『旅の重さ』 (1972)

あの頃映画 「旅の重さ」 [DVD]

私は今日まで生きて~みま~した~♩

作品メモ

ひとつ前のエントリー『約束』に続いて斎藤耕一監督作品。フィルモグラフィー的にも次の作品となり同じ年の10月に公開されています。

突然家を出て四国遍路を始めた少女のお話で、ヒロインに高橋洋子。これが映画デビュー作でとても初々しく可愛らしいです。撮影当時19歳。美しい風景とともに捉えられた彼女の魅力が、そのまま映画の魅力になっています。

彼女のママに岸田今日子。何だか頼りなくて娘よりママの方が心配になりますが、これも岸田さんの持ち味でしょうか。
行き倒れになりかけた彼女を助けた中年男木村大三に高橋悦史。

ロードムービーなので、途中出会いと別れが繰り返されます。
特に大きな出会いだった大衆演劇一座の面々は……
座長松田国太郎に三国連太郎。
政子に横山リエ。私、つい数年前に見返したときまでずっとこの役杉本美樹さんだと思い込んでいました。ごめんなさい。
竜次に砂塚秀夫。

他に……
後の方に出てきた小説好きの少女役として秋吉久美子。ヒロイン役をオーディションで競って次点となり、こちらの役で映画デビュー。出番は短いですが物語にぐっと奥行きをもたらすキャラで印象に残ります。
トラック野郎に山本紀彦。オール四国ロケとのことですが、運転席のたった1ショットのためにわざわざ四国に来たのでしょうか??
最初の方に出てきたすごい状態になっている男性遍路に三谷昇。これはクレジットを見なければ誰だかわかりませんでした。

原作は素九鬼子。
続く『パーマネントブルー』は秋吉久美子さん、『大地の子守唄』は原田美枝子さんでそれぞれ映画化と、新進女優の登竜門状態。

監督斎藤耕一、脚本石森史郎、撮影坂本典隆、とこのあたりは『約束』と同じ。
音楽よしだたくろう♩

『約束』と違ってDVDは発売済み。
たしかいっとき入手できない時期がありましたが、今ではレンタルもされていますし、HD放送もあったような。
さらにオンデマンドでも視聴できますので、『約束』よりはずっと接しやすい作品となっています。

※16/8/11 動画差替え

 
 
 

※18/12/16 こちら↑は冒頭の映像ですが、こちら↓は本来の予告篇

 
 
 

地元紙の記事

※15/4/6項目追加

このページをご覧になった高知県在住の映画ファンの方からご連絡をいただき、当時の新聞記事のスクラップ画像を拝見することができました。
そのまま画像を掲載したいところですが、著作権上問題あると思いますので、一部極小掲載する他は文章にて簡単に内容をご紹介致します。
記事は全て地元紙の高知新聞です。送ってくださった方、本当にありがとうございました。

◎宿毛などでロケ 映画化される『旅の重さ』 女主人公は公募で (1972-07-04)
記者会見の模様を中心に、映画化情報を伝えています。ヒロインの公募情報として「出演期間は8月10日から9月20日(予定)撮影場所は四国の新居浜、宇和島、宿毛、足摺、土佐清水などロケ中心。経験問わずで15-19歳」とあります。
◎十月の日本映画 ー高知映画街ー (1972-10-03)
ラインナップ紹介。松竹系で10月28日から『故郷』(山田洋次監督)との併映。
映画紹介の中で、「八月中旬から約一ヶ月間、土佐清水市や愛媛県八幡浜市などでロケが行われた」との記述があります。
◎『旅の重さ』試写会 (1972-10-16)
10月24日の夜、高知市の高知松竹で開かれる試写会へ200名ご招待、といった内容。
映画紹介の中で、「さる八月中旬から、土佐清水市や中村市、愛媛県南部などでロケが行われました」との記述があります。
◎四国シネマ紀行(26) 旅の重さ ー昭和47年土佐清水市ほかー 日本人の心象風景を(1991-07-09)
記者の署名入り、6段のコラム。 四国の地にちなんだ映画を毎回とりあげている連載のようです。他の連載も読みたくなりますね 🙂
一座がいた下川口天満宮を記者が実際に訪れ、写真入りで紹介。そのキャプションに「手前の土手でも撮影が行われている」とあります。
また斎藤耕一監督の「私の作品の中で、最も印象に残るものです」といったコメントも掲載されています。
◎しこく名作紀行(41) 映画旅の重さ(愛媛県愛南町) 石垣と同居する漁村(2005-04-16)
署名無し6段。 「石垣と同居する漁村」とのことで、漁村のロケ地となった愛媛県愛南町の外泊地区が紹介されています。
「住民の大半が何らの形で参加したはず」とのこと。 また、公開された1972年当時、周辺は足摺宇和島海国立公園区域となり観光客が多く訪れていたことも伝えています。

Blu-ray発売

※15/4/12追記
『あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション 旅の重さ』 [Blu-ray] Blu-ray盤が出るようです。
発売予定日は2015年8月5日。
「あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション」という新しいシリーズ。

http://www.shochiku.co.jp/anokorothebest/

ロケ地

お遍路さんということで舞台は四国。
エンドクレジットの「協力」には愛媛県観光協会と高知県観光連盟の名前があります。
例によって特に資料は用意せず画面とにらめっこで挑戦してみましたが、今回はハードル高すぎたかも……。

タイトルバック

※13/7/27項目追加

赤松さんからメールでいろいろ情報寄せていただきました。
最初の方、拓郎の歌が流れる旅の場面は、大洲市とのことです。

※15/3/14
整理のためにこれまでの記述を各小項目に分けました。
クレジットが出ているわけではありませんが、整理上拓郎の歌が流れる部分をタイトルバックとしています。

小屋

※15/3/14項目追加
タイトル「旅の重さ」が出るところ。

※15/3/20追記
コメント欄でイエローさんからヒントをいただいたときには(2014年11月2日 12:03)うまく見つけられませんでしたが、同じように水田が広がっている地域をチェックしていったところ、ここではないかという場所が見つかりました。

西予市を南北に走る宇和島街道(国道56号線)の西側このあたり(当時東宇和郡宇和町)から南の方を見ると、ちょうど小屋の扉を開けたときの景色と同じようになります。

カメラ位置はおそらくこの↑ストリートビューより少し南寄りですが、左右(東西)の位置はほぼこのくらいでしょうか。

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou

コメントもいただきました。
「本当に綺麗な緑でした。
緑色で始まり、白黒で終わる。
見事な演出でした。」

<しおかぜ>の踏切

踏切を行く列車は特急「しおかぜ」W。72年に登場した四国初の特急だそうです。当時の運行は高松駅~宇和島駅。つまり踏切は予讃線のどこかということになります。
今は車両が変わっているようなので、鉄ちゃん的にも貴重な映像かもしれませんね。

(以上13/7/27記載分を15/3/14に項目単独化。15/3/14現在、撮影場所は不明)

※15/3/20追記
線路の蛇行の具合や日差しなどから、マップ上ではこちらのように思えます(未確認)。

※19/2/25追記
すみません、上記間違えていました orz…
katsuzouさんからコメント欄(2019年2月20日16:30 )および管理人宛メールで、正解を教えていただきました。

メールから引用させていただきますと……

愛媛県大洲市長浜町晴海のふれあいパークの前の踏切で大谷(おおや)踏切です。
映画に写り込んでいる階段は改築されなくなってますが、線路の曲がりと三脚が立てられる位置が旧道から構えられました。
200ミリ以上のレンズが必要だったんですが、ギリギリ200ミリが限界だったため、少しズレがありますが、映画の構図とほぼ間違いないと思われます。
電車の長さが1両のため、スケールは出ませんでしたが、ファインダーで動画を確認したところ、見事に再現できました。

とのことで、その画像も提供していただきました。

©2018 katsuzou
©2018 katsuzou

本編と照合してみましたが、これはもうこちらで間違いなしですね。お見事です 😀
ちなみに写り込んでいる方は奥様だそうで、検証に協力してくださったとのことです(掲載許諾いただいています)。
本当にありがとうございました。

マップでは、おそらくこのあたり↓かと思われます。

こちらで↓電子国土Webの元になった空撮画像を見ることができます。ダウンロードもできますので、チェックにご利用ください。

<うわじま>に抜かれるショット

背後からやってくるのは急行「うわじま」。路線としては同じでしょうけど、川(海沿い?)を蛇行しながら走っているようです。日差しから見て線路は水辺の南側、さらにその南側にヒロインが歩く道路があり、画面奥では車が線路を横断しているのが見えます。

大洲市長浜町がロケ地であったとの情報もいただきましたので、昔の空撮をメモ。

(以上13/7/27記載分を15/3/14に項目単独化)

※13/7/30追記
急行「うわじま」に抜かれるショットはおそらくこちらではないでしょうか。

現在のマップですと海岸線と予讃線の間に「夕やけこやけライン」という道路が走っていますが、1975年(昭和50年)の空撮では、この部分はまだできておらず、線路のすぐそばに海があるように見えます。
この部分で正解だとすると、カメラ位置はここ。

SVでできるだけ近づけて表現するとこんな感じ(道路がないものと思って見てみてください)。

背後の踏切はここ。

カメラ目線の補助線を引いてみました。

線路の曲がり方や各距離など、映画とほぼ一致しています。

※15/3/14追記
コメント欄でイノシシさんから情報寄せていただきました。
場所はここで正解とのことで、よりわかりやすいストリートビューも教えていただきました。

(※15/3/14に以上の内容で項目単独化)

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。
高倍率のカメラで、見事にフレームを再現していらっしゃいます♪

©2019 katsuzou
堤防の道

※15/3/15項目追加
堤防らしきところを真横から捉えたショット。

※15/3/19追記
コメント欄でイノシシさんから情報提供していただきました。
「土佐清水市と四万十市(当時中村市)を結ぶ道路の途上にある四万十川右岸」とのことで、さらにピンポイント的に山の形からこのあたりではないかとのことです。

まさにこの姿。お見事でした 🙂
しかも手前の橋が実は0:17頃の橋であり、逆向きに(堤防にカメラを置いて)撮られたショットだったことが判明しました。 ダブルお見事 😀 😀
地元をよく知る方々にもご協力いただいたとのことで、皆さま本当にありがとうございました!

