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『鴛鴦歌合戦』 (1939)

鴛鴦歌合戦 [DVD]

夢と唄のパラダイス♪

作品メモ

『THX-1138』『1984』と続けてきましたが、このまま新年早々暗いディストピア映画路線を突き進むのもなんなので、軌道修正。

NHK BSプレミアムシネマ今年の第一弾は、新春にふさわしいこの映画でした。
DVDは持っているのに思わず見始め、「ソ~レソレソレその茶碗♪」と一緒に歌ったりして楽しんでしまいました 🙂

くるくる回る傘のミュージカルといったら、西の『シェルブールの雨傘』に東の『鴛鴦歌合戦』。

ん? 鴛鴦はオペレッタでしたっけ??
違いはわかりませんが……

スチルに関してはWikipediaによると「1956年12月31日以前に製作された作品のため、スチール写真等の著作権の保護期間は終了している」とのことで、Wikipedia(Wikimedia Commons)からパブリックドメインとされているものをおそるおそるひっぱってきています。
もしイケナイのだったらごめんなさい。

キャストはクレジット順に……

浪人浅井禮三郎に片岡千恵蔵。
大商人香川屋宗七に香川良介。
骨董マニアの志村狂斎に志村喬。
遠山満ヱ衛門に遠山満。
道具屋六兵衛に尾上華丈。

狂斎の娘お春に市川春代。
満ヱ衛門の娘藤尾に深水藤子。

テイチク特別出演として
ノーテンキな○カ殿峯澤丹波守にディック・ミネ。
香川屋の娘おとみに服部富子。

……と役名だけでもユルユルです。

監督脚本マキノ雅弘(マキノ正博、江戸川浩二名義)、撮影宮川一夫、音楽大久保徳二郎、オペレッタ構成・作詞島田磬也。
1939年12月14日公開。

ロケ地

製作は日活で、撮影は京都の日活太秦撮影所と思われます。
ロケ作品ではありませんが、撮影所そのものを空撮画像で遡ってチェックしてみました。

撮影所の変遷

戦時下の企業統制で映画製作会社が3社に統合された際、日活の製作部門は第三会社「大映(大日本映画製作株式会社)」に統合され(1942年1月)、日活太秦撮影所は 大映京都撮影所となります。
戦後幾多の名作を生み出すものの、映画産業の斜陽化とともに規模を縮小、大映の倒産・再建を経て1986年4月に完全に閉鎖。数棟残っていたスタジオも姿を消します。

地理院地図(電子国土Web)

国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスで昔の空撮画像を検索してみましたが、京都に関しては戦後のものしかありませんでした。
一番古いもので1946年10月2日。すでに大映京都撮影所となっています。

同サービスでは説明しづらいので、同じ画像を利用した地理院地図・電子国土Webの方でチェックしてみます。
最近はこんなふうに埋め込みも簡単にできるようになりました。[1] … Continue reading

▼21/5/25 マップ更新

パソコンをご利用の方は、こちら↓のリンクを開けば同じものをより大きくご覧になれます。

中央の十字は撮影所のオープンセットのあたりに置きました。
左上の「情報」→ 「表示中の情報」で年代毎の空撮画像の【表示・非表示】を切り替えられるので、お試しください。

1945年~1950年
最初に45~50年が表示されるように設定しましたが、実際には上述の通り1946年10月2日の米軍撮影のもの。
なにやらセットらしい影も見えますね。
右(東)側のブロックで並んでいる大きな屋根の建物はスタジオです。
Wikipediaに「ありものの江戸のオープンセット」とありますので、もしかすると上空から確認できるかもと思いましたが、7年経っているとさすがに難しそうですね。
1961年~1964年
実際には1961年5月1日撮影で、最盛期の勢いがまだ残っている頃かと思います。
十字の北側にはスタジオがずらりと出来ています。
西側のブロックには黒い四角いエリアが見られますが、おそらく「西オープン」と呼ばれたオープンセットのあたりで、池でしょうか?
そのさらに西側に斜めになった鍵穴のようなものが見えますが、蛇塚古墳W
その北側に広がるのが、今も残る松竹撮影所。各年代の【表示・非表示】を切り替えると、大映撮影所同様に経年変化を確認できます。
1974年~1978年
大映倒産(1971)後の姿となり、スタジオの建物が数棟残されているだけとなります。
1988年~1990年
完全に消滅。

現在のマップではこちら↓ 十字の南側は中学校、北側はマンションとなっています。

撮影所の施設

大映京都撮影所の各施設については、こちらに素晴らしい資料がありました。
大映京撮プロジェクトと言うサイトの「撮影所訪問」というページで、西向きの空撮画像を元に施設を説明しています。
画像は1951年頃のものとのことです。

