『勝手にしやがれ』 À bout de souffle (1960)

勝手にしやがれ [DVD]

目次

作品メモ

先週は高倉健さんの訃報の他にもうひとつ、フランス映画社倒産という残念な出来事がありました。
BOWシリーズを楽しまれた方たちも、さぞがっかり……というよりビックリされていることと思います。
財務内容はわかりませんが、報じられた負債総額がマンション1軒にも満たないようなもので、余計に侘しいものを感じました。
アート系の作品を単館系劇場公開という形で商業ベースで成り立たせるのは、いよいよ難しくなってきているのかもしれませんね。

かくいう自分も「居ながら」がさらに加速してきて、劇場へ行くのは年にわずか数回。とっくに「映画は劇場で」という発想がなくなっています。
見ている延べ本数は、DVD、BS、CS、有料配信などでむしろ増えているわけですが、どうしても偏りがあることは確か。
できればこういったメディアの中で、昔好んで見ていたような単館系の作品を見る機会がもっと増えていけば良いのにと思います。

フランス映画社のニュースでは、『ベルリン天使の詩』と並んでこの『勝手にしやがれ』が代表的な配給作品として挙げられていました。
影の部分 (真夜中BOOKS) 最初に買い付けたのは秦早穂子さんだったかと思いますが、リバイバルを手がけたと言う意味でしょうか。
でもってそれが作品の再評価につながったということなのか、そこらへんは最初の公開はもちろん、リバイバルの時もリアルタイムでは見ていないので、よくわかりません。

というわけで高倉健さん追悼の『ブラック・レイン』に続いて、『勝手にしやがれ』です。

ゴダール監督の輝け長編第1作。
内容や資料的なことはいくらでも転がっているでしょうから、そちらをご覧ください。
映画の評価は人によりけりでしょうけど、ロケ地チェック的にはパリに行ったような気分になってとても楽しめる一本。

フランス語原題は「息切れ」で良いのでしょうか?
秦早穂子さんによるのか配給会社の他のスタッフによるのかは知りませんが、邦題はホントに秀逸ですね。
ブレスレス [DVD]

英題は”Breathless”……ということで、リチャード・ギアの『ブレスレス』はアメリカ版リメイク。

出演はミシェルにジャン・ポール・ベルモンド、パトリシアにジーン・セバーグ、ヴィタル刑事にダニエル・ブーランジェ。
監督脚本ジャン=リュック・ゴダール、原案フランソワ・トリュフォー、撮影ラウール・クタール、音楽マルシャル・ソラール、監修クロード・シャブロル。

 
 

 

ロケ地

IMDbでは、

長いので折りたたんでいます。クリックで開閉します。

とフランス映画にしては詳しく載っています。
全部チェックしているとキリが無いので、気になったところをピックアップ。

気になるクルマがいろいろ登場しますが、例によって驚異のサイトIMCDbをどうぞ。

OP港

ここだけマルセイユ。
クルマを盗んだのはこのあたり。

パリまでの道

※14/12/7追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。
国道7号W
新聞記事にも書いてありましたが、様々なショットの具体的な場所は不明。

パリに着いて

※14/12/7追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

パリの最初のショットは、サン・ミシェル橋(Pont Saint Michel)を北から南へ。背景にノートルダム寺院。
橋を渡って左折すればパトリシアのホテル(後述)ですが、ここでは直進。

公衆電話

※14/12/7追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

公衆電話は1 Bd.Saint-Michel の現在claire’sの前。
上記サン・ミシェル橋を渡って、Boulevard Saint-Michelを直進すぐ左側。

@1993 milou アルバム「パリの映画館」から

milouさんからコメント欄で触れていらっしゃる映画館Espace Saint Micheltの画像です。
撮影は1993年9月。
このアングルなら右半分のどこかに電話ボックスがあったとおぼしき場所も写っているはずですね。 🙂

公衆電話直後のカット

※14/12/7追加
公衆電話の直後、新聞片手のミシェルの前を自転車が通り過ぎるカット。
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。
Boulevard Saint-MichelとRue de la Huchetteの角。

歩いて行くのが、Rue de la Huchette。
この時、ぎりぎり最後に見える建物の角が、凹んだ部分に排水管が通っている形になっていて、今でもSVで確認できます。

パトリシアのホテル

「フランキーニさんはまだここに?」と訊いて、勝手に入っていったところ。その後も登場。
IMDbのリストのこちら。これがなければ到底わかりませんでした。

Les Rives de Notre Dame, 15 quai Saint-Michel, Paris 5
http://www.rivesdenotredame.com/ja/

上のストリートビューで180度振り返ると、入口の扉越しや部屋の窓から見える向かい側の建物を確認できます。
この建物はセーヌ川を挟んでシテ島にある警察本部。

このホテル、オフィシャルサイトを見ると四つ星のようです。
パトリシアのように滞在し続けるのはフトコロにゆとりがないと……

※14/12/7追記
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました(コメント欄もあわせてぜひご覧ください)。

当時のホテル名はHotel de Suède で3つ星だったとのことです。
部屋は3階の12号室とのこと。
ここ確か最初にストリートビューをチェックしたときインドアビューが使えて部屋もいくつか入ることができたかと思いましたが、今は(14/12/7)見られなくなっています。気のせいだったのでしょうか??

※14/12/12追記
気のせいではありませんでした。
以下インドアビューをいくつか。

この部屋、もしかすると(日本流で)3階ぐらいの高さでしょうか??
それにしても、ワタクシが泊まったら浮きまくるお部屋です……

お金がなかったカフェ

0:06頃
お金がなくて出て行ってしまったところ。
ハムエッグが180フランってびっくりしますが、デノミの前ですね。
Wikipediaによると、デノミは1960年1月とのこと。

場所はおそらくサン・ジェルマン・デ・プレ近くのこちら。

現在はエンポリオ・アルマーニが入っているところ。

※14/12/7追記
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。
当時Royal Saint Germainという名前だったとのことです。

リリアーヌの住まい

※14/12/7追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきましたのでそちらをぜひご覧ください。

同僚に尋ねるところ

※14/12/28追加
コメント欄でmilouさんから情報寄せていただきました。
同僚にパトリシアの居所を訊くのは、シャンゼリゼ通りのこちら。

新聞を売るパトリシア

キュートすぎるジーン・セバーグが、

にゅ~よ~くへらるどとりびゅ~~ん

と新聞を売っていたところ。
パリへ行ったらここはぜひ押さえておきたいですね 😉

シャンゼリゼ通りのこのあたり(通りの南側)。背景の建物から推定しました。

ミシェルが声をかけてきた後は、いったんそのブロックの東端まで歩き、Uターンして(セリフにあるように)ジョルジュ5世(ジョルジュ・サンク)通りの方へ向かいます。

Paris Movie Walks: Ten Guided Tours Through the City of Lights! Camera! Action! こちらの表紙に使われたスチルは、本編のカメラ位置とは逆から撮られていますね。
(画像はAmazonのアソシエイトを利用して表示しています)

この本持っていませんが、ページをめくるだけで楽しめるかも??