各種マップではこちら↓

映画撮影時は、GSI MAPS(75年)と空中写真閲覧サービス(64年)の間の状態だったかと思われます。
上流の国道56号線の橋(渡川大橋)はまだない頃で、四万十川に架かる橋はさらに上流の県道346号線の橋(四万十川橋)のみ。少女の後ろを車が何台も通過していきますが、交通事情はかなり厳しかったと思われます。

映画のショットをよく見ると、右側3分の1ぐらいの位置に、土手に上がる階段が見えます。
もしかするとこちらかもしれませんね。

今ですと、手前の橋を渡って上の道に上がるスロープが正面に写ってしまうはずですが、64年の空撮ではもう少し上流まで併走しているようでスロープを確認できません。なので堤防の階段は可能性としてありかもしれません(未確認)。

なおこの地域の堤防についても、イノシシさんがコメント欄で詳しく書かれていますので(2015年3月17日 22:41)、ぜひ併せてご覧ください。

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou

少女と同じ位置に写っている方は、きっと奥様です 🙂 (「橋」参照) 
ご協力ありがとうございました。

沈下橋

※15/3/14項目追加

0:04
腰まで水につかって進んだ直後。引きとアップの2カット。

※15/3/20追記
予告編の0:02:48も同じ場所。

※18/12/16追記
コメント欄で高岡タケシさんから「(四万十川ではなく)大州市を流れる肱川に昭和40年代まで数カ所あった流れ橋ではないでしょうか」と情報を寄せていただきました(2017年9月22日 12:12)。
さらにイノシシさんからは「肱川の潜水橋は確かに映画に登場する橋と似ていて、撮影のルート的にも大いにあり得る話だと思います」と、具体的な場所の情報をいただきました(2018年12月9日 16:22~)。

この橋は現在は無くなってしまったようですが、過去の空撮画像やストリートビューで確認できました。

確かに橋脚部分は映画と似ているように見えますし、イノシシさんがお書きのように橋の部分がその後改修されたのであれば、こちらである可能性は十分ありそうですね。
本編の映像では橋や周辺が部分的にしか写っていないため正解かどうか断言するのは難しいですが、有力候補地として挙げさせていただきます。
さすが地元の皆様の情報は参考になります。ありがとうございました!

 

※19/11/11追記
コメント欄で高岡タケシさんから「大洲市の畑の前橋約150メートル下流に架かっていた橋のようです」と情報を寄せていただきました(2019年11月11日 02:45)。
マップではこちら↓ですが、地形的に矛盾はありませんし、地元の漁師さんにも確認されたとのことで、ここで正解と思われます。
お見事でした 😀

実際には1961-69は1966/11/05、1974-78は1975/02/26。

現在のマップでは、このあたり↓に相当します。

過去のマップと重ねると、川(肱川)に向かう小径の先に、かつて板橋が伸びていたようです(つまり、このSVは映画のアングルと同じ)。
映画では向こう岸に右下から左上に上っている坂道があり、橋はそこへぶつかっていましたが、その後の変遷で川の蛇行している内側(左岸)の部分が大きく削れていき、今ではそのあたりは河原のただ中となっています。そのため、SVで再現しても映画とは少し様子が異なっています。
参考までに、最後に掲載したロケ地マップに板橋のかつての位置を描いてみました。

ポスト

※15/3/14項目追加

0:05
なつかしい赤いポスト。

漁師の家に泊めてもらうシーン

※19/10/23項目追加

0:07
katsuzouさんから、情報と今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou
©2019 katsuzou
©2019 katsuzou

以下のコメントをいただきました。

「ここの場所は、伯方塩業明浜工場跡地で道路は漁師の家まで雨の中を走るシーン、またこの場所に漁師の家があったと思われる場所です。
海の風景はHULUのタイトルバックの写真です。当時より埋め立てており若干の違和感がありますが雰囲気は出ました。」

男性のお遍路さん

※15/3/14項目追加

0:11
三谷昇さん演じる男性に声をかける村。

女性のお遍路さん

※19/2/25項目追加

0:13
新村礼子さん演じるお遍路さんと同行する場面。
田んぼの中に立つ木の下で語らいますが、katsuzouさんからその木はこちらではないかと情報を寄せていただきました。

©2018 katsuzou

おそらくマップではこちら↓と思われます。

次の項目の「札所」はここから北東へわずか600m程のところですので、こちらで撮影された可能性はかなり高そうです。
もうこれで正解とさせていただきたいところですが、katsuzouさんは他の撮影場所も含めてまだまだ検証を続けられるとのことです。
さらなるご報告を心待ちにさせていただこうと思います。

※19/2/26追記
もう一枚、2016年9月に撮影された画像も提供していただきました。

©2016 katsuzou

※19/10/23追記
katsuzouさんから、果物を貰う場面について情報と画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou
©2019 katsuzou

すばらしいコメントもいただきました。

「ここのシーンも3年かかりました。

以前にも書かして貰いましたが、果物をもらい、二人であぜ道を歩くシーン、当初、私は午前中の逆行の光の中での撮影と決めつけて探していましたが、画面を何度か見ている内に、農機具小屋に一人の男性が映り込んでいるのを見つけました。半袖、半ズボン姿です。
 
農作業においては午前中の作業の場合、半袖半ズボンで作業する人はあまり見かけないと、三間町の人に教えて貰い、考えを180度変え、あの逆光は西日と考えて模索して判明した次第です。果物を貰うまでのシーンの背景は酒屋さんで、そこの女将さんに聞いたところ道幅が今の半分しかなくバスが酒蔵をギリギリ通ったそうです。映画のシーンを観て貰うと間違いなく昔のここの風景だそうです。また、おばあさんの家は変わりましたが、その家の前で道路の縁石を調べていると、偶然、おばあさんのお家の若いお嫁さんが出てきたので、お話を伺いました。
 
これも映画のシーンを観てもらうと、お嫁さん曰く、「仏壇に置いているおばあちゃんの写真の顔です。」と、また、旦那さんはこの辺では一流の歌人だった事も教えてもらいました。

家を撮影した写真を、ネットで投稿する許可をいただき、暑い中三脚を立てていると、熱中症にならないようにと、お嫁さんがジュースを持ってきて下さいました。やはり、ここは四国、お遍路の国なんですね。
 
一気飲みでした。」

札所

0:15頃。
八十八箇所をめぐるわりには、札所はほとんど写りません。
この場所は粘ればわかるかもしれませんが、お遍路の方たちが心を込めて回っている神聖な場所でしょうから、ヒロイン同様静かに立ち去ることにします。

※13/7/27追記
赤松さんの情報では「69番目の七宝山観音寺」とのことです。

※15/3/15追記
コメント欄でイノシシさんから情報寄せていただきました。

お堂の場面は第41番札所龍光寺(宇和島市三間町大字戸雁173)ではないかとのことです。
画像や動画を照合してみましたが、こちらで間違いないようです。お見事でした。

少女が腰掛けていたのは、北東側にあるお堂。

その前の石段部分もこちらであるように見えますが、調査中。

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou
©2019 katsuzou

※15/3/14項目追加

0:17

※15/3/19追記
コメント欄でイノシシさんから情報提供していただきました。
なんと0:03頃の「堤防の道」のすぐそばでした。
橋脚や橋桁の形がどんぴしゃりで、ここで間違いないかと思います。お見事でした 🙂

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou

フレームの再現具合も完璧ですね。
楽しいコメントもいただきました。
「かなり少女のイメージではないのですが、また、妻に協力して貰いました。カメラ助手で来て貰ってますぅ。(笑)」

夕焼けのシルエット

※15/3/15項目追加

0:17:30頃
立ち止まって夕焼けを見るところ。

コメント欄でイノシシさんから情報寄せていただきました。
シルエットになっていた島は、旧西海町外泊(後半の舞台)の半島の西側にある鹿島ではないかとのことです。

シルエットもそうですが、よく見ると島の右側(北側)に小さい岩が2つ並んでいて、その特徴も一致しますので、ここで間違いなさそうです。お見事でした 🙂

撮影場所ですが、ストリートビューでできるだけ似ている場所を探してみました。
2つの岩が見えていて、水平線がかぶっていない(=海面に近いカメラ位置)、かつカメラを設置する場所があるところということで、こちらの港ではないでしょうか?