  • http://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/makino/daiei/daiei7I3.html

このページを参考にしながら、簡単なレイヤーをひとつ作ってみました。
一番下に掲載した恒例「ロケ地マップ」で示しています。

地図・空中写真閲覧サービス

電子国土Webの方が経年チェックはしやすいですが、国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスの方が画像データ数が多いので、こちらも紹介しておきます。

  1. こちら↓を開いて、同意をクリック(初回だけ)。
    http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do
  2. 「住所検索」で、キーワード「太秦」などで検索
  3. 「検索」で、絞り込んでいく(「分類」で「空中写真」以外のチェックをはずすと探しやすいです)

立体写真

前項目の空撮画像で、東西あるいは南北に少しずつずれている画像を適切に処理すると、立体写真を作ることができます。
『クロスボー作戦』で描かれた様な立体視による解析ですね。

当然肉眼より視差は大きいですから、建物の高さがとても強調されると言いますか、不自然に飛び出して見えますが、それもまたおもしろかったりします。
作り方は簡単で、2枚のずれている空撮画像の同じ場所を切り取って並べるだけ。
大きめの画像で見るなら、左右入れ替えて交差法(寄り目)で見ると良いでしょう。

作ったものをここに貼り付けようかと思いましたが、権利の問題もあるので割愛。
特に米軍撮影の物なら構わないだろうとも思うのですが、念の為です……

記念碑など

跡地は中学校とその北側のマンションになっていますが、周辺に碑やプラークがあります。
外から見られるものばかりなので位置も書いてしまいますが、うっかり私有地に立ち入ったり、住人や生徒のみなさんに迷惑をかけたりしないように気をつけましょう。

▼24/2/7 追記
Bill McCrearyさんから近況の画像を提供していただきましたので(コメント欄(2024年2月5日 00:56)参照)、各項目の中で使わせていただきました(撮影2023年11月)。
Bill McCrearyさんはこれらの画像を含む詳しい記事をご自身のブログにアップされていますので、ぜひご訪問ください。

ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)
京都や関西の紅葉ほかの旅(2023年11月)(17)
京都や関西の紅葉ほかの旅〈2023年11月)(18)


「大映京都撮影所跡地 昭和六十三年八月」の碑
北側のマンション前
「映画『羅生門』国際賞受賞記念碑」
中学校の正門の右脇。ベネチア映画祭グランプリ(金獅子賞)とアカデミー賞外国映画賞(名誉賞)受賞記念の碑。それぞれのトロフィーの複製を戴いています。
もともとは撮影所にあったものをこちらに復元したもの。
撮影所時代はその場所は「グランプリ広場」と呼ばれていたようですが、正確な場所は不明。
「大映株式会社 京都撮影所」の碑
中学校、正門の南側(左)にある門の左手。

橋の背景

橋のショットで、背景に波打つような特徴的な山が見えますが、おそらくこちらに見えるもの。

橋はぴたり真北ではなく、北西~北北西ぐらいを向いているように見えます。

ロケ地マップ

いつものGoogle Mapsによるマップもつけておきます。

世界の撮影所(太秦地区の拡大図)

 
 

撮影所の境界については、下記サイト↓を参考にしながら建屋の様子も含めて大ざっぱに判定しています。

大映京撮プロジェクト >「撮影所訪問」
http://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/makino/daiei/daiei7I3.html

時期によって違っていると思いますし、特に「西オープン」についてはかなりテキトーに線を引っ張りましたので、信じないでください。あくまで空撮画像を見やすくするための補助です。

資料

更新履歴

  • 2024/02/07 「記念碑など」にBill McCrearyさんの画像を追記
  • 2021/05/25 地理院地図・電子国土Webの埋め込みマップを更新
  • 2016/01/13 「地図・空中写真閲覧サービス」の項目名と内容変更
  • 2016/01/11 新規アップ

References

References
1 電子国土Webでは、地図・空中写真閲覧サービスに集積された空中写真をピックアップして経年変化を簡単に見ることができるようになっています。同システムの進化については → 『愛と希望の街』

コメント

  1. 赤松 幸吉 より:

    「日本のハリウッド」と呼ばれた太秦地区撮影所の記事、楽しく拝見しました。
    当時は現代劇は東京で、時代劇は京都で撮影されることが多く、クレジットタイトルにも撮影所に応じて「大映京都作品」とか「東京映画作品」とか表示されていました。

    太秦中学校前の「羅生門」記念碑はベネチア映画祭グランプリばかりでなく、アカデミー外国語映画賞のオスカーも陳列されていたのですね。大映は引き続き「地獄門」でも同賞を受けていますが、このオスカーはどこにあるのでしょう。(きっと倉庫の隅かどこか)