交通事故

『地獄へ秒読み』のポスターの近く。
場所不明。

※14/12/7追記
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

ルイ・ヴィトンの斜め向かい、ジョルジュ・サンクとRue Vernet の角(現Linea)。
Cahiers du Cinema を見せるのも同じ場所。

地下鉄出口

0:18頃
凱旋門を背景にシャンゼリゼ通りの真ん中で停まっているクルマ → 右へパンで、地下鉄の階段を上がってくるミシェルを捉えるショット。

地下鉄は、ジョルジュ・サンク駅。 

ロビーカードを見つめる映画館

ハンフリー・ボガートの写真を見つめるところ(『殴られる男』)。
上記地下鉄出口のすぐそばの映画館でしょうか?(Lidoの左側? 未確認)

※14/12/7追記
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。
場所はここで正解とのことです。Cinema Normandie

再びパトリシアと

パトリシアに帽子をかぶせて資金の調達に行くところ。
立ち話していた場所やトイレ強盗の場所は不明。

※14/12/8追記
次の場面(2人で並木通りを歩くところ)がわかったので、その近くを探したら見つかりました。
歩いているイタリア通り(Boulevard des Italiens)をバックする位置で、こちら。

2人で歩きながら

※14/12/7追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

0:21。
G.I.が火を貸してくれというのは、LE CAMEO という映画館の前で、32 Boulevard des Italiens にあったとのことです。現在UGC OPERA。

その前、GAYA LANGUESと大きな文字が見える建物は26番地の現OPERA STYLOS。

道路反対側奥に上部が丸く見える建物の1階は現Le Gramont というブラスリー。

車で移動

※14/12/8追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。
合わせて、チェックし直してみました。
(項目名は手持ちのNHK BS放送版の字幕を使っています)

①前の車は?

車で移動する場面で最初に写るのが、ヴァンドーム広場の北東側、Rue de la Paixから入るところ。
左手に見える丸窓は、現Boucheron 。

②一緒にいたい

ヴァンドーム広場の南西側、Rue de Castiglioneを南へ。

③無言(鏡を見る)

バックしてヴァンドーム広場。

④悲しそう

コンコルド広場の北側を左折して内側へ。

⑤子供ね

背景の建物はプティ・パレの南側。

⑥無言

背景の階段はGran Palaisの東南角。
なので、上記の続きでこちらの交差点を横断中。

意外と順番通りですね。

⑦ああ愛する女よ

再びコンコルド広場。
こちらを右折して広場の外へ(④では直進したところを右折)。

この後の5カットは細かすぎて探す気にならず。
13ショット目で到着しますが、これは項目を新たに。

  • ⑧胸も美しい
  • ⑨声も細い手首も美しい-1
  • ⑩声も細い手首も美しい-2
  • ⑪額も美しい ヒザも美しい-1
  • ⑫額も美しい ヒザも美しい-2

パトリシアが車から降りたところ

誰かと待ち合わせているパトリシアを乗せてきたところ。
停める直前に写る横道がシャンゼリゼ通りのこちら↓のように見えるので……

停めたのはおそらくこのあたり。

レストラン

パトリシアが男(先輩記者?)と英語を交えて話す上階のお店。
窓の外の景色は、真下がシャンゼリゼ通り、左斜め奥に延びているのがジョルジュ・サンク通り、その交差点右側に現在ルイ・ヴィトンのビル。
そのひとつ後ろの建物の上からエッフェル塔がうっすら見えているので、場所がわかりました。

なので2人が居るのは、パトリシアがクルマから降りたところとほぼ同じ。
1階がカフェで、エスカレーターで上がっていくような構成ですが、今はもう見当たらないでしょうか。

  

※14/12/7追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

レストランは116番地。
現在の116番地には右からPetit Bateau、Massimo Dutti、Lidoが入り、116bisにUGC Normandie、そして118がMercedes-Benz Gallery。
おそらく現Petit Bateauがレストランのあったところ。

1985年の様子↓

  • https://www.flickr.com/photos/patrice-koch/6127524830/

カフェの外

上記お店のあったビルの前。
男がパトリシアの方に手を回した時の背景は、やはり現在ルイ・ヴィトンのビル。

男の車

背後の建物に、”HIROSHIMA MON AMOUR”のネオンが見えますね。
位置としては上記の場所から1ブロック進んだこのあたりかと思うのですが、変わりすぎて確認が難しいです。

彼氏のクルマはジャガーKX120とのこと(IMCDbの受け売り)。

By Thesupermat via Wikimedia Commons
(CC BY-SA 3.0)

※14/12/7追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

『二十四時間の情事』の映画館は148番地のGeorge-V (現UGC George-V)。

ミシェルが車を駐めていた場所はバックに見えるヴィトンの右隣の8つの屋根裏部屋の窓や、その1つおいた手前の建物から見て142番地のMaison du Danemark の前。

パトリシアが降りたバス停

※14/12/7追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

0:28
リヨン駅行きの63番でBd.Saint Germain とBd.Saint Michel交差点東南のバス停Cluny。

その後渡る横断歩道は、現在よりやや交差点中心寄りですね。向きは南から北。
後ろに見える北西角のカフェClunyは現Del Arte。当然北東角のRaoulは現Minelli 。

鏡を見る店先はさすがに特定は難しいでしょうか。

空撮

※14/12/7追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

0:52

チュイルリー庭園を南西角から。

続くノートル・ダムも南西角から。

空撮は前年の『水の話』撮影時のフィルム流用ではないかとのことです。

再びクルマ泥棒

物色1

※14/12/8追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

タイヤを蹴飛ばして斜め渡りするのは、『ビフォア・サンセット』でおなじみのShakespeare And Company書店前。

※14/12/27追記
milouさんから画像を提供していただきました。

©1977 milou アルバム「パリ」から

撮影は1977年7月とのことで貴重な写真ですね。
この時のエピソードもまたすごいので、ぜひアルバムの方もごらんください。

→ アルバム「パリ」 → 「Shakespeare」などでページ内検索

物色2

※14/12/8追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

上記箇所を右折してRue Saint-Julien le Pauvreの12番地当たり。
奥に見えるホテルは『個人教授』のHotel Esmeralda。

実行

クルマは55年式フォード・サンダーバード(IMCDbの受け売り)。

By Sicnag via Wikimedia Commons
(CC BY 2.0)