By Uwajima-taro
via Wikimedia Commons
(public domain)

こちらは映画にかなり近いアングルの画像。
少女が桟橋の先にいて、カメラ位置を調整すれば同じような絵になりそうです。

ここは鹿島を巡る観光船の船着き場のようですね。
こちら↓の地図では、「船越桟橋」とあります。

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou
©2019 katsuzou

詳細なコメントもいただきました。

「 夕景の撮影は旅館「とらや」さんの前がロケ地として使われたそうです。
旅館「とらや」さんのご主人は現在ご病気でお話を直接お伺いすることは、できませんでしたが、奥さんのお話を聞くことができました。

奥様はロケ当時にはまだ嫁いでは来ていませんでしたが、私の夕食の折、今回の旅行の目的をお話しすると、過去にも一人、旅館を訪ねて来た人がいたそうです。

また、監督はじめスタッフ一同宿泊し、撮影に挑んだことなど、ご主人から聞いたお話をして頂きました。その話の中で1つ判明したシーンが、
旅芸人一行と別れ、子猫がおぼつかなく歩くシーンの後、杖御ついて砂利道を歩くシーンは、この「とらや」さんの東側の県道294号線を少し入った道路で撮影されたそうです。

夕景写真と共に砂利道も添付しておきます。(砂利道はたくさん出てきますね) 」

隧道

※15/3/14項目追加

0:18
眠った後眩しそうに出てくるところ。

※15/3/15追記

画像検索や昔の空撮画像などをあれこれ利用して、こちらではないかという場所が見つかりました。
調べるにあたり、四国内の隧道をとりあげた様々なサイトやブログ、特に多くの隧道を網羅したこちらのサイトが役に立ちました。ありがとうございます。

場所ですが、おそらく宿毛(すくも)街道(国道56号線)の旧嵐坂隧道ではないかと思われます。
撮影に使われたのは(日差しから考えて)その南西側の出口で、マップではこちら。

現在はこういった↓感じで、左(北側)が歩行者用の新しいトンネル、真ん中が現在の嵐坂隧道、そして右側には(まったく見えませんが)旧隧道の入口があるはず。

画像ではこういった↓感じ。

ブログやサイトでは例えばこういった記事が参考になりました(ありがとうございます)。

ご覧のように旧隧道は大半が土石で塞がれてしまっています。
映画と照合できるのは上半分ぐらいでしょうか。
それでも入口まわりの施工の具合や横縞のような跡などほぼ映画と一致していて、撮影はこちらであったと判定できそうです。
北側にある現在の隧道は1970年に開通しているようですので、映画の撮影時には旧隧道は使われていない状態となり、それで撮影に使えたのかもしれません。

参考までに、昔の空撮画像はこちら。おおまかに旧国道のルートがわかります。

最後に掲載したロケ地マップにも昔の隧道のルートをメモしておきました。
反対側の出口は今では完全にふさがれていて見ることもできないようです。

なお各種画像でも見られますように、入口廻りは大変危険と思われますので、絶対に柵を越えて中へ入ってはいけません。くれぐれもお願い致します。

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou
©2019 katsuzou

コメントもいただきました。

「旧嵐坂隧道は出入り口が土で埋められ、バリケードと草で中には入れませんでした。 映画では、写真中央が隧道の出入り口です。」

三叉路

0:18頃。
印象的に撮られている俯瞰ショットですが、場所をつきとめるのは難しそう。

アーチ橋

カメラが川遊びをする少年たちを写した後、ぐいっと動いてアーチ状の橋とヒロインを捉えるショット。
おそらく愛媛県八幡浜市のこちら、明治橋という橋です。川は千丈川。

ウェブマップではこちら。

昔の空撮はこちら。

カメラは東向き(上流向き)。
1本となりの橋(映画で奥の方に写っている)から東の方を見るとこういった感じ。

川の曲がり方や山肌の様子など映画のそれと近いので、ここで正解と思われます。
橋に関して専門的なことはこちらをどうぞ↓

※14/7/27追記
このあたりストリートビューが使える場所がぐっと増えていました。

※19/3/1追記
katsuzouさんから画像を提供していただきました。
2016年9月に探訪された時のものとのことです。

©2016 katsuzou

橋の上から遠くを見つめるシーン

©2016 katsuzou

川遊びをする子供のシーン
(潮の加減で水位がありますが)

商店街

0:18頃。
カメラがヒロインを見上げながら一緒に移動するショット。
店名がはっきり写るのは、「アタゴカメラ」、あるいは「銀六 菊地本店」といったところ。
横断幕は「銀○ゴールド夜市」。

さらに映画館のくだりをはさんで、少女が店頭で物色していた靴屋さん「カクダ」と、右隣のメガネ店「ほどの」…… ……とここまできてようやく場所がわかりました。
この商店街も上記アーチ橋と同じくやはり八幡浜ですね。

こちら↓は八幡浜市内にある銀座通り商店街の案内図。

http://town.ehime-iinet.or.jp/teyateya/map/index.asp?P_MAP=1

ちょっと左にスクロールすると、「銀座7丁目」に入ったところの南側(下側)に、今でも「カクダ」と「ほどの」が並んでいるのを確認できます。
ウェブマップではこちら↓。SVでは映画とは逆向きに見ていて、路地の突き当り左側が靴の「カクダ」となります。

さかのぼって、映画館のくだりの前の移動ショットも、こちらの商店街。
上記案内図で、銀座6丁目と7丁目の間の北側(上)に「アタゴカメラ」の名前があります。
こちらに関しては残念ながらクリックしても店舗情報が表示されませんが……。 ちょうど上述靴屋さんと時計屋さんの並びのはす向かい。
従って撮影時は、カメラは東向きで銀座6丁目から7丁目に向って移動。
別にほぼ同じ場所を使い、カメラ南向きで、少女が靴屋さんで物色している場面(側を同世代の女子高生が通り過ぎる)を撮ったことになります。

その後横切る商店街の入口は、おそらく上記靴屋さんから1ブロック西へ進んだこちら。

カメラ北向き。
左右(東西)に伸びるのが銀座商店街。
奥(北)に向っていくのが南北に延びる新町商店街。
その交差点ですね。

映画では右端に石碑のようなものが見え、そばにいかにも「指定文化財なんたら」的な白い説明書きが立っています。
こちら↓によると、代官所屋敷跡とのこと(白い説明書きは替っているようです)。

http://town.ehime-iinet.or.jp/teyateya/intro/index.asp

SVでも確認できます。

全然関係ありませんが、八幡浜は二宮忠八生誕の地なのですね。知らなかった……。
地元の方はみなさんご存知なのでしょうね。

※ウェブマップのメモ

※14/7/27追記
商店街もストリートビューが使える場所が増えていたので、追加しておきます。

画像提供していただきました

※15/5/7項目追加

このページを見てくださった「久美子君を乗せるのだから」さんから八幡山商店街の画像を提供していただきました。
下の方で掲載させていただいた外泊(石垣の里)同様に最近撮影したばかりの画像とのことです。

©2015 久美子君を乗せるのだから

「ほどの」と「カクタ」。

©2015 久美子君を乗せるのだから

「アタゴカメラ店」

©2015 久美子君を乗せるのだから

映画には登場していませんが、北側に延びている新町商店街の一角。
ここから路地一本奥のあたりに映画館があったと思われます。

©2015 久美子君を乗せるのだから

映画には登場していませんが、参考画像として「二宮忠八翁生誕の地」の碑。
個人的にとても嬉しい画像でした。二宮忠八や浮田幸吉など、名前見ただけでワクワクしてくるタチなものでして。
ありがとうございました。

※19/3/1追記
katsuzouさんから画像を提供していただきました。
いずれも2016年9月に探訪された時のものとのことです。

©2016 katsuzou

靴屋の横で女子高生を見送るシーン

©2016 katsuzou

八幡浜商店街で信号待ちのシーン

映画館

商店街はアーケードがかかっていますが、映画館の前は日光ががんがん当たっていますので別の場所ですね。
ここはKINENOTE(キネマ旬報DB)にあるように宇和島なのかもしれません。
調査中。

※ウェブマップのメモ

「オールナイトは19日(土)」とありますが、72年公開の『さらば美しき人』のポスターがあるので撮影は72年。
72年で19日が土曜日になるのは、2月と8月ですが、季節はどー見ても8月。
ということで、この場面の撮影は72年8月で、(毎週末オールナイトをやっているとすれば)おそらく8/13~8/19の間となります。

©1973 赤松幸吉

※13/7/28追記
赤松さんから40年前宇和島にロケ地訪問した際の画像を提供していただきました。
残念ながら、窓口の位置や扉の数などから見て、『旅の重さ』に登場した映画館とは違うようです。
でも、当時の雰囲気を伝えてくれる貴重な一枚となっていますね。
8月11日から『ゲッタウェイ』をロードショー、とありますが、ということは撮影は1973年でしょうか。

せっかく送ってくださったので、この写真の映画館について調べてみました。
まず宇和島の昔の映画館については、とても良くまとまった資料がありました。

明治、大正、昭和 宇和島100年の歴史
http://yomoda1998.sakura.ne.jp/

こちら↑の「戦後の娯楽」という項目が映画館に関するもので、写真入りでとても詳しく解説してあります。
この中で赤松さんの写真と建物外観や道路構成がそっくりなのが、最初の「日活菊美ど里劇場」。

「宇和島市本町大手(昭和45年4月)日活直営館であったが昭和46年、洋画ロードショウ劇場になったが同60年12月火災により焼失。鶴島館が前身。現在は眼鏡店となっている。」
とありますが、おそらく現在のこの場所と思われます。

