目次
作品メモ
ひとつ前のエントリー『曼陀羅』に続けて、実相寺昭雄監督のATG映画をもう一本。
『曼陀羅』の前年の作品で、これが劇場用長編第一作。
近江の歴史ある町を舞台に、旧家の姉弟の禁断の愛から始まる若者の虚無の世界を描きます。
『曼陀羅』と違って途中で色がつくこともなく、終始モノクロのスタンダード。 映像表現も比べてみれば序盤はまだおとなしめ、次第にターボがかかってきますが、お話が非常にどよよんとした重いものなので、映像でこのくらいいじってくれた方が救いがあったかもしれません。
旧家の跡継ぎ日野正夫に田村亮さん。「行く先々で地獄を作っていき」(和尚様談)、周囲を虚無の渦へと巻き込んでいくダークサイドなキャラです。でも所詮中二病?
その美しい姉百合に司美智子さん。新人とクレジットされていますが、フィルモグラフィーを見ると残念ながらその後あまり自分の記憶に残る作品には出なかったようです。
仏師森康高に岡田英次さん。
妙に艶っぽいその妻令子に田中三津子さん。
跡は継がないというその息子康弘に佐々木功さん。コンドルのジョーの2年前。
ホテル街で集(つどい)三枝子さんをネタに正夫を脅すその筋の男に寺田農さん。その稼業につくには弱すぎですが、ひょろひょろだった『肉弾』のまだ2年後ですからね……。
他に菅井きんさんが老婆の役……っていくらなんでも70年頃で老婆はないでしょと思ったら、ホントに老婆の役でした。
監督実相寺昭雄、脚本石堂淑朗、撮影稲垣涌三・中堀正夫。
ロケ地
特に資料が無いので、いつものように画面とにらめっこでチェックしていきました。
昔名画座で見た時のように『曼陀羅』とセットで久々に鑑賞。
2本みっちり見たらさすがに心身ともにくたびれたので、しばらくはムズかしくメンドくさい映画はパスする予定 😉
日野家
2つ前のエントリー『海潮音』の廻船問屋のお宅も大きかったですが、こちらも立派なたたずまい。しかも周囲に同じような白い土壁や蔵が立ち並ぶという特徴的な街並みとなっています。
キネマ旬報データベースに「琵琶湖近くの旧家」とあり、白壁が続いているエリアですので、近江八幡……かと思いましたが、ハズレで正解は東近江市のこちら。
少し後の駅の場面で駅名がわかり、そこからたどり着くことができました。
具体的な建物ですが、おそらく周辺同様に近江商人の屋敷だったと思われ、マップや画像で見てもさすがの大きさとなっています。
ただ現在はお店でもなく商人屋敷として公開されている風でもありませんので、プライベートな物件と判断、ウェブマップで示すのは避けることにしました。
このエリアは重要伝統的建造物群保存地区となっていて、街並みの保存と観光にも力を入れているようです。
商人屋敷や寺社が並び水路が走る街並みは、ただ散策しても楽しめそうですね。
「あきんど通り」と名付けられた中心的な通りは、ストリートビューが利用可。
以下Wikimedia Commonsの画像を何点か。
お寺
百合が正夫を迎えに行く場面は、近隣の数ヶ所を組み合わせています。
長い階段、山門など、お寺の場面は滋賀県東近江市にあるこちらと思われます。
「日野家」からは東南に14kmほどのところ。
階段
山門
総門からやってくる百合を荻野が迎えたところ。
後半でも登場します。
本堂
中頃(1:05)で登場します。
葦葺き屋根の立派な建物ですね。
この画像の左端にかろうじて見えているのが、映画にも出てきた袴腰の鐘楼。
お城跡
上記山門の場面の後、城壁が残る山で正夫がひとり物思いにふける場面となります。
これは安土城跡Wですね。
お寺からは北西へ17kmほどのところ。「日野家」からは西へ4km。
信長公本廟。
三重塔
階段を上ってきた正夫と百合が腰を降ろして話すところは、おそらくこちら。
映画では修復中のようにも見えます。
気軽に腰掛けてますが、国宝です。
駅
0:20
近江鉄道本線の五箇荘(ごかしょう)駅
鉄橋の下
新幹線の鉄橋。
お寺(後半)
後半荻野が正夫を諭す場面で登場するのは(上掲動画)、上述のお寺とは別で京都市東山区のこちら。
東福寺W
二人がいた三門。
▼24/1/30 追記
Bill McCrearyさんから画像を提供していただきました。
ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)
京都や関西の紅葉ほかの旅〈2023年11月)(8)(Day3-2)
https://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/524dd8b3afc4972b3db2418651084de6
ラストの石段
※20/1/18項目追加
バントシオさんからコメント欄(2020年1月14日 21:59)で情報を寄せていただきました。
東近江市石塔町にあるこちらのお寺とのことです。
情報ありがとうございました。
- Google Maps
- 35.070225, 136.210982
今は手すりがありますが、当時は映画のようになかったとのことです。
超ローアングルもあって、少々怖いカットですね。
ロケ地マップ
実相寺昭雄監督作