    昭和40年代頃までの大映通り商店街では時代劇の衣裳姿のエキストラたちが撮影の合間には近くの食堂で食事をしていました。この商店街も「仁義なき戦い」あたりまでは活況を呈していましたが、人通りも少なくなり、道沿いに「大魔神」のレプリカを残すのみ、今は昔の物語です。

    また、近くの「三吉稲荷」には往年のスターたちの名前が刻まれた石柱があります。
    伏見直江、大河内傳次郎、入江たか子、伴淳三郎など。

    『鴛鴦歌合戦』はとにかく見てて楽しい、心がウキウキ、戦前にも日本にこのように愉快なミュージカルがあったのかと驚くほどです。今の若い人にも是非見て欲しい映画です。
    千恵蔵御大、やはりこの頃から顔は大きかったのですね。

  2. 居ながらシネマ より:

    赤松幸吉さん、コメントありがとうございます。
    最後の1行ウケました。
    昭和40年代以前の大映通り、タイムマシンで戻ってみたいですね。
    『大魔神』は親に連れていってもらってリアルタイムで見ましたが、悪人をどこまでも追いかけてくる大魔神の姿がキョーレツで、夢にまで出てきました。
    併映の『ガメラ対バルゴン』も、バルゴンの舌がにゅ~っと伸びて人を捉えてしまうのが、異常に怖かったです。

  3. Bill McCreary より:

    あ、すみません。先月渋谷で大島渚監督の映画の特集をやっており、私も観に行きまして、興味深かったのが、『愛のコリーダ』のメイキングでした。野田真吉氏の監督したものです。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80#%E9%96%A2%E9%80%A3%E4%BD%9C%E5%93%81

    それで大映京都撮影所でのセット撮影の風景と、軍隊の行進に主人公が遭遇するシーンの撮影風景が紹介されていました。これも現在ではかなり貴重なのでしょうね。私もまだこの近辺に行っていないので、次に京都に行く際は迷惑のかからない範囲で写真を撮る所存ですので、撮影できましたらまたご協力させてください。

    いずれにせよ現在は、関西でバンバン映画やドラマが撮影される時代ではありませんしね。田村正和が京都に生まれて子どもの頃東京に引っ越してきたとか、市川雷蔵や勝新太郎も京都から東京に拠点を移したというのも、やはり京都での映画制作の栄光と衰退の断面ではありますね。

    ところで最近気づいたのですが、当たり前といえば当たり前ですが、特にテレビドラマのロケ地というのは、撮影所の近くに設定されることが多いですね。東宝とか円谷などのドラマは世田谷近辺、東映の大泉は東京北部・埼玉県、生田にスタジオがあった頃は川崎、といったところですか。大映テレビは、ひところ府中にスタジオがあったのでやたら府中でロケをしていたとか、そんな当たり前のことをあらためて興味深く感じています。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%9C%E4%B8%AD%E5%A4%9A%E6%91%A9%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%82%AA

  4. 居ながらシネマ より:

    Bill McCrearyさん、コメントありがとうございます。
    そのメイキングは見たことがありませんが、貴重な撮影風景が記録されているようですね。
    ロケ地のチェックや聖地巡礼も楽しいですが、「ロケ地」とは言い難い撮影所の方も、チェックすると楽しいですよね 🙂
    コメントいただいたおかげでこのエントリーを久々に自分で見返しましたが……
    撮影所の空撮画像や電子国土Webについてどこかで長々書いた記憶があったのですが、このエントリーだったのですね(笑)。書いた本人も、サイトのどこに何が埋もれているか、もはや全然覚えていません。
    映画スタジオ一覧も、せっかく作ったのに独立したページではないので、完全に埋もれてしまっていたりして、このへんの単体の映画でない資料的な記事は、固定ページに整理してアクセスしやすくしようと思いました。
    さらに、特に昔のエントリーで、埋め込んだ電子国土Webのマップや動画、画像などが表示されなくなったりしているのもあるようで、いろいろ直さなくてはなりませんね……

  5. ほりやん より:

    あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

    7月に宝塚大劇場で花組がこの作品を上演するので、観ておこうと思いアマプラを探すとありました! 時代劇にふさわしくない「シャン」と言うセリフが出てきたり、当時から老けていた志村喬の歌(吹き替え?)が素晴らしかったりと、戦前にもこんな楽しい映画が作られていたのですね。