昔の空撮ではこちら。

この↑空撮の中央、北西から来る太い道路が交差点で大きな建物にぶつかるような感じになっています。
縦長でいかにも映画館という作りですので、これが「日活菊美ど里劇場」で、おそらく赤松さんの写真の映画館であると思われます。

※14/10/22追記
赤松さんからコメント欄で「八幡浜東映」ではないか、と情報寄せていただきました。
映画館そのものはもうありませんが、昔の空撮画像で場所は確認できました。

現在は一般の住宅地と駐車場になっているためストリートビューでの明示は避けることにします。

食堂

※15/9/23項目追加

Huluで見て細かいところまでチェクすることができ、とんがり具合が特徴的でしたので、ようやく場所がわかりました。
もう営業していらっしゃらない様子ですが、看板が残っていると言うことで示してしまいますと、上記アーチ橋から北西に進み、県道27号線にぶつかるあたりです。

※19/3/1追記
katsuzouさんから、2016年9月に探訪された時の画像を提供していただきました。

©2016 katsuzou

学校

0:21頃。
がらんとした夏休みの学校。

上掲国土情報ウェブマッピングシステムの昭和50年度のカラー空撮画像が活躍してくれました。
結論から言いますと、宇和島市津島町にある岩松小学校の昔の校舎です。

ウェブマップではこちら。
SVでは、背景の山の形を確認するために、川(岩松川)の東側にピンを置いています。

1975年(昭和50年)の空撮で、映画と同じ作りの校舎を確認できます。

画像としてはたとえばこちらのブログのものが映画とどんぴしゃ一致。

  • http://nasso.exblog.jp/i4/

愛媛県生涯学習センター > データベース「えひめの記憶」>[『ふるさと愛媛学』調査報告書]によると、昭和58年(1983年)に現在のものに建て替えられているそうです。

今はもう映画撮影当時の面影は校内には残っていないと思います。
万が一ロケ地訪問される時は、子供たちを不安がらせるような不審な行動はとらないようにしましょうね。

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou

以下のコメントもいただきました。

「私が訪れた時期も夏休み中でした。校門の外から撮影することができました。」

トラック

※15/3/14項目追加

0:22

※15/3/15追記
コメント欄でイノシシさんから情報寄せていただきました。
トラックには「岩松運送」と書かれていますが、上記小学校の近くに現存しているようです。
個人宅というわけではありませんし、万が一間違っていたとしても大きなご迷惑をおかけするとは思えませんので書いてしまいますと……

車体に記されていた屋号まで確認できればさらに完璧ですが、普通に考えてこちらで正解のようです。
トラックまで調べようとは思いもよりませんでした。凄いです 😀

旅館

0:23頃。
「いよや」とあります。
トラックに乗せてもらって高知まで来たという設定のはず。
調査中。

以下旅一座や後半の漁村関係は全く歯が立ちませんでした。
項目だけ作っておきますので、後はわかる方、お願いします~(オイッ)

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像とコメントを提供していただきました。
完璧なレポートですね。ありがとうございます♪

©2019 katsuzou
©2019 katsuzou

以下はいただいたコメントです。

「 このロケ場所も、おおむね2年かかりました。
愛媛県から漠然と古い町並みを模索していましたが、宇和先哲記念館の方々の意見で、宇和町あたりから瀬戸内海に至る町で窓の手すりの高さはおおむね低く、タオルなどは干して掛けにくい建築構造だそうです。それでは、宇和より南側の町並に的を絞ることができ、判明しました。ここの旅館名は、津島町岩松の三好旅館です。そうです、岩松小学校の近くです。

ここでも一泊お世話になりました。
女将さんと、お話を聞くことができました。

撮影当時、女将さんは、と言うと、まだ、嫁いできたばかりの出来事だったそうです。大勢のスタッフも部屋に入れきれずに、玄関先で寝泊まりしていたことや、宿帳に書き入れるシーンで、蚊取り線香の缶は、この女将さんが、買ってきて保管してある物を撮影に使用したそうです。その後、姑さんと宇和島まで行き、映画を観戦したそうですが、蚊取り線香のシーンの時は二人で飛び跳ねた、と、当時を思い起こしながら話してくれました。

現在は少し部屋を改築してあるのですが、宿帳のシーンの部屋も添付しておきます。

女将さんには、部屋の中からの一枚と宿帳の部屋の一枚の写真をネットに投稿する旨を告げ、快くご了承して頂きました。一度機会があれば、また、映画を観てみようかとおっしゃっておりましたので、DVDがあることをおすすめし、女将さんにビールの追加注文をした次第です。 」

とのことで、マップではこちら↓になるようです。

また、
「映画の「旅館いよや」の看板ですが、そこの建物と向かいの建物は、取り壊されていましたので、早朝の斜光は、再現できませんでした。」
とのコメントもいただきました。

海岸沿いの道

※15/3/14項目追加

0:24
崖が迫った海岸線の通り。

コメント欄でイノシシさんから情報寄せていただきました。
土佐清水市大津~貝の川間の旧国道321号とのことです(当時は「旧」がつかない国道)。

カメラ位置は大津で、ほぼ真東を見ているようなアングルですね。
確かに映画で右の方に見えるそびえ立つような大岩も確認できます。
これはお見事、地元の方でないとまずわからないポイントでした 🙂
映画の時点でもネットが張られていてちょっと不安になるような崖の状態ですが、今の国道はトンネルで安全に走行できるようですね。

※19/11/6追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。
「素晴らしい景観でした。」とのことです。

©2019 katsuzou

ひとりで入る海

※15/3/14項目追加

0:25
「あこがれていた土佐の海」でひとりはしゃぐところ。

コメント欄でイエローさんとイノシシさんから情報寄せていただきました。
土佐清水市大岐の大岐海岸とのことです。

さすが地元をよくご存知の皆さんにとっては、一目瞭然なのですね 🙂

イノシシさんから「ヌードシーンは浜辺の中でも人があまり通らない南の方で撮影されたのではないか」とコメントいただいています。
また『パーマネント野ばら』もこちらで撮影されているとのことです。

※15/5/23追記
イノシシさんから現地の画像を提供していただきました。

©2015 イノシシ

撮影は2015年5月21日とのことです。
カメラ位置もどんぴしゃり。
少しトリミングすれば映画と同じフレームになりますね。

※17/1/3追記
このページを見てくださった「なにわカツオ」さんから、海岸の画像を提供していただきました。
昨年2016年8月18日に撮影されたものとのことです。
2017年1月2日のコメント欄もぜひご覧ください。
どうもありがとうございました。

©2016 なにわカツオ

大岐海岸の海岸中央から南側

©2016 なにわカツオ

海岸中央から北側

©2016 なにわカツオ

海岸中央

境内

旅一座が陣取った境内。
0:31頃鳥居が写ります。
kINENOTE(キネマ旬報DB)で「足摺岬の近く」とあります。 調査中。

※13/7/27追記
赤松さんから寄せられた情報によると、鳥居が見える階段と境内は「土佐清水市下川口の天満宮」ではないかとのことです。
アベックを目撃するのが「天満宮前の春日川の河原」。

※13/7/28追記
こちらのサイトのおかげで場所が特定できました。

神社探訪・狛犬見聞録
http://5.pro.tok2.com/~tetsuyosie/index.html

高知県を選び、左側のリストの「土佐清水市」から「天満宮(下川口)」を選ぶと、映画に登場した天満宮を見ることができます。

ウェブマップではこちら。

衛星画像や空撮でも境内のスペースは確認できますね。その南側(森の南端)が階段と鳥居でしょう。

※14/9/4追記
ストリートビューが使えるようになっていました。(※17/1/3 SV更新)

※17/1/3追記
こちらも「なにわカツオ」さんから、昨年2016年8月18日に撮影された画像を提供していただきました。
2017年1月2日のコメント欄もぜひご覧ください。

©2016 なにわカツオ

天満宮鳥居下から

©2016 なにわカツオ

境内

©2016 なにわカツオ

水道の蛇口

©2016 なにわカツオ

政子が水道の水で口をゆすいで下りていった(と思われる)道

 

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou

ふたりで入る海

※13/7/27項目追加

0:41頃。
少女と政子が泳いだり寝そべったりする浜辺。
赤松さんから情報寄せていただきました。

「足摺海岸ではないか」とのことですが、特定は難しいでしょうか。
「竜串」の名前が併記されていましたので、そちらに近い方かもしれません。

※15/3/14追記
コメント欄でイノシシさんから情報提供していただきました。

土佐清水市以布利のこちらの浜であるとのこと。

周囲の岩の形状といい遠景といい、ここで間違いないですね。これまたお見事でした 🙂

ふたりが降りていく切り通しの部分は、昔の空撮ではそれらしきところが見えます。確証はありませんが。

電子国土Web.NEXTでは中央の十字線が邪魔なので、機能→表示→中央十字線で表示をON・OFFしてみてください。
同マップはそれ以上拡大できないので(白地図になってしまう)、画像をもう少し拡大したい時は、国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの方をどうぞ。
こちらは、最初だけ使用条件の確認が必要です。一度了承した後、もういちど画像直リンクをクリックしてみてください。

※15/5/23追記
こちらもイノシシさんから画像を提供していただきました(撮影2015年5月21日)。
ありがとうございます。

©2015 イノシシ

浜へ降りていくショット。
ここは「切り通し」ではなかったとのことです。
「現地で確認すると、左側は大岩であるものの右側は樹木だということが分かりました。現在の浜へのアプローチはここではなくなっていて、足元を初めアプローチ全体が藪になっています」との解説をいただきました。