資料
更新履歴
- 2024/01/30 「お寺(後半)」にBill McCrearyさんの画像を追加
- 2020/01/18 「ラストの石段」項目追加
- 2014/11/18 新規アップ
コメント
ぼくは滋賀県在住ですが、高1の頃に京都の映画館でこれを見ました。正夫と坊主が核心の遣り取りをする場面は永源寺と思っておりました。エンディングで司美智子が石段を登って行く場面で、バッハの無伴奏ヴァイオリンが流れていましたが・・あれは蒲生郡石塔町の石塔寺の石段だと思います。今は中央に鉄製の手すりが設えられてしまいましたが、あの頃は手すりはなかった。
バントシオさん、コメントありがとうございます。
高一でこの映画ですか。けっこう濃いめの体験だったことでしょうね 🙂
私も最初に見たのは確か70年代中頃で高校生の時でしたが、たぶん3年生にはなっていたような。1年生で見ていたら人生変わっていたかもしれません。
ロケ地情報も、地元の方から情報を寄せていただけて、たいへん嬉しいです。
滋賀県はほかには『幻の湖』ぐらいで申し訳ありませんが……
対話の山門は永源寺でしたか。なぜこの場面だけ違うと思ったか全然覚えていませんが、ラストの石段含めて再度チェックしてみますね。
最近更新できるのが週末に限られてしまっているため、もう少しお待ちください。ありがとうございました!
バントシオさん、ラストの石段について項目アップさせていただきました。階段の脇に並んだ小さい石塔が可愛らしいですね。ぜひ行ってみたいと思いました。
思い出しましたが、対話の三門は境内がたっぷり映っていたのでわかったのでした。この映画では仁王像が映っていますが、もしかして珍しい映像でしょうか?
それにしても、少しだけ見返しましたが、個性的……としかいいようがない不思議な映画ですね 😉
ちょうど実相寺監督の奥さんがお亡くなりになりましたね。
https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2020012001001836.html
「無常」にはお出になっていないみたいですが、昔は、映画監督は助監督からなったわけで、大島-小山、篠田-岩下、吉田-岡田など、監督-女優という夫婦がいましたね。今は、そういう時代ではない。
ところでまったくどうでもいい話ですが、実相寺作品の著作権者として
>(C)1970 實相寺知佐子
とあったのを、原知佐子さんと一瞬結びつかず、ああ、この人が実相寺監督の著作権継承者なんだ、でもどういう関係? と思った苦い記憶(?)あがあります(苦笑)。
https://www.cdjournal.com/main/news/jissoji-akio/67903
ところでこの映画は成人映画だと思いますが、高校生でもご覧になれたのですか?
Bill McCrearyさん、コメントありがとうございました。(すみません、返信遅れまして。「クライシス2050」もソフト情報追記させていただきました)
原知佐子さん亡くなられましたか。現役を貫かれていたようですが、そちらの御名前でしかわからず、確かに実相寺知佐子さんさんですと、ぴんと来ませんね……
ところでこの映画成人指定でしたか。となると卒業した後か、あるいはまあ18になっていればOKということで(汗)。
ATGの大人な映画では、『エロス+虐殺』や『聖母観音大菩薩』とかもだいぶ変わった映画でした。いかにも昭和ですね……
東福寺に行き、「三門」の写真も撮ってきました。
https://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/524dd8b3afc4972b3db2418651084de6
https://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/82a2d75cfbddceac43eaeb08d2a083d4
『無宿』の立岩に行った翌日の写真です。
以下余談です。しばらくCSの「東映チャンネル」に加入していた時期がありまして、「キイハンター」ほかいくつかのドラマで彼女の姿を見ることができました。
>
新人とクレジット
というのも、昨今は「新人」として紹介するという慣習もだいぶ衰えているかと思います。ほとんど見かけないかも。私も、「新人」と名のついた人のその他の出演作を探してみても、他作品での出演が確認できないこと多数です。やはり芸能界の水に合わない?
Bill McCrearyさん、コメントありがとうございます。
お写真さっそく使わせていただきました。
階段かなり急だったとのことですが、階段落ちしないで何よりでしたね。
もし自分が上り下りしたら、きっと膝を痛めてコンドロイチン錠剤の宣伝に出てくるような絵づらとなったことと思います。
> 昨今は「新人」として紹介するという慣習もだいぶ衰えているかと思います
確かに最近は見られませんね。
<特別出演>とか<友情出演>とかは今でも普通に使われていますが、
五社協定があったころは映画会社名も添えられていましたが、そういうのももう今は昔のことかと。