SVで示しづらいですが、クルマがあったのはこのあたりでしょうか。

オーナーの後を追って曲がった角。

盗んだクルマで同じ角を右折、パトリシアの元へ。

※14/12/28追記
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。
クルマに乗り込む時には、場所がBoulangerの北側(Rue Lagrange)ワープしています。

パトリシアが待っていたカフェ

※14/12/8追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

現Le Petit Pont のRue Bûcherie 側。

ネットにあった撮影時の写真では当時の店名はAu Vrais Sancerre で、ベルモンドの席にはゴダールが座っています。

クルマで移動

今回チェックに使ったのがNHK BS放送版なので固有名詞は字幕では出ていませんが(他のバージョンは未確認)、セリフで「ディオール」とはっきり言っています(字幕では「ブティック」)。

この時通り過ぎるのがこちらのディオール。Rue François-1erを東南から。

Christian Dior – 30 Avenue Montaigne, Paris 8, Paris, France

ホントにタダで電話をかけられるかどうかは、ぜひお試しあれ。

ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン社

パトリシアが着替えて出てくるところ。インタビューを終えて戻ってくる場面でも登場します。
IMDbのリストをひとつずつ追ってやっと判明。 リストがなければ到底わかりませんでした。

21 Rue de Berri, Paris 8, Paris, France

正面は大分変わっていますが、左側の建物は同じで、これでようやく判別。

ヘラルド・トリビューン社の社屋は当時のホンモノでしょうか。
新聞売りはその前でフランス・ソワール紙を売っていたわけですね。

それを買ってミシェルに気づくサングラスの男は、ゴダール監督自身。
IMDbでの役名は、The Snitch。その後警官にタレこんでいます。

※14/12/1追記
milouさんから画像を提供していただきました。

©1993 milou アルバム「パリ」から

撮影は1993年9月とのことです。
貴重な一枚ですね。
ありがとうございます♪

©1993 milou アルバム「パリ」から

こちらはニューヨーク・ヘラルド・トリビューン社が、この場所に78年まであったという銘板だそうです。
ここを訪れたらこの銘板もチェックしたいですね。 🙂

空港での取材

オルリー空港
Orly Airport, Orly, Val-de-Marne, France

By HZ via Wikimedia Commons (public domain)

『ラ・ジュテ』のデッキと同じような場所ですね。

わざわざうるさい場所で取材を受けていた作家パルビュレスコ氏はジャン=ピエール・メルヴィル。
本の題名が「カンジタ菌」っていったい……

人生で最大の野心は?
不滅となり、そして死ぬこと

タクシーで移動

ミシェルの生家

※14/12/7追記
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

1:03
ミシェルが生家だという家は、Rue de Vaugirard が Rue Bonaparte と交差する場所(北側)。

スカートめくり

場所不明。
自分が子供の時流行ってましたが、『勝手にしやがれ』の影響でなかったことは確か。

シャンゼリゼに出る近道

1:05
タクシー代踏み倒してシャンゼリゼに抜け出るところ。
扉のデザインが特徴的ですが、場所不明。

※14/12/12追記
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

タクシーから降りたのはrue Lord Byronで、目の前がシャンゼリゼから延びてくるrue Balzacとの交差点。バイロン卿とバルザックが出会うところ??

入っていったのは現在インド料理店SIMLA-Hill。

シャンゼリゼ通りに出て行った特徴的な扉は、現Bistro Romain。

再びヘラルド・トリビューン社

※14/12/9追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

1:09
立っているミシェルの後ろの門扉は、Rue de Berri 12。
新聞社の斜め前で、編集と実際の地理が一致していますね。

全然関係ありませんが、旧ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン社前を撮影するGoogle SVカーの勇姿↓

尾行

※14/12/9追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

シャンゼリゼ通りへ

シャンゼリゼ通りに出るところ。
背景のNATALYSは現在ZARA。

警官がいる映画館前

最初にボギーの写真を見たCinema Normandie。
右はHEYRAUDというお店。

尾行をまく映画館

パトリシアが尾行をまいたところ。

Cinema MacMahon, 5 avenue MacMahon, Paris 8, Paris, France

今でもあるようです。

『決闘ウエストバウンド』の映画館

1:12
『決闘ウエストバウンド』を見たところ。不明

※14/12/7追記
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

Cinema Napoleon で現存しないとのことです。
凱旋門の向かい(?)Avenue de la Grande Armée とRue de Tilsitt が交差する現Lexus ショールームがある場所。

ここは『リトル・ロマンス』で入れなかった映画館ですね。

※14/12/8追記
コメント欄でmilouさんから情報を提供していただきました。
パトリシアの台詞で、Allons voir le western au Napoleon と館名もちゃんと言っていたとのことです。

夜のパリ・その1

ドラッグストア

※14/12/9追加

車が寄ってくるショットの背景はおそらくシャンゼリゼ通りのこちら。

その後ジャンプカットとなりますが、同じ場所だとすると、ドラッグストアは対面のこのあたりでしょうか?? 確認できず。

その後はシャンゼリゼ通りをコンコルド広場に向って走っているように見えます。

※14/12/11追記
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。
今も133番地にあるPublicis Drugstoreとのことです。
Wikipediaを見たら(Publicis GroupeW)、1958年にこちらをオープンしているようで、当時はモダンなスポットだったことになります。

この建物について探してみましたが、こちら↓の記事が良くまとまっていました。

  • http://parisianfields.wordpress.com/2011/10/30/one-address-many-stories/

※14/12/27追記
milouさんから画像を提供していただきました。
撮影は2006年1月とのことです。

©2006 milouアルバム「パリ」から

お店の前。
クルマを停めたのはこのあたりかもしれませんね。

©2006 milouアルバム「パリ」から

こちらは上の画像から少し車道側へ出て左を向いたところでしょうか。
「男の車」の項目で書いたMaison du Danemarkや映画館George Vが向こう側に見えています。

夜のコンコルド広場

1:14
北側から入っているように見えます。

※14/12/9追記
北側ではなく、シャンゼリゼ通りから入っていました。

そのまま内側に入って右折。左へ周回していきます。

クルマを替えて

今度のクルマは54年式キャディラック、シリーズ62 コンパーチブル(IMCDbの受け売り)。

By Bull-Doser via Wikimedia Commons
(public domain)

映画での車体の色はわかりませんが……

夜のパリ・その2

電光掲示板のニュース

不明

※15/1/28追記
コメント欄でmilouさんから情報を提供していただきました。

©1986 milouアルバム「パリの駅」から

サン・ラザール駅前のこちらのビルでした(画像左側)。
撮影は1986年とのことです (ありがとうございました♪)