©2015 イノシシ

政子が駈けていくショット。
「映画撮影の時には存在していない大きな岩が2個、波打ち際にあります。撮影から45年近くが立ち、その間に来た台風などで運ばれて来た岩だと考えられます。」

©2015 イノシシ

それを見て駆け出す少女を正面から捉えたショット。
上述「切り通し」を逆から見たところですね。
「カメラは少女の走りをフォローしズームアウト、その後、右の岩山を背景にトップレスになります。政子と少女が浜に出て、泳ぎ始めるまでの動線はこの浜の地形をそのまま利用して撮影されていました。」 と現場をご覧になった方ならではの生々しいレポートをいただきました。

©2015 イノシシ

海からあがってくるふたりを捉えたロングショット。
「手前の雑木が成長して同じアングルから見ると見通しが悪くなっています。」

橋の下

※15/3/14項目追加

0:54
行き倒れになりかけた橋の下

漁村

後半の舞台となる、木村のいる漁村。
石垣が印象に残りますが、手掛かり少なく調査中。

ママ、世の中にはいろんな人がいるものね。
こんなところに、ひっそりと貧乏に音も立てずに暮らしてるなんて。

いやそりゃ失礼でしょ(汗)。

※13/7/27追記
コメント欄で赤松幸吉さんから情報提供していただきました。
愛媛県愛南町(旧西海町)外泊地区とのことです。以下各項目に追記しました。

参考までに、昔の空撮はこちら↓。

W字型になっている湾の西側が外泊、東側が中泊のようです。

鳥居が見える階段

0:57頃。
とうとう倒れてしまったところ。
1:21頃にも写る海辺の鳥居かと思います。

※13/7/27追記
岩松さんの情報で場所が特定できました。
鳥居の色は変わっていますが、愛南町外泊地区のこちらと思われます。


大きな地図で見る

上のSVで後ろを振り返ると石垣の家々が見えますが、まさにヒロインが倒れた直後のショットと同じ景色です。

画像提供していただきました

※15/5/7項目追加

このページを見てくださった「久美子君を乗せるのだから」さんから外泊地区の画像を提供していただきました。
つい最近撮影したばかりの画像とのことです。
同地区は「石垣の里」として石垣を観光ポイントとしているとのことで、こうした公式サイトも紹介していただきました(『旅の重さ』については触れられていません)。

http://www.town.ainan.ehime.jp/kanko/sightseeing/zekkei/ishigakinosato.html

どうもありがとうございました。
それにしても、ハンドルネームがツボに来ますね 😀

©2015 久美子君を乗せるのだから

外泊(石垣の里)宇和海自然ふれあい館前の看板

©2015 久美子君を乗せるのだから

同看板の下にある説明

©2015 久美子君を乗せるのだから

散策ルートにある丘から見た全景

©2015 久美子君を乗せるのだから

ストリートビューと同じ神社

葬儀の階段

※19/10/23項目追加

0:57

katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou
漁港

1:02頃。
木村が魚を仕入れにやってきたところ。
背後のトラックの「○○漁業協同組合」の名前がうまく隠されていて判別不可能 orz

※13/7/27追記
赤松さんからメールで情報寄せていただきました。
「宇和島近郊の深浦魚市場」とのことです。

南宇和郡愛南町深浦となると、マップではこちらでしょうか?

「うまく隠されていて」とか書いちゃいましたが、よく見たら「深浦漁業協同組合」とちゃんと写っていましたね orz orz

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou
防波堤

1:04頃。
無理して出たものの、心配した木村に再び保護されたところ。

※15/9/23追記
背景の山並みは外泊のお隣、内泊のこちらとどんぴしゃり一致。

ただし昔の空撮を見ると、防波堤は今とは違うようです。

(項目名を「堤防」から「防波堤」に変えました)

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou
©2019 katsuzou

コメントもいただきました。
「少女がふらふらと防波堤に行き着く道と、防波堤。
道路のガードレールと干し物はありませんでしたが、いい風景に出会えました。」

野菜売りのおばあさん

※19/10/23項目追加

1:19頃

katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou
家に帰ってこない男を待つ階段

※19/10/23項目追加

1:13頃

katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou

コメントもいただきました。
「この階段は漁村の少女と出会うシーンでもあります。
石垣の形状や組み方で判明しました。」

少女2人が語らう石垣

※19/3/1項目追加
1:14頃

katsuzouさんから、2016年9月に探訪された時の画像を提供していただきました。
映画のショットが見事に再現されていますね 🙂

©2016 katsuzou
詩と眞實

※15/9/23項目追加

コメント欄でmchamadaさんから情報を寄せていただきました(2015年9月19日14:44)。
秋吉久美子さん演じる漁村の少女が横たわっていたのは、上記外泊の神社に向かって左にある浜。

また彼女の葬列が進んでいたのは、こちらの坂道を上ったあたり。

ところが、最後の方でよしだたくろうの歌が流れてきた以降は、外泊ではないとのことです。

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。
漁村の少女(秋吉久美子)の自殺現場と葬儀のシーンの階段です。

©2019 katsuzou
©2019 katsuzou
海辺の鳥居

1:21頃。
木村に拒絶されて、泣きながら歩いて行くところ。
これはおそらく最初に倒れてしまった階段のあるところかと思いますが、未確認。

※13/7/27追記
前述のSVの場所と思われます。

※19/10/23追記
katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou
リヤカーを押すシーン

※19/10/23項目追加
ラスト、二人で行商に出てリヤカーを押すのを背後から撮ったシーン。

katsuzouさんから、今年(2019年)探訪された際の画像を提供していただきました。

©2019 katsuzou

予告編

※15/3/15項目追加

コメント欄でイノシシさんから情報寄せていただきました。
予告編の2分13秒の切り立った海岸は、大月町の大堂(おおどう)海岸W

展望台はこちら↓のようです。予告編とほぼ同じ眺めが得られそうですね。

ロケ地マップ

斎藤耕一監督作品


より大きな地図で 斎藤耕一監督作品 を表示

高知県が舞台の映画(※17/9/23追加)

資料

更新履歴

  • 2019/11/12 「沈下橋」追記
  • 2019/11/06 「海岸沿いの道」にKatsuzouさんの画像を追記
  • 2019/10/23 「漁師の家に泊めてもらうシーン」「野菜売りのおばあさん」「家に帰ってこない男を待つ階段」「リヤカーを押すシーン」「」項目追加してkatsuzouさんの画像・情報をアップ 「小屋」「<うわじま>に抜かれるショット」「堤防の道」「女性のお遍路さん」「札所」「橋」「夕焼けのシルエット」「隧道」「学校」「旅館」「境内」「葬儀の階段」「漁港」「防波堤」「詩と眞實」「海辺の鳥居」「」にkatsuzouさんの画像・情報を追記
  • 2019/03/01 「アーチ橋」「商店街」「食堂」にkatsuzouさんの画像を追記 「少女2人が語らう石垣」項目追加
  • 2019/02/26 「女性のお遍路さん」にkatsuzouさんの画像を追記
  • 2019/02/25 「<しおかぜ>の踏切」追記 「女性のお遍路さん」項目追加
  • 2018/12/16 「作品メモ」に予告篇動画を追加 「沈下橋」に高岡タケシさんとイノシシさんの情報を追記
  • 2017/09/23 「ロケ地マップ」に「高知県が舞台の映画」を追加
  • 2017/01/03 「ひとりで入る海」「境内」に「なにわカツオ」さんの画像をアップ ストリートビューを更新
  • 2017/01/02 画像のリンク先を、PicasaウェブアルバムからGoogleアルバムアーカイブへ変更
  • 2016/08/11 「作品メモ」動画差替え
  • 2015/09/23 「食堂」「詩と眞實」「防波堤」
  • 2015/05/23 「ひとりで入る海」「ふたりで入る海」にイノシシさんの画像をアップ
  • 2015/05/07 「漁村」「商店街」に「久美子君を乗せるのだから」さんの画像をアップ
  • 2015/04/12 「Blu-ray発売」項目追加
  • 2015/04/06 「地元紙の記事」項目追加
  • 2015/03/20 「小屋」「「しおかぜ」の踏切」追記
  • 2015/03/19 「堤防の道」「橋」追記
  • 2015/03/15 「堤防の道」「夕焼けのシルエット」「予告編」項目追加。「札所」「隧道」「トラック」追記
  • 2015/03/14 「タイトルバック」小項目に分割。「小屋」「沈下橋」「ポスト」「男性遍路」「橋」「隧道」「トラック」「海岸沿いの道」「ひとりで入る海」「ふたりで入る海」「橋の下」項目追加
  • 2014/10/23 「映画館」追記
  • 2014/09/04 「境内」鳥居と石段部分のSV追加
  • 2014/08/16 国土情報ウェブマッピングシステムのシステム変更に伴い、国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスへ切替
  • 2014/07/27 「アーチ橋」「商店街」ストリートビュー追加