    そして市川春代さんの可愛さ。 Wikiで調べたら、なんと「ウルトラセブン」のフルハシ隊員のお母さん役で出ていたとのこと。えっ、あの人か! 手持ちの録画(第24話「北へ還れ!」)をさっそく見ると…、このとき春代さん55歳ですが、美しさの中に可愛さが残っています。声も若々しくセリフ回しはお春ちゃんです。
    同じくWikiによると、最後の出演映画が「五泊六日」という作品で、たまたま手持ちの録画があったので観ましたが、こちらは出番が少ない! ただ作品自体は、緑魔子と川崎敬三の共演でコミカルに展開していきますが、結末はけっこう感動でき、なかなかの秀作でした。
    そんなわけで春代づくしの一日となり、こいつぁ春から縁起がよろしいようで。

  6. 赤松幸吉 より:

    ほりやん様
    多分ご存じだと思いますが、戦前の『鴛鴦歌合戦』に匹敵するミュージカルをマキノ雅弘が同じく千恵蔵主演で戦後1951年に撮っています。

    この映画がyoutubeで無料で視聴できます(残念ながら、市川春代さんは出ていませんが)

    女賊と判官【昭和26年|1951年】〔出演俳優 男優:片岡千恵藏 女優:宮城千賀子 監督:マキノ雅弘・萩原遼〕
    https://www.youtube.com/watch?v=n3gHK_xpZiw

    これ以上書くとこのサイト【居ながらシネマ】の趣旨や方針とかけ離れていき、キャップに叱られそうなのでここで止めておきます。

  7. ほりやん より:

    赤松幸吉様
    「女賊と判官」観ました。この作品も初めてです。教えてくださりありがとうございます。
    楽しい作品ですね。宮城千賀子さんが若くて美しい!最後の殺陣も見事でしたね。これもヅカで舞台化してほしいと思いました。それにしてもあの五郎少年、ませてましたね。誰なのでしょう? 原健作(健策)もいい芝居してましたね。
    これ以上書くとキャップに叱られるので終わります。

  8. 居ながらシネマ より:

    ほりやんさん、こちらでもコメントありがとうございます。
    年末年始バタバタしていましたが、今週から通常に戻れると思いますので、またよろしくお願い致します。

    自分で書いた7年前の記事、すっかり内容は忘れていましたが、ともかくこの映画は新春にもってこいですね。前の年いろいろあったとしても、すっかりリセット、リブートした気分になれます♪
    『五泊六日』は日本映画専門チャンネルの確か蔵出し名画座で見ましたが、確かに期待値以上に面白かったです。
    『ウルトラセブン』も録画してあるはずなので、あとで確認してみますね。

    赤松幸吉さん、コメントありがとうございます。
    日本映画となると必ず登場していただけるのがうれしいです 🙂
    ご紹介の映画、初めて見ましたが、これまた楽しい一本ですね。
    東京映画配給株式會社、東横映画京都作品というロゴが、時代を感じさせます。
    最初の方のひょっとこ踊りも全部ご本人の演技でしょうか。大スターが出ているのに顔を出さないでもったいないとか思ってしまいました(多羅尾伴内だとホームズの変装のように誰だかバレバレでしたが、面をつけているとさすがに判定できません……)。

    それから、拙サイトのコメント欄は、趣旨とか方針などおかまいなしにどうぞお好きなように書き込んで、映画好きの皆様と交流いただけると嬉しいです。
    ウェブでの交流ならコロナやインフルエンザなど関係ないですから、またいつでもお元気なコメントお寄せください♪

  9. Bill McCreary より:


    記念碑など

    記念碑の写真を撮りましたので、よろしければお使いください。嵐山に行ったのと同じ昨年11月です。

    https://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/867b00d2e58a25f000efb441e0503f18

    https://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/c3a2fe1cdb55b2b3cc5b94cbdb278fb9

    記事にも書いたように、跡地のマンションが改装中でして、撮影所が閉鎖されてからも長い年月が経ったのだなと痛感させられました。

    ところでこちらの拙記事

    https://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/cbf2d4f87d1988aca6bda0fae2f7b835

    でご紹介した出演者らが写っているスナップは、おそらく大映京都撮影所でのものであり、勝新太郎はこの撮影所に事務所を構えていた(で、『愛のコリーダ』の撮影にもかちあった)という話を聞いたことがあります。大島監督も、ほかにも『儀式』や『愛の亡霊』でも、このスタジオを使ったわけですが、やはり会社の倒産から時間がたつとなかなか維持も難しかったですかね。

    時代劇なども制作されない時代となり、京都の撮影所の維持も大変かと思います。大船も、碑の1つもないようですから、大映の撮影所はまだましかもしれません。

  10. 居ながらシネマ より:

    Bill McCrearyさん、コメントありがとうございます。
    さきほど本文で画像を使わせていただきました。
    毎度のことですが、Bill McCrearyさんの詳細なブログ記事は詳細かつ臨場感たっぷりで、まるでNHKの「世界ふれあい街歩き」を見ているか、一人称のゲームをプレイしているかのような気分になれますね 🙂

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