カフェの前を右折

※14/12/9追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

1:15
「アントニオを捜し出す」と言いながら右折するのは、冒頭で飲み逃げしたカフェRoyal Sait Germain 。
サンジェルマン大通りを西から来てレンヌ通りに入っていきます。

“La Pergola”

1:15
クルマで立ち寄った店。
不明

※14/12/9追記
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

その前のショットではサンジェルマン大通りから離れていますが、こちらのショットでは大通りを直進してきて、この交差点で右折しています。

カルルとアントニオ

※14/12/9追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

アントニオが連れの女性と横断してくるショットの背景左側Le Selectは現存。
東向かいのLe Kosmosは現在Relais de l’Entrecôte。

ということは、カルルが居たのは向かいのLa Coupoleと推定されます。

クルマが通り過ぎる交差点

右端にネオンの看板が”*OTONDE”と見えます。
IMDbのリストのこちら。

La Rotonde – 105 Boulevard du Montparnasse, Paris 6, Paris, France

なので場所は、IMDbのリストにあるBoulevard du Montparnasse(モンパルナス大通り)とBoulevard Raspail(ラスパイユ大通り)の交差点。
クルマはモンパルナス大通りを西から東へ走っていきます。

IMDbのリストのこれらも”La Rotonde”の左に並んでいるはずですが、Le Selectだけ1ブロック隣に確認できました。

Le Cosmos – 101 Boulevard du Montparnasse, Paris 6, Paris, France
Le Select – 99 Boulevard du Montparnasse, Paris 6, Paris, France

※14/12/9追記
この2軒はその前のカルルとアントニオの場面で背景に登場していました。

翌朝のパトリシア

※14/12/9追加

新聞を読みながら歩くところ

1:22
翌朝、パトリシアが新聞を読みながら歩くところ。 上記車が通過した交差点の東南角。

宝くじ売り場

※14/12/11追加
コメント欄でmilouさんから情報を寄せていただきました。

現在はバスク・レストランのOyez P’axoa。

タレコミ電話をかけた店

パトリシアが刑事に電話をかけた店。
店を出る時の背景がこちら。

なので店は振り向いてこちら。

店の名前がちゃっかり A Bout De Souffle(勝手にしやがれ)となっていますから、ここで間違いなし? 😉

ここは次の項目の写真スタジオ出入口と同じ通りで、1ブロック隣(スタジオ出入口に向って右手)です。
ミシェルが車を追いかけていくショットでも、最後の方に写っています。

※14/12/11追記
milouさんから画像を提供していただきました。
撮影は1990年9月とのことです。

@1990 miliou アルバム「パリ」から

この時はLe Camilouという名前のようです。

@1990 miliou アルバム「パリ」から

左側の柱になにやら銘板が。

@1990 miliou アルバム「パリ」から

なんと近代写真の父ウジェーヌ・アジェが住んでいたところでした。

@1990 miliou アルバム「パリ」から

お店の向かいは映画と同じ。

ラストの通り

一晩隠れていた写真スタジオの外。
パトリシアのタレコミ電話で「カンパーニュ街11番」とありますが、IMDbのリストにあるこちらで実在の場所。

11 rue Campagne Première, Paris 14, Paris, France

クルマを追いかけてダッシュしたのは、この店の前。

ラスト↓

By LPLT via Wikimedia Commons
(CC BY-SA 3.0)

※14/12/1追記
こちらもmilouさんから画像を提供していただきました。
どうもありがとうございます♪

©1990 milou アルバム「パリ」から

こちらはおそらく90年8月撮影のビデオとのことです。
「『勝手にしやがれ』 のマネをしてよろけながら撮影しました」とのこと。
気持ちわかりますね~

©2002 milou アルバム「パリ」から

こちらは2002年10月とのことです。

rue Campagne Première(参考)

※14/12/11追加
milouさんから他にもこの通り沿いの画像を提供していただきましたので、参考画像としてアップさせていただきます。
撮影は1990年9月とのことです。

©1990 milou アルバム「パリ」から

Hotel Istria
29 rue Campagne Premiere

©1990 milou アルバム「パリ」から

その銘板。滞在した有名人が記されています。

©1990 milou アルバム「パリ」から

道路標示

©1990 milou アルバム「パリ」から

集合住宅のファサード。
31 bis rue Campagne Premiere
ミシェルが倒れたところの近くです。

ジーン・セバーグのお墓

※14/12/1追加
参考画像となりますが、以前milouさんから提供していただいていたジーン・セバーグのお墓です。

©2002 milou アルバム「パリ」から

撮影は2002年とのことです。
場所はモンパルナス墓地。

©2002 milou アルバム「パリ」から

調査中

※14/12/28項目追加

  • 旅行社
  • スカートめくり
  • 中古車屋
  • 電光掲示板があるビル(15/1/28解決)

ロケ地マップ

 
 
 

資料

更新履歴

  • 2015/01/28 「電光掲示板のニュース」追記
  • 2014/12/28 「同僚に尋ねるところ」「調査中」項目追加
  • 2014/12/27 「物色1」「ドラッグストア」にmilouさんの画像を追加
  • 2014/12/12 「シャンゼリゼへの近道」追記。「パトリシアのホテル」でインドアビュー追加。
  • 2014/12/11 「ドラッグストア」「タレコミ電話をかけた店」追記。「宝くじ売り場」「rue Campagne Première(参考)」項目追加。
  • 2014/12/09 「再びヘラルド・トリビューン社」「尾行」「ドラッグストア」「夜のパリその2・右折」「カルルとアントニオ」「新聞を読みながら歩くパトリシア」「タレコミ電話をかけた店」項目追加。「夜のコンコルド広場」「“La Pergola”」追記。
  • 2014/12/08 「車で移動」「物色1」「物色2」「パトリシアが待っていたカフェ」項目追加。「再びパトリシアと」「『決闘ウエストバウンド』の映画館」追記。
  • 2014/12/07 「パリまでの道」「パリについて」「公衆電話」「公衆電話直後のカット」「2人で歩きながら」「ミシェルの生家」項目追加。「パトリシアのホテル」「お金がなかったカフェ」「交通事故」「ボギーのロビーカードを見る映画館」「『決闘ウエストバウンド』の映画館」追記。「資料」にフランス語Wikipedia追加。「ロケ地マップ」のピンが全体にズレていたので修正。
  • 2014/12/01 「ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン」「ラストの通り」にmilouさんの画像を追加。「ジーン・セバーグのお墓」の項目追加。
  • 2014/11/27 新規アップ
Facebook にシェア
このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 『勝手にしやがれ』 À bout de souffle (1960)
[`yahoo` not found]
LINEで送る