『旅の重さ』 (1972)” への94件のコメント

  1. 「旅の重さ」のアップ有り難うございました。生意気にも挑戦状を叩きつけましたが、完全に脱帽しました。この映画のロケは四国の広範囲に渡っており、ほとんど特定できておらず、どうしても知りたかったロケ地が今回のinagara様の調査でやっと分かったくらいです。
     アーチ橋、学校、商店街(宇和島と思って当時探し回ったのですが)などが分かってとても嬉しいです。これらが奇跡的なまで詳細に説明されており、恐れ入りました(商店街のマップなどどこから手に入れたのか思うほど)。特に、学校が特定されたのは凄い。映画館は今となっては難しいですね。40年前のようにもう一度四国を歩き回りたくなってきました。
    オール四国ロケということですが、これは宣伝文句で岸田今日子や高橋の家はどう見てもセットです。トラック野郎に山本紀彦も多分セットでしょう。
    唯一、 inagara様の調査で特定できなかった「漁村・石垣」は愛媛県愛南町(旧西海町)外泊地区です。この石垣の漁村を見たくてここを中心にロケ地巡りをしました。現在でもこの石垣の町は映画ロケ当時と変わらずに残っていると思います。是非inagara様のカメラで見せて下さい。
    また、よしだ・たくろうの素晴らしい主題歌「今日までそして明日から」ついてももっと述べて欲しかった。彼の「恋の歌」も劇中メロディーだけが流れていますね。
    旅芸人一座の砂川秀夫(ちらりと見える金歯が憎い)に触れるなら、光子・中川加奈(私のお気に入りの女優、あの四角い顔に惚れちゃいました)にもひと言欲しかった。

    inagara様は斎藤監督の最高傑作を「津軽じょんがら節」とされていますが、私個人としてはこの作品は評価しません。「約束」「旅の重さ」で映画賞を総なめにした監督が、いわば天狗になって、もう一度賞狙いをもくろんでいるのがミエミエです。だから、このロケ地には興味がありません。それよりも『パーマネントブルー 真夏の恋』(山根成之監督の傑作、ロケ地は今治市、今治海岸、大三島、大島とあります)『大地の子守唄』(増村保造監督のこれまた傑作)は、情報だけは多く集めたものの、ロケ地周りは結局出来ずじまいの作品です。 素九鬼子三部作として是非inagara様にお願いします。

  2. 赤松さん、コメントと情報ありがとうございます。
    まとまった時間がとれないため、少しずつたらたらと更新しているところです。
    旅一座の天満宮は、凄い情報量のサイトのおかげでやっと特定できました。
    今夜また少し作業できるはずですので、後から送っていただいた画像もその時アップさせていただきますね。

    作品に関して記載不足ですみません。
    もともと「作品メモ」ということで、単にメモったりあとから自分で検索するためのキーワードをちりばめる程度の使い方なのですが、どうしても個人的な切り口に偏ってしまいますのでご了承ください。
    映画の評価や印象は人様々ですからね~。下手をすると映画系の掲示板などで荒れるモトになったりします。
    その点ロケ地の探求は、正解はひとつ。しかもウェブマップや画像を使って公明正大?に実証可能なので、荒れる要素は全く無いという素晴らしさ 🙂
    なのに実際に訪問しても良し、安楽椅子探偵を気取っても良しと楽しみ方が様々なのがまたとても面白いです。

  3. 色々調査していただき有り難うございました。
    残念ながら、やはりあの写真の映画館はロケ地でなかったのですね。
    アメリカ古典映画を上映しているので、映画館の内部はセットでしょうね。

    旅一座の神社、境内がinagara様の調査で実際に写真で見られたのは感無量でした。映画撮影時と全く同じ建物・風景がそのままあったのは信じられない気持ちです。ロケ地の情報は持っていたものの、実際に訪れたことも写真も見たこともなく、憧れの地でした。(一体どうやってこの写真を見つけられたのですか?)
    夜の芝居シーンはこの境内を空け放しにして撮影したのでしょうか。

    岩松様の情報で「鳥居が見える階段」が特定できたのも喜びです。40年前に愛南町(旧西海町)外泊地区を歩きましたが、この場所には気がつきませんでした。

    商店街のマップを見ていると、映画の少女のように八幡浜市の商店街を歩きたくなりました。(国内なのでこれは少し無理をすれば実現できそうです) 当時はシナリオ記載の宇和島市ばかり頭にあって 八幡浜には一度も足を運びませんでしたので。 明治橋も是非この目で見てみたい。

  4. 赤松さん、コメントありがとうございます。
    OPの「うわじま」に抜かれる場所は、たぶん解明できたと思います。
    その他はほとんど進展なしでしょうか。

    映画館ですが正面部分の作りはとても似ているように見えます。
    でも『旅の重さ』の方は窓口が左側で出入口は茶色い片開きの戸が4枚という構成。赤松さんの写真の方は窓口は右側で出入口は白い両開きが3組。ということで、残念ながらどうも違っているようです。

    こちら↓のブログの記事でも同じ映画館が掲載されていました。

    http://blogs.yahoo.co.jp/maki57562000/41608362.html

    書かれた方もやはり『旅の重さ』の映画館が印象に残っていたためこの映画館を撮影されたようです。
    約30年前の画像ですが、赤松さんがいらした時もこういった街並みだったのではありませんか?

    映画館については引き続き調査中です。
    少女がおっさんをお昼に誘うショットの背景に特徴的な建物が見えますので、粘れば突き止められるかもしれませんね。

    学校は八幡浜市と宇和島市のマップからしらみつぶし方式で見つけました。
    山際にあることと、日差しからみて校庭が真南にある(=背後の山が真北にある)とは考えられかったので、それらを頭において片端からチェックしていきました。なかなか見つからなかったのでもう諦めようかと思った最後の頃、やっと宇和島の南でそれっぽい場所が見つかり、昔の空撮で校舎を確認した次第です。
    ハイテク駆使しているようで、実はローテクもかなり駆使しています。

    外泊地区は、赤松さんの情報がなければまったくわかりませんでした。
    鳥居と階段はすぐに見つかりましたが、ストリートビューで後ろを振り返り、石垣の家々が今でも映画と全く同じように並んでいるのが見えた時には結構感動しました。

  5. 八幡浜市内でストリートビューが使える場所が増えていたので、「アーチ橋」「商店街」など追加しておきました。
    逆に国土情報ウェブマッピングシステムが使えなくなりましたので、近いうちに別のものに置き換えるつもりです。

  6. 夏になると必ず見たくなる作品です。
    よくぞ、この作品を忘れずに更新してくれました。八幡浜市へはこの夏、あのアーチ橋を訪ねて行こうと思っていたくらいです。(これは嘘じゃないですよ、本当ですよ)しかし体調を少し壊して実現できませんでした。
    居ながら様のストリート・ビューを見ますと町の様子は全く変わりましたね。小地方都市とはいえ、40年前のことですから仕方がないでしょうが、残念です。それでも映画の中で子供たちが魚釣りをしていたアーチ橋だけは変わっていないようです。
    このサイトを訪れる人はほんとんど洋画ファンだと思いますが、邦画にもこのような素敵な映画があるので是非ご覧ください。
    よしだたくろうの音楽もいいですよ。「今日までそして明日から」の主題歌が有名ですが、それ以上にメロディーだけが流れる「恋の歌」が秀逸。
    嬉しいことに、「旅の重さ 英語サブタイトル版 Journey into Solitude」はYOUTUBEで無料で見られます。

    あの映画館は一体どこなんだ!

  7. 赤松さん、コメントありがとうございます。
    この映画、確かに夏に見たくなる映画ですね。
    いろいろ情報寄せていただいたこともあり、気づいたことがあったら更新していくようにしています。
    映画館も引き続き調査中です。
    窓口の細かい文字を読み取りたいところなのですが、これはHD放送待ち。
    他に向かいの瓦屋根の建物が手掛かりになるかと思います。
    また「さらば美しき人」のポスターがあるのでそれを上映しているものと思い込んでいましたが、これはただの小道具かもしれませんね(「さらば~」は松竹の配給なので……)。
    なので映画館は邦画系洋画系松竹系などあまり先入観をもたずにまんべんなくチェックした方が良さそうです。

  8. ついに、映画館特定か。宇和島の映画館写真コレクターから、この映画館は宇和島ではなく。やはり八幡浜市の「八幡浜東映」ということです。地元の人に確認してもらったり、近くの商店の女将さんがここで撮影ロケされたことを覚えていて、まず間違いがないでしょう。

    少女が八幡浜の商店街を歩いていて、映画館だけ宇和島というのは不自然でした。(制作費からもそれほど次々と移動できなかったでしょう) なお、旧宇和島市内ではこの映画のロケはなかったということです。

  9. 赤松さん、情報ありがとうございます。
    「八幡浜東映」の場所がわからなかったので、検索したら赤松さんが問い合わせをされたブログがトップにヒットしました(汗)。
    おかげさまで場所がわかりましたので、さっそく昔の空撮画像でチェックしてみましたが、いかにも映画館らしい長い建物を確認。本文の方に追記しておきました。
    アーケードからもはずれていますし、この位置でこの向きなら日差しが映画の中と矛盾しないので、おそらくこちらで正解ではないでしょうか。
    東映系の映画館なら、松竹系洋画のポスターはカモフラージュだったのでしょうね。

    ともあれこれでスッキリですね♪

  10. はじめまして。両親が宇和島の奥の近永あたりで生まれ育ちました。少女が起きて小屋から出てくるシ一ン、たぶんですが三間町の自動車道下あたりと察しました。
    特急しおかぜ、急行列車うわじまのシ一ンが喜多灘駅あたりとはビックリしました。
    宇和町とか卯之町で照合しようと思ってました。
    今回の情報ありがとうございます!
    家内と松山で温泉に浸かって、喜多灘駅付近まで足を延ばしたいです。

  11. イエローさん、いらっしゃいませ、コメントありがとうございます。
    舞台となったあたりをよくご存知の方にお越しいただき、とてもうれしいです。
    列車の撮影場所はマップ上で推定したものですから、確かなわけではありません。書いてくださった地名は今出先にて細かくチェックできませんが(マップや画像はけっこうパケットを消費するものでして……)、戻りましたらチェックし直してみますね。
    (松山で温泉、良いですね~)

  12. イエローさん、その後「三間町の自動車道下あたり」をマップでチェックしてみましたが、今のところ成果無しです。せっかくヒントをいただきながらすみません。
    手掛かりは日差しと、少女が小屋の扉をあけたときの山の形ぐらいですが、幸い随所でストリートビューが使えるので、もう少し粘ってみますね。当時は自動車道もなかったと思いますので、そのあたりも念頭においてみたいと思います。
    線路の方もチェックしてみましたが、書いていただいた町名のあたりは、最初の頃「地形的にはこのあたりかも?」と思った地域のひとつでした。ただなかなか日差しや線路、川、道路構成といったものがぴったりくるところが見つかりませんでした。
    こういうのはやはり地元をご存知の方の直感が正しいと思いますので、どちらも自分の先入観にとらわれずに見直してみますね。
    実は四国は愛媛県だけ訪れたことが無くて、仮想的な旅も一緒に楽しんでしまっています。やはり温泉行きたいですね~

  13. お疲れ様です。今さっき旅の重さ見て、何回も通過した八幡浜市を確認したいですし、南部も確認する気持ちが湧いてきました。過去に男はつらいよ、島根の温泉津温泉と福井県永平寺口あたり、茨城県牛久沼、そして伊予大洲も確認したことあるのですよ。できるだけ執念持って確認できたらと思っています。

  14. こんにちは。度々すみません。土佐の海で少女一人はしゃいでいたシ一ン、多分ですが足摺の大岐海岸だと思います。

  15. イエローさん、またまたありがとうございます。少女がはしゃいだ後、裸でorzのポーズをとるところですね。
    ここも周囲があまり写っていないので難易度がとても高いですね。
    少しマップと画像を見てみましたが、長~い湾曲した浜の形は確かにとても近いものを感じます。
    その前の海沿いの崖が迫っている道も、近いかもしれませんね。

  16. 42年振りに視ました。若かったあの頃、友と語りあった(旅の重さ)とは?
    60過ぎたこの年でも、新鮮な感じを受けました。
    青春の良き思い出として、これから何度も視聴したいと
    考えております。

  17. たかしくんさん、いらっしゃいませ、コメントありがとうございます。
    この映画公開当時にご覧になったのですね。
    映画は最初に観たときの記憶や想い出と結びついていて、その映画を見返すとふっとそれが甦ることが多いですよね。
    特に『旅の重さ』は、その傾向が強いような。
    こちらにこれまで寄せていただいたコメントなどを拝見すると、多くの方たちに長い間愛され続けてきた映画であることを強く感じます。

  18. 初めまして。自分は高知在住で「旅の重さ」は10年近く前にDVDで見て以来、大好きな映画です。18分頃に登場する古い隧道(ずいどう)ですが、推測ですけれどトンネル内部は高知県宿毛市野地にある旧・宿毛隧道(https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92788-0036+%E9%AB%98%E7%9F%A5%E7%9C%8C%E5%AE%BF%E6%AF%9B%E5%B8%82%E9%87%8E%E5%9C%B0/@32.948505,132.718207,3a,75y,336.32h,88.86t/data=!3m4!1e1!3m2!1sZv3Gb6bodkBP9AExpOTsCg!2e0!4m2!3m1!1s0x354f501da9e9bc6d:0xe4bcb1684dd5cbe6)、トンネルの出口に関しては愛媛県西予市にある俵津隧道(https://www.google.co.jp/maps/@33.333158,132.511159,3a,75y,43.04h,74.24t/data=!3m4!1e1!3m2!1speIKzDbsfaxPtmZEAr9Eeg!2e0)ではないでしょうか?またトンネルのシーンの直前にある橋も、旧宿毛隧道に愛媛方面からアクセスするところに架かっている橋だったような気がします(写真がないのですみません)。

  19. 少女が「土佐の海」で水浴びをする砂浜は、まず土佐清水市大岐の「大岐海岸」で間違いないと思います。これは一目見て分かりました。下のリンクの場所から砂浜のシーンの冒頭の俯瞰の絵が撮影できます。

    https://www.google.co.jp/maps/place/%E9%AB%98%E7%9F%A5%E7%9C%8C%E5%9C%9F%E4%BD%90%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%B8%82/@32.826158,132.951552,3a,75y,207.49h,83.65t/data=!3m4!1e1!3m2!1sqDmkDKgyFMjqlYiC8q19UQ!2e0!4m2!3m1!1s0x354f3670ec80c181:0x22cf4510eac828d5

    ただ、通行中の人々から撮影している模様が見えてしまうのでヌードシーンに関しては浜辺の中でも南の方(人があまり通らない)で撮影したものと思われます。この浜辺では最近も「パーマネント野ばら」の撮影が行われました。

  20. さらに、24分ぐらいで登場する「土佐の海」の海岸線沿いの道は…

    https://www.google.co.jp/maps/@32.753205,132.805475,3a,75y,69.91h,87.14t/data=!3m4!1e1!3m2!1sBKlijfofTFy6swjuXAkcVw!2e0

    この付近と思われます。土佐清水市大津~土佐清水市貝の川間の海岸線沿いの「旧国道321号」。この時代はこの道が「旧」ではなく列記とした「国道」でした。現在も映画と同じ景色を見ることができますが落石で通行止めになっていることも少なくないです。

  21. トンネルのリンク、見づらいみたいなので貼りなおしてみました。
    >18分頃に登場する古い隧道(ずいどう)=旧・宿毛隧道(高知県宿毛市野地)か?

    https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92788-0036+%E9%AB%98%E7%9F%A5%E7%9C%8C%E5%AE%BF%E6%AF%9B%E5%B8%82%E9%87%8E%E5%9C%B0/@32.948505,132.718207,3a,75y,336.32h,88.86t/data=!3m4!1e1!3m2!1sZv3Gb6bodkBP9AExpOTsCg!2e0!4m2!3m1!1s0x354f501da9e9bc6d:0xe4bcb1684dd5cbe6

    トンネルの出口=俵津隧道(愛媛県西予市)か?

    https://www.google.co.jp/maps/@33.333158,132.511159,3a,75y,43.04h,74.24t/data=!3m4!1e1!3m2!1speIKzDbsfaxPtmZEAr9Eeg!2e0

  22. またこれも推測ですが、少女が旅芸人一座の女と裸で水浴びをする海岸ですが、土佐清水市以布利(窪津との境)の海岸が映像と似ているような気がします。

    https://www.google.co.jp/maps/@32.793503,132.979688,3a,90y,297.95h,80.96t/data=!3m4!1e1!3m2!1s7nSSV9REkFN7EMf0cLiwOw!2e0

    大岐の浜からも比較的近い場所です。ここは道路から比較的アクセスしやすくロケはしやすいですが、以前はこの二車線道路はなく、同じ場所にあった細い山道が通っていただけの場所でした。ここがロケ地とすれば現在だったら道路から裸が丸見えですね。

    ところでこの映画は撮影場所を特定されないようにするためか、絶妙にランドマークとなるようなものを上下でトリミングしているように思えます。一方で下川口の天満宮は何度も訪れたことがあったので、まさかあそこがこの名作のロケ地だとは知りませんでした。あの場所は少し前までは映画と似た風情があったのですが2001年の高知西南豪雨で甚大な被害が出て、前を通る県道や堤防が大規模に改修されたので景色が変わってしまいました。近くには足摺岬や

  23. 失礼、前の文章書きかけでアップロードしてしまいました。この映画のロケ地の近くには足摺岬や竜串などといった高知県内屈指の景勝地があるのですが、あえてそういった観光名所を避けているのも不思議です。

  24. イノシシさん、こんばんは、コメントありがとうございます。
    高知在住でいらっしゃるとのことで心強い……と思ったらこれは凄い情報量、一気に解明が進んだような。
    作業は週末になってしまうかと思いますが、寄せてくださった情報を確認しながら、ひとつずつ本文に反映させていただきます。
    どうもありがとうございました

    イノシシさんをはじめ皆さんのコメント拝見しますと、時代を越えて本当に多くのファンに愛されている映画であることがわかりますね 🙂

  25. 17分辺りに登場する橋ですが・・・

    http://taotawa.seesaa.net/article/179772287.html

    上記の下のほうに「野地橋」という写真が登場します。
    この橋は宿毛市野地の旧宿毛隧道(旧国道56号)にアクセスする
    「旧野地橋」です。
    写真を見る限り、どうやらこの橋で間違いないようです。

  26. 連投失礼します。

    少女が旅芸人の女と水浴びする海岸ですが、41分過ぎあたりの岩と岩の間から見える山の形からほぼ土佐清水市以布利の海岸で間違いないと思います。映画の中で左側の山の頂点辺りがややぼんやりしているのは、リンクで張った山の様子からも見て取れます。以前ここは度々ビーチコーミングで訪れた場所なのですが、岩と岩の間を抜けて行かなくてはならないような状態だったか定かではありません。
    https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92787-0312+%E9%AB%98%E7%9F%A5%E7%9C%8C%E5%9C%9F%E4%BD%90%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%B8%82%E7%AA%AA%E6%B4%A5/@32.793503,132.979688,3a,15y,358.36h,91.08t/data=!3m4!1e1!3m2!1s7nSSV9REkFN7EMf0cLiwOw!2e0!4m2!3m1!1s0x354f3220791792d7:0x6d563bdf2f90f2a7

  27. 57分ごろの少女が倒れてしまった赤い鳥居のある神社ですが、愛南町内泊地区のこちらの神社の可能性が高いのではないでしょうか?

    https://www.google.co.jp/maps/@32.939455,132.491177,3a,75y,182.09h,92.87t/data=!3m4!1e1!3m2!1sYo0FlpCbQEFm8Qw7ZbhhKQ!2e0

    私の持っている資料に「内泊でも撮影が行われた」とあります。映像の中では、石段の中ほどにやや広くなっている場所があります。外泊の石段にはそれがありません。またカメラの置き位置は神社の向かいにある建物の屋上辺りから別の民家の屋根越しに狙ったものです。外泊の神社にはその位置に建物がありません。Google Mapの映像では鳥居は昭和62年に新たに建立され赤い木製の鳥居から潮風に強い石の鳥居になったものと思われます。おそらくその頃新たな二車線道路の取り付けが行われ、外泊の神社も同時期に改修されたのではないでしょうか。

    一方、1時間21分頃に見える赤い鳥居の神社は外泊地区のもので間違いないと思います。つまり二つの「赤い鳥居」は別々のものではないかと思います。

  28. 映画に登場する札所についてですが、「69番観音寺」は誤りではないでしょうか?一番の根拠は観音寺は香川県であり、そもそも論で「愛媛県・高知県でロケされた」に当てはまりません。

    また43番の西予市から東にある寺は、久万高原町であったり松山市であったりと愛媛県内でも距離が非常に離れており、ロケ地としては非現実的だと思われます。以上のことから考えると、この映画の撮影ルート(南予、幡多)には札所は6ヵ所あります。

    【愛媛県側】
    第43番札所明石寺(西予市宇和町明石201)
    第42番札所仏木寺(宇和島市三間町字則1683)
    第41番札所龍光寺(宇和島市三間町大字戸雁173)
    第40番札所観自在寺(愛南町御荘平城2253-1)

    【高知県側】
    第39番札所 延光寺(宿毛市平田町中山390)
    第38番札所 金剛福寺(土佐清水市足摺岬214-1)

    このうち、高知県側の2箇所と40番観自在寺、42番仏木寺は平場の寺で、「15分ぐらい」に出てくるような印象的な石段はありません。よって札所は、43番の明石寺か、41番の龍光寺に絞られます。このうちGoogleストリートビューで見ると、43番明石寺の石段が映画の中でトリミングされている石段の形状と角度こそ違いますが重なるようです。

    https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92797-0007+%E6%84%9B%E5%AA%9B%E7%9C%8C%E8%A5%BF%E4%BA%88%E5%B8%82%E5%AE%87%E5%92%8C%E7%94%BA%E6%98%8E%E7%9F%B3%EF%BC%92%EF%BC%90%EF%BC%91/@33.368591,132.519463,3a,75y,304.81h,86.2t/data=!3m4!1e1!3m2!1s-lKbWYrcQ4FKEckdM7KLkA!2e0!4m2!3m1!1s0x354587b6556a7767:0xcf62e43f1b9dfcdc

    映画の中ではもっと長い石段に見えますが、少女の歩き始めが石段の一段目で、最上段にはもう境内が写っています。意外とこの石段は短いのです。

    そして16分頃に登場する少女の後ろにある「お堂」。これは41番の龍光寺の「大師堂」と建物が同じと思われます。以下のYOUTUBE映像で本堂からのPANの後に写る大師堂をご確認いただきたいと思います。

    https://www.youtube.com/watch?v=QWPgxd3mTSI

    また本堂も現在はある程度改修されているようですが、位置関係からしても形状からしても、映画の中に登場するものと矛盾しません。また龍光寺には本堂と大師堂の間に稲荷社への参道があるのですが、映画の中のアングルからだと稲荷社は写りこみません。また当方の調査では「旅の重さ」は愛媛県三間町でも撮影がされたとあります。三間町は2005年に宇和島市に合併されていているので「旅の重さ」は宇和島市内でも撮影されたという説の論拠にもなります。

    私の推理では、石段の撮影は43番明石寺 本堂の撮影は41番龍光寺です。

  29. あらためて映画を見てみると、少女が祈りをささげる女性遍路を残して境内から去っていく場面(16分30秒ごろ)で、下部にごろごろした石を積んだ石塔が女性遍路の向こうに写っていることや、本堂と大師堂のある位置が特徴的に一段高くなっていてその石積みが見られるところから41番龍光寺は間違いないと思われます。撮影が夏場なので木立に緑が多く、映画では陰影が濃く写っています。

  30. 夕日のシルエットの島ですが…

    https://www.google.co.jp/maps/@32.941426,132.464793,3a,75y,300.69h,84.66t/data=!3m4!1e1!3m2!1sbPYPRbqHjOwIgh_Bd4okZQ!2e0

    こっちの島の方が可能性高いですね。旧西海町の外泊の半島の西の端から沖を眺めた場所にある無人島・鹿島。夏場に夕日が沈む方向を考慮しても、また山のシルエットを比べてみてもこちらが正解の可能性が高そうです。

  31. 夕日が沈む島影

    https://www.google.co.jp/maps/place/%E6%84%9B%E5%AA%9B%E7%9C%8C%E5%8D%97%E5%AE%87%E5%92%8C%E9%83%A1%E6%84%9B%E5%8D%97%E7%94%BA/@32.948473,132.49979,3a,75y,90t/data=!3m5!1e2!3m3!1s-H3Jb18C9-aM%2FU8YNX0MsgOI%2FAAAAAAAACgo%2FZSa4DyBXrZU!2e4!3e12!4m2!3m1!1s0x3545f8b7229f69d3:0x6615d3d58e95a9a4

    こちらの画像を見ても、船越がロケ地で間違いないようですね。この場とこの時間をロケ地に選んだ撮影人はやはりプロだと思います。

  32. イノシシさん、本日も貴重なコメントありがとうございます。
    最後の(14:30)のマップがうまく開きませんでしたが、撮影場所としては正解とのことで、ご確認ありがとうございます。この夕景は本当に良いカットですよね。

    時間をみて昨日今日と少しずつ本文に反映してきました。おかげさまで不明部分がかなり埋まり、多謝です。
    他にもとりあえずポイントとなりそうな場面をタイムスタンプとともに列記しておいて、後でわかったら埋めていくことにしました。

    「うわじま」「札所」「夕焼け」「海岸沿いの道」「ひとりで入る海」「ふたりで入る海」「予告編」すべてお見事でした(イエローさんもありがとうございました)

    トラックはとてもウケてしまいました。
    そりゃそうですね、わざわざトラックを偽装するわけありませんから、
    でもトラックまで調べようとは全然思っていませんでしたので、とても楽しかったです。

    以下の2箇所は、大変申し訳ありませんが反映は見送らせていただきました。

    ■鳥居と石段
    0:57 と 1:21ですが、見返してみたところ、やはり同じ場所のようです。
    どちらも石段の左側に逆Vの字型の柱状もの(枝の支えでしょうか?)が見え、同じ位置に四角い何かの標示が張られていますし、鳥居のしめ縄の下がり方も同じ様です。
    両場面とも左側に木々のモコモコが見えますが、内泊ではすぐ消防団の倉庫になっていて、やはり外泊の方が近い感じです。
    また本文でも書きましたが、石段で少女が動かなくなった次のショットで、今度は手前に少女が倒れている姿があり(最初ピンぼけ)奥手に石垣の民家が写りますが、それは外泊のSVで今でもほとんど同じように再現できます。

    http://goo.gl/maps/EeD3q

    0:57のカメラ位置は、逆にこのあたりの民家から石段を望遠で捉えたものかもしれません。

    確かに現在の外泊の石段は途中の踊り場がなくなっていますが、手前の道路を整備した際にセットバックして、ちょうど踊り場の奥行き分だけ引っ込んでしまったのではないでしょうか。
    隣接する港もリノベートされているためなんとも言えませんが、1:21の俯瞰に比べて、現在のストリートビューの方が鳥居の位置がすこし奥にあるような気がします。

    ■隧道

    これはせっかく情報いただいたのに、大変申し訳ありません。
    教えていただいた場所がどうしても(特に入口廻りの施工など)映画と同じには思えず、別途調べてしまいました。
    おそらく本文に記載した場所かと思います。
    ご協力心より感謝致します!

    ■札所の石段

    お堂の方は本当にお見事でした。動画ではっきりわかりますね。
    石段の方ですが、画像や地形をいろいろ見る限り、見つけていただいた第41番札所龍光寺の方が似ているように見えました。

    http://www.panoramio.com/photo/78177002

    よく見ると映画の石段は最上段の他にも(上の方で)踊り場がありますが、こちらの画像でも確認できます。
    また映画の方は右端ぎりぎりに何かの庇といいますか屋根の一部が見えていますが、43番札所明石寺の方は階段に向って右手に建物は見られません(41番札所は建物があります)。

    また2,3日は時間的にサイトの管理ができませんが、時間ができたら今度は沈下橋にチャレンジしてみたいