「愛染かつら」は、当院の愛染明王像と本堂前にあった桂の古木にヒントを得た作品だといわれる。

とありますが、これですと上述Wikipediaにおける愛染カツラの記述や、北向観音のサイトの記述とは矛盾しています。
こうなるともう何が何だかわかりませんが、いずれにせよこれらはあくまで原作ゆかりの地と言うことで、映画には登場しているわけではなさそうです。

※14/1/6追記
コメント欄で赤松さんから情報寄せていただきました。
川口松太郎は、こちらの寺院にあったカツラの古木をヒントに小説を書いたとのことです。
台東区教育委員会の記述が正しかったのですね 🙂

新橋駅

0:31頃。
撮影は設定通り新橋駅でしょうか(未確認)。

京都

0:41頃。
舞妓さんとすれ違うのはいかにも祇園ですが、たとえばこういったところでしょうか。

ただ巽橋の昔の画像を見てみてもちょっと映画とは違うようです。

0:47、1:13頃。
未知子の送迎で登場する港は、おそらく横浜港。

熱海駅

1:00頃。

ゴルフ場

1:02頃。
設定では熱海。
クラブハウスの形から、もしかすると解明できるかもしれません。

※15/1/22追記

『熱砂の誓ひ』をチェックしていて気づきましたが、もしかするとこちらかもしれません。

川奈ホテルW

By William Cho via flickr
(CC BY-SA 2.0)

独唱会

設定では東劇(東京劇場)W(セリフから)。
実際の撮影もそちらでしょうか。

リメイク版(1962)のロケ地(参考)

※14/1/6追記
コメント欄で赤松さんから情報を寄せていただきました。
リメイク版『愛染かつら』(1962年、監督中村登、主演岡田茉莉子、吉田輝雄)のロケ地になったのは東京都世田谷区にあるこちらのお寺だそうです。

九品仏浄真寺W

赤松さんから画像も提供していただきました。
撮影は35年ほど前とのことです。70年代の終わり頃でしょうか。

©赤松幸吉

こちらは仁王門。

©赤松幸吉

こちらが映画版正真正銘の「愛染かつら」の樹。

©赤松幸吉
©赤松幸吉

資料

更新履歴

  • 2015/02/07 「公園」に画像追加
  • 2015/01/22 「ゴルフ場」追記
  • 2014/09/25 国土変遷アーカイブ空中写真閲覧サービスの統廃合に伴い、国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスへリンクを切替
  • 2014/01/06 赤松さんの画像と情報を追記(「リメイク版(1962)のロケ地」等)。「お寺」の構成を一部変更。

『愛染かつら』 (1938)” への2件のコメント

  1. 大好きな映画が出たので興奮気味です。
    私が夢中になったのはリメイク版(松竹 岡田茉莉子・吉田輝雄コンビ)とテレビ版(長内美那子・吉田輝雄コンビ)の方ですが、原点となったこの作品にも興味を持っていました。

    さて、冒頭の「公園」はずっと日比谷公園(リメイク版がそうなので)だと思っていました。今回inagara様の記事で山下公園とわかり、びっくりしています。昔の絵はがき(よくぞこんな古い写真を見つけられた)で確認できました。

    津村家の菩提寺という設定で、セリフの「えいほう寺」は「永法寺」です。川口松太郎の原作もシナリオでもこの表記になっています。ただし、実在しません。モデルとなっているのは谷中の本覚山自性院愛染寺で、松太郎はここのカツラの古木をヒントに小説を書きました。

    さて、映画に現れた愛染カツラは一体どこで撮影されたのでしょうか。
    これはまさしくinagara様の記述通り、池上本門寺でした。
    30年以上前に、あれほど有名になった樹が誰もどこにあるのか知らず(当時の松竹の社員も知らなかったほど)、色々と調べた結果、池上本門寺だと見当をつけ、住職に直接電話したところ、「先代から映画の撮影があったと聞いたことがある」との返答を得ました。これでロケ地も確認できましたが、inagara様の記述通り、「ただし、戦災ですべて焼けてしまって跡形は全く残っていない」ということでした。
    今回のinagara様の指摘された同寺史の戦前の写真や記述は全く知りませんでした。

    以下の中禅寺(栃木県日光)などの愛染カツラは映画のロケ地になったことはありません。地方には「愛染かつら」伝説が多くあって、何かの縁で名前を使用しているだけで、映画とは全く関係がありません。大阪にもリメイク版の公開時に岡田茉莉子が植樹した寺がいつの間にか、ロケ地のようになってしまいました。

    リメイク版(松竹 昭和37年度)の愛染カツラは浄真寺 九品仏(世田谷区)です。これも30年以上前に現地に足を運んで、自分の目で確かめてきました。現在でもこの樹はあります。もちろん、しめ縄や根元の小仏などは映画の小道具でありません。
    この樹が現在では、唯一映画版正真正銘の「愛染かつら」の樹と断定できます。

    独唱会は東劇(東京劇場)となっていますが、シナリオでは「歌舞伎座」となっています。これはどうでしょうね。

  2. 赤松さん、コメントと画像ありがとうございます。
    凄いですね、30年以上前にすでに本門寺へ問い合わせていらっしゃたとは。
    本門寺の昔の写真集は、数年前に訪れた時に買うことができましたが、まさか『愛染かつら』のロケ地チェックに使えるとは思ってもみませんでした。

    九品仏も何度か訪れたことがありましたが、なにせリメイク版は見たことがないので、撮影地としてはまったく意識したことがありませんでした。
    今度またぜひ行ってみようと思います。

    全国各地の「愛染カツラ」は、やはり全部ホンモノのわけはないですよね。なんだか微笑ましい気もします。

    横浜山下公園は当時こういう水際があったというのが結構意外ですよね。
    この絵はがき以外にも画像はあると思いますので、見つけたら追記していこうと思います。

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