『勝手にしやがれ』 À bout de souffle (1960)” への23件のコメント

  1. さすがに封切りでは見ていないが70,78,98年とリバイバルされている。僕が最初に見たのは71年のようで以後、少なくとも5回は劇場で見ていて全カットを記録したフランスの重たい本も持っている。ちなみに日本での初公開が本国の10日後という常識的にはありえない珍しい作品。

    意外にもネット上でゴダール作品のロケ地情報は多くはないのだが、さすがに『勝手にしやがれ』だけは結構たくさんある。とはいえウィキ・フランス以外はIMDBやこのサイト以上のものは少ない。それでもしつこく調べると意外な場所が見つかったりもしたが…
    ヌーヴェル・ヴァーグの作品らしく屋外のシーンが多いのでロケ地探しにはもってこいで全部突き止めたい欲望に駆られる。

    ☆マルセイユはバックに見えるレストランMiramarなど今も同じ場所で確認出来る。僕が行ったときも、この並びのどこかのレストランで豪華なシーフードのプレートを食べたが写真は撮っていない。
    ☆パリに向かう道路は国道7号(あとの新聞記事で分かる)のどこかだが場所は調べていないが多分無理だろう。関係ないがネットに誰でもやりたくなるラストシーンの物マネ動画は珍しくないが、このDriving Scene の合成(?)動画があり自宅でのアフレコなのか画面と合わない電車の音が入ったり白バイは自転車という変なものだが面白くはあった。

    ☆パリに着くシーンは左手にPont Saint Michel北東角のAu(Le) soleil d’orと ノートルダムが見え橋を北から南に直進している、パトリシアのホテルに行くなら右折だが…
    ☆公衆電話は1 Bd.Saint-Michel の現在claire’sの前。ボックス後ろの扉上部に見える丸い模様も左奥のバルコンも現在と同じに見える。周りに同じデザインの建物は多いが道路表示板があり現在2枚ある上の方でBourvard Saint Michelと見えなくもない。ちなみに左隣の4つのバルコンは映画館Espace Saint Michelt で僕のアルバムに写真がある。
    しかし直前の止まったタクシーの窓にコンシェルジュリーの尖塔が映っていて角度的に考えると進行方向の左後ろなので橋を渡る前の反対側 Bd. du Palais の東、警視庁前のはずで、そうであれば当然時系列的には合わない。
    ☆次の自転車が通り過ぎるカットだがCafe au depart の文字が裏返しに見え逆焼きかと思ったら歩き出すとComptoir Telephoneの文字は普通。ガラスに映った映像とも思えないので不可解。裏返してみたが店の向かいに建物が見えるので大通りではなくRue de la Huchette側になる。つまり現Le depart Saint Michelの店ではなく隣にあるSaint Sevrin という店の名前が変わったのだろう。この店なら右隣に建物入り口があり改装されているが左隣にも店があるので矛盾はしないが保留…
    ☆パトリシアのホテル、場所は問題ないが当時のホテル名はHotel de Suède で僕も前は何度も通っているが3つ星だったはず。部屋は3階の12号室で、ネットで見た「chambre 12, Hotel de Suède」というシャブロルなど関係者にインタビューするClaude Ventura 監督の面白いドキュメンタリーがある。最初にゴダールに電話して『勝手にしやがれ』について聞きたいと言ったが苦笑して切られてしまう始まり。
    このドキュメンタリーはDVDの特典にもなったらしいが、その中に撮影時の資料がたくさん出てくる。ある人が資料から撮影場所を推測してGoogle Map で突き止めたのが財布から金を抜き取られるLiliane の家。映画では室内シーンだけだが新聞を買いに行くとCafe(当時の名はRoyal Saint Germain)を出た後、新聞を持って入ってくるとき後ろに門扉が見える。撮影場所は彼女(リリアーヌ・ダヴィッド)自身のアパートで21 rue du Colonel Mollだが今も門扉は同じようだ。映画の流れではアパートはカフェの近くなので、ここが正解ならフランス・ウィキも間違いだが1時間以上(5.2キロ)走りブレスレスにもなるはず。

    以下この調子で調べようと思うが、ひとまず(まだ冒頭6分ほど)トピックで不明とされている部分で情報を確認した場所。
    ☆交通事故(Chaier du Cinema を見せるのも同じ場所)はルイ・ヴィトンの斜め向かい、ジョルジュ・サンクとRue Vernet の角(現Linea)
    ☆ボギーの写真を見つめるのは指摘どおりシャンの116番地にあったCinema Normandy
    ☆Westbound を見た映画館も現存しないがCinema Napoleon で凱旋門の向かい(?)Avenue de la Grande Armée とRue de Tilsitt が交差する現Lexus ショールームがある場所。

  2. 一応アップする前に見直すがスペルの間違いなども結構ある。
    カイエを間違うとは恥ずかしい。正解はCahiers du Cinéma です

  3. ☆パトリシアが最初にニューヨーク・ヘラルド・トリビューン、と声を上げるとき右手の角の店にPAM PAMという文字が見える。調べてみるとアメリカ人のParker が30年代に始めたアメリカ・スタイルのレストランを Café de la Paix が買い取ったものでブログにあった店のポスター上部に73番地とある。SVで確かめると3階のバルコンなども一致し間違いないと思われる。
    http://coolculinaria.com/products/pam-pam-paris-1950s

    ☆ミシェルが生家だという家はRue de Vaugirard が Rue Bonaparte と交差する場所(北側)。ただし台詞では向かいにひどい家が建った、と言うが向かいはリュクサンブール公園で建物はない

    ちなみに最初チェックした素材は99年発売のDVDだが2010年録画のNHK-BS版では前回書いた電話BOX横扉の円形や逆さ文字のDEPARTなど見えずサイズが小さくなっているようだ

  4. ☆21分頃、ミシェルとパトリシアが歩いていてG.Iが火を貸してくれという場面。
    頭の上に張り出したヒサシにLE CAMEO という文字が見える。これは32 Boulevard des Italiens にあった映画館で1928年にオープンし70年代にUGCが買い取り現在UGC OPERAになっている。結構長い散歩だが少し戻ると20分ぐらいからバックにGAYA LANGUESと大きな文字が見える建物は26番地の現OPERA STYLOS。道路反対側)奥に上部が丸く見える建物の1階は現Le Gramont というブラスリー。

  5. milouさん、コメントに気づくのが遅れて済みません。
    滅茶苦茶詳しい情報ありがとうございます。
    ひとつずつ見ていって本文に追記させていただきますね。
    フランス語版Wikipediaは結構詳しく書かれてあるのですね。全然見てませんでした。 orz

    手元にあるのは、お書きになった2010年NHK BS放送版なのですが、少しフレームが小さいとは。DVD版も見てみたくなりました。

    ゴダールのロケ地情報が少ないというのは意外です。映画の内容はよくわからんことも多いですが、それとは関係なしに街並みそのものは魅力的に撮られていて、ついつい撮影場所を探してみたり、撮影方法を想像してみたくなります。

  6. ☆車をオペラに駐めてあるとBd.des Italiensをオペラ方面に歩き出す。ゴダールに限らず画面が時系列に沿って編集(撮影)されるわけではないが(普通ならマドレーヌ通りからコンコルドだろうが)次の画面で左手に丸窓が見える。これはヴァンドーム広場に入るRue de la Paix の現Boucheron 。
    ☆次にコンコルド広場に向かうが右手に見える回廊は恐らくリヴォリだろうがRue de Castiglione かもしれない。ただし車は左折で広場の西の外周を南下しているがカットが変わると内周を南下している。右手に見える2つの像の台座も最初は飾りのないもので次は円形の枠がある。また右の遠くにはエッフェル塔も見える。
    この辺は有名なジャンプ・カットで複数の場所がバラバラで繋がれるが23分頃右手に見える階段はCour-la-Reine のGran Palais の東南角。再びコンコルド広場の内周を走りシャンゼリゼに行くため右折するカットもあるが繋ぎは連続しない。
    ☆途中ではっきり読み取れる文字では角店に* M WESTON、その左がFRIGECO。さらにChampigneulles という店も見える。目的の店は116番地だが右隣の114番地が現在もJ.M.WESTON で2階のヒサシも同一に見える。つまり“ここよ”と降りる場所は実際どおりでChampigneulles が例の店になる。しかも一階右側のテントの文字はQuick Elysee と読め、昔どこかで得た情報と一致し個人的にスッキリはしたが1階と2階が別の店とも思えずChampigneulles の関係は分からない。ちなみに表に冷蔵庫を置いたFRIGECOはサヴィニャックのポスターで有名らしくポスターから住所(89 Bd.Haussmann)も分かったが関係ない場所。

  7. スペル訂正。Normandy は英語でフランス語はNormandie なので本文も訂正願います。『リトル・ロマンス』と同じ映画館とは面白い。
    多くの映画で同じ場所が撮影に使われるのは撮影許可の関係ですかね…

    この映画に登場する映画館は全部突き止めるつもりだが、ついでに(?)パリの映画館のリストを作ることにし手元に残っている一番古い74年のPariscop(s) で8区だけ館名、住所、電話番号を並べたところ全部で31館だが住所がシャンゼリゼ(つまり大通りに面している)だけで23,27,29,65,38,50,52,66,72,92,102,116,118,122,148 番地と文字どおり軒並みに並んでいる。まだ調べていないが現在残っているのは3分の1ぐらいだろうか

  8. ☆パトリシアが先輩記者と会うレストランは116番地で疑問の余地はない。パトリシアのバックにTrans World(TWA)の文字が見え調べると、やはり101番地(現ヴィトン)。ただ現在の116番地には右からPetit Bateau、Massimo Dutti、Lido、が入り116bisにUGC Normandie 、そして118がMercedes-Benz Gallery と続く。Champigneulles は一番右なので現在のPetit Bateauのはずで間口が何メートルか分からないが車を止めた時の外観と店内の広さが違いすぎるように感じるが2階の大きな窓は2つだけだし窓の手すりの下に店名らしきものが書かれているので店は意外と狭いのかもしれない。
    ☆ミシェルが車を駐めていた場所はバックに見えるヴィトンの右隣の8つの屋根裏部屋の窓や、その1つおいた手前の建物から見て142番地のMaison du Danemark の前だろう。
    そして『二十四時間の情事』の映画館は右隣LaValiere?(Maison du Danemark 内?)の隣、140番地の現在McDonald’sの建物に良く似ているので148番地のGeorge-V (現UGC George-V)だろう。とすると十分あり得るが二人の車は数メートルの距離。
    ☆一応、エッフェル塔はChamp de Mars からシャイヨー宮方面、次のパトリシアがバスを降りたのはリヨン駅行きの63番でBd.Saint Germain とBd.Saint Michel交差点東南のバス停Cluny。後ろにMusee Clunyが見え横断歩道を北に渡るとき北西角のカフェCluny(現Del Arte)が見える。当然北東角のRaoulは現Minelli 。妊娠でお腹が目立たないかと(?)ウィンドウに映す店までは特定出来ないがBd.Saint Michelの東側だろう。
    ☆ベッドシーン(?)のあと意味不明の空撮はチュイルリー庭園を南西角から、続くノートル・ダムも南西角から。恐らく空撮は前年の『水の話』撮影時のフィルム流用だろう。
    ☆車を物色する最初は『ビフォア・サンセット』でおなじみのShakespeare And Company書店前、次に右折してRue Saint-Julien le Pauvreの12番地当たり、奥に見えるホテルは『個人教授』のHotel Esmeralda、次のフォードは記載通りRue GalandeとRue Dante の角の現Asia の前、奥に見えるレストランLe Colbert は現Le Dante。
    というわけでパトリシアが待っているカフェは現Le Petit Pont のRue Bûcherie 側。ネットにあった撮影時の写真では当時の店名はAu Vrais Sancerre でベルモンドの席にはゴダールが座っている。

    ちなみに右隣が『個人教授』のPolly Maggoo の新しい店。
    それから『決闘ウエストバウンド』を見る映画館についてはパトリシアの台詞で
    Allons voir le western au Napoleon と館名もちゃんと言っていた。

  9. milouさん、おはようございます。
    ようやく3つぐらい前までのコメントに追いついたところですが、時間があるときに少しずつでも追記していきますね。どうもありがとうございます

  10. ☆新聞社前でミシェルが立っていた背景に見える唐草模様(?)の門扉と同じものがRue de Berri 12番地で確認できる。その手前の2枚のシャッターが降りた場所も恐らく隣のメガネ屋の前だろう。シャッター前の地面の四角い何かも同一に思える。そしてシャンゼリゼに出るとき左手に見えるNATHALYSは当然現在のZARAのはずだが大通りに面した建物の多くは改装され確認できない。ただこの時、手前に飛行機の模型が見え店内から撮っているので外の風景は一致しないがトルマチョフの働いている店かもしれないし、逆に別の通りかもしれない。
    ☆次に右折してシャンゼリゼを歩くと映画館があり右の店Heyraudを検索したがヒットせず。しかし最初にボギーの写真を見たCinema Normandieの1934年の写真を見ると右がHEYR**でボーダー(?)の柱も同じで間違いない。
    ☆そして急にAvenue Mac-Mahon のCinema Mac Mahonにワープする。現在は左隣にHotel Mac Mahonがあるが映画では数軒右にHotel Etoile Mac Mahonがありバルコン下の石の模様から見て恐らく現在のHotel Ceciliaがそれだろう。

    ちなみにこの場面で懐中電灯を持ったおばさんが登場するが昔の映画館では上映開始前でも座席指定ではないのに案内されチップが必要だった。複数のスクリーンがあっても上映開始時間が違うので1人だったが、さすがにシネコンになる頃から消えたが残っている映画館もある。
    ☆『決闘ウエストバウンド』を見た後、73分頃の夜景で車の窓からPathé Marco**というネオンが見えた。調べるとRue de Sèvresの62番地にストーンズ他多くのミュージシャンが録音したPathé Marconi Studios があったと分かった。しかし画面で見ると並木のある広い通りなので残念ながらハズレ。
    ☆ガレージとドラッグストアの場所は分からないが車を換えたあと冒頭で飲み逃げしたカフェRoyal Sait Germain を右折する。つまりサンジェルマン大通りを西から来てレンヌ通りに入る。そしてさらに右折するとPeriglo が見える。しかし実際にPerigloがあった場所は、さらに大通りをRue de fourまで直進して右折した南側角(現Siley)。画面は暗いがよく見ればメトロMabillon に降りる階段の柵右に現在と同じMetroのサインと、その上の丸い街灯が確認できる。

    ちなみにSVで建物にPlace d’Acadie という道路標示がある。しかし僕が愛用するLeconte の70年代の区分地図には存在しない地名。ウィキによると1984年に名前が付けられたようだ。
    ☆Le Selectは正面のネオンも現在と同じ、東向かいのLe Kosmos は現Relais de l’Entrecôte 、そしてカルルがいたのは(決め手はないが)向かいのLa Coupole しかない。Rotondeの向かいに今もある薬局が見えその先に見えるテントがLa Coupole 。

    ちなみにLa Coupole には77年に行ったことがありデミタスのカップセットを頂戴してきたが、いわゆる盗みではない。常連の友人が係のギャルソンが見ているのに持って帰っていいというので記念にバッグに入れた。要するにチップを弾むからという彼女のウィンクが効くようだ。ビアンカ・ジャガーに会ったとも言っていた。

  11. ☆自動車の集積場は電話番号’Belle Epine 35 26 からパリ南郊オルリー近くのThiaisだろうが看板のGRAVIER DEVES もヒントにならず不明。
    電話番号と言えばミシェルはアントニオの番号エリゼの9984をフランス語とスイス・フランス語の両方で言う。この映画には英仏伊西と多くの言葉が出てくる。
    なおロケ地に関係はないが映画は1959年の8月17日から9月15日にかけて撮影された。
    画面に映る日時を確認してみると14分頃の新聞はAFP電8月19日、すぐあとのトルマチョフの後ろのデジタル時計(?)は8月21日(金)16:23分 で1959年でOK、車集積場の下のカレンダーも1959年8月でOK、しかし上のカレンダーは31日が金曜なので7月のままになっている。ちなみに、この時ミシェルの記事は1面なのに新聞を開いてみせる。

  12. ☆Drugstore は変わりすぎているが恐らく正解でしょう。今も133番地にあるPublicis Drugstoreで薬局だけでなくSteakhouse, Brasserie さらにはワイン、食料品、書籍も扱い、映画館まである複合施設で夜は17,000個のLEDのイルミネーションで飾られるらしい。すでに映画でも結構派手な店ではあるが。

    ☆パトリシアがゴダール愛読のフランス・ソワールを読みながら歩くときバックにJulien Dario(?) というカフェが見える。現在はhippopotamus というステーキのチェーン店で1人でも入りやすく安いから昔何度かモンパルナスで食べに行ったので、ここかもしれない。
    ☆そのあとの宝くじ売り場(僕も一度だけ買ったことがある)は設定通り向かいの現バスク・レストラン Oyez P’axoaで120番地で同じ門扉が確認できる。新聞と牛乳1本(買ってないぞ!!)を買うには遠くまで行きすぎ。それに(どうでもいいが)影は正午頃だが朝の5時?夕刊紙だから朝買っても昨日の新聞だと思うが…

    それにしても、ほぼ全編解明できたようで多分ここまで詳細かつ正確な情報は世界を探してもないでしょうね。“居ながら”恐るべし?

  13. 牛乳は買ってないと書いたが密告したあとで買ったのか帰ってきたら持っていてミシェルが飲みますね。
    古いビデオを見直したら、密告したカフェも映っていました…

  14. また訂正。『二十四時間の情事』を上映しているのは George V ではなく Normandie です。記事に記載の85年の写真でも右にHEYRAUD が映っています。
    実際の上映中ではなくオマージュだと思っていたが調べてみるとフランス公開が59年6月なので8月の撮影時に上映中だった可能性大。

    SVの車。わが家も撮影され車を目撃したが記事のSVでも分かるようにレーシング・カーのように派手なペイントでGoogle という文字も横に大きく書かれていた。本当は目立たない方がいいんだろうが盗撮問題もあるから敢えて目立つようにしているんでしょうね

  15. またまた訂正というか、勘違いで混乱しています。
    『二十四時間の情事』をやっている映画館の右隣はHEYRAUDではなくBally。画面一番上の看板でも最後のV、少し空いてEの下らしきネオンが確認でき最初に書いたようにGeorge V で正解です。

  16. 余談だが僕は『勝手にしやがれ』のソフトを4種類持っていた。
    LDは処分し手元にないが一番古いのは山田宏一+柴田駿の縦字幕で恐らくフランス映画社が劇場公開したものと同じだろう。99年のDVDはCDサイズのパッケージで寺尾次郎訳、そして2010BS2は森みさ訳(先日見たのに行方不明)。
    一番古いのを引っ張り出して見たら、やはり電話ボックスの右やDepart の文字が欠けている。
    ちなみにDVD版はミシェルの最初の台詞まで無音でタイトルバックに流れるテーマ音楽がない。当然字幕も微妙に違うが、もしかしたら中身が違うかもしれないし再生機器はたくさんあるので見比べたら新たな発見があるかも

  17. ☆シャンゼリゼに抜ける秘密の(?)通路だがタクシーが止まった場所は四つ辻一方通行の右側。タクシーの左手の建物には道路表示板がありRue xx xxと2語。そしてひょうたんのような飾りがある。Rue Lord ByronとRue Balzac角の現Hotel Balzacに同じ飾りがある。その北側向かい、つまり車の後ろ対角線の建物道路表示板の2つ右の窓の数珠つなぎの飾りも現在もあり車はRue Lord Byronを奥(西)から来て現Indian Restaurant Simla-Hillの前で止まった。映画では通路に入って左に曲がって通路をまっすぐ行けばシャンゼリゼのようだが、それならRue Balzacに出てしまう。それはそれとして航空写真を見てもレストランの隣の空き地(?)から入って何となくシャンゼリゼに抜けられそうな気がする。そして大通りに出る特徴的な門扉の向こうに見えるのは、またしてもルイ・ヴィトン向かいの現HSBCの丸窓。門扉は現BistroRomainの赤いテントの奥に今も確認できパトリシアは新聞社に向かうから左に曲がって正解。

  18. milouさん、コメントいろいろありがとうございます。
    少しずつ本文に反映してきましたが、シャンゼリゼへの近道まで追記してやっと追いついたでしょうか。漏れがありましたら、ツッコンでください。
    ロケ地情報だけせっせと写させていただきましたが、その他にもいろいろ面白いお話ありがとうございました♪

  19. もはや追加するほどのことは特になく再確認程度だが…
    ☆シャンゼリゼでミシェルがパトリシアの同僚に場所を聞くとき画面右にQUI** という文字が見え、その奥にCINE*という縦の看板が見える。そこが、まさに先輩記者と会う116番地のレストランで後に車を止めるときにも同じQUI(CK Elysee)のテントが見えている。CINE(MA)はもちろんNormandie。つまり少なくとも1階はQuick Elysee で2階が店名はともかくレストランになっている。場所柄ギャルソンは立派な格好だがテーブルカバーが紙なので高級な店ではない。食事後のパン屑などをテーブルカバーで包んで捨て新しい紙を敷く。お勘定と言うと昔はテーブルカバーに数字を書いて計算していたのを思い出す。
    ☆フォード・サンダーバードを駐めた場所を現Asia前でLe Colbertは現Le Danteと書いたが間違い。車は壁にぴったりで前にはトラック、車の後部は建物からはみ出している。奥にはレストラン Le Colbert が見えるが店表の角度からみて現(またしてもの)Hippopotamus (店の右側がRue de l’Hotel Colbert)になる。つまり車を駐めた場所はRue Galande の角、現Boulanger の南側で確かにSVでは示しにくいが、もう少し先の北東向き。しかし不思議なことに戻って来て盗むときには車は壁際ではなく手前にも車が駐まっている。画面ではBoulanger店内の鏡の像で左右逆だが画面の右にLe Colbert が見え向かいのCafe との間の通りがRue de l’Hotel Colbert である。つまり車はいつのまにかBoulangerの北側(Rue Lagrange)に移動している。そして車はRue Lagrange から右に曲がってQuai de Montebello で左折し、さらにRue Saint-Julien le Pauvre で左折、パトリシアの前に現れる。
    ☆密告するゴダールが立っていた場所はHotel California 左端の現 Lounge Bar前、隣の建物は新しくなっているが境界の樋と入口の凹んだカーブ(?)は今も同じ。
    ☆生家の場面は真正面に向かうのでRue Guyneme を北に向かっている。そしてVaugirarに入って東に右折すると向かいが悪趣味な家、しかしカット変わりでは曲がらずBonaparteを北上している。 仮にセーヌまで北上したとするとQuai Malaquais で左折して カルーセル橋を渡るはずだが、シャトレーを通れと言いシャンゼリゼ方面に行くには大きな遠回りだが 途中で寄り道するからだろう。従ってサン・ジェルマンで右折してサン・ミッシェルまで戻り北上しサン・ドニ門まで行ったはず。なぜなら車内移動の映像で特定できる場所は見つかっていないが74分あたりの“2CVの前に”というあたりで道路の左側が高くなっている部分がある。これはサン・ドニ門を西に行ったBd.de Bonne Nouvelle に違いない。
    ☆スカートめくりはロン・ポワンのどこかだと思うがSVで該当する場所は分からなかった。
    ☆分かりそうで分からないのが旅行社の場所。シャンゼリゼに面しているはずだが通りの建物の少なくとも一階部分の多くは改装され窓から見える建物などが特定できない。

  20. milouさん、今日少し作業しましたが、これでだいたいコメントに追いつけましたでしょうか? 
    漏れがあったら遠慮なくツッコンでください。
    ややモヤモヤが残る未解決部分は、最後に項目立ててメモっておきました。気分を変えて改めてチェックする時などに使ってみようと思います。

    録画しておいたNHKBSの「岩合光昭の世界ネコ歩き」を先ほど見てみたら、今回はパリ編でShakespeare and Company書店が登場していました。milouさんのアルバムにあるような上の階の部屋で、猫がまったりしてましたよ~ 🙂

  21. 「六十年代ゴダール」には電光ニュースはサンラザール駅とあった。もちろん現在はないが73年の『モン・パリ』には駅舎の電光ニュースが残っていて、僕がいた74年でもサン・ラザール駅前に一部電光ニュースが残っていたような記憶もあり予想はしていた。しかし言うまでもなく上記『モンパリ』や『パリのめぐり逢い』にでてくる駅舎の上ではない。
    決定的に断定はできないとはいえ駅前 Place Gabriel Peri 広場の南 Rue Rome と Rue de la Pepiniere の角にある現BNP Paribas – Paris Gare Saint Lazare と判断して9割方間違いない。

    根拠は僕のパリの駅アルバム13枚目の屋上にHITACHIのネオンがある建物。アップにしてみると
    ☆Contact(?)という角店の“C”の左に道路標示板が2つ見える。左(Rue de Rome)は長方形で右(Rue de la Pepiniere)は上部が丸くなっていて映画で見えるものと一致する(現在のSVでは右は長方形で左はないが剥がした長方形の跡が残っている)
    ☆次に僕の写真で Contact 上のバルコンに判読しにくいが大きな文字でLOUER FACE A LA GARE**? (駅に面した部屋貸します)とあるが映画でも同じ場所に同じ大きさの(建物左から連続して)L’OUVERTURE RUE DE GRAND **(?) という広告がある。

  22. 今さら車で走る車窓の場所を特定しても仕方ないのだが、前に Bd.de Bonne Nouvelle に違いないと書いた場所(63分ぐらいだった)は(僕も何度か歩いたことがあるが)高くなった歩道が車より高いからサン・ドニ門を過ぎてすぐの場所で運転手の頭の左に車が斜めに走っているのは Rue de Cléryだろう。
    しかし、この辺の繋ぎもバラバラなので無意味だが途中で降りるのはRue Saint-Denis のはずなので時系列は合わない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

*

日本語が含まれない投稿や、URLが多く含まれている投稿は、無効となる場合があります(スパム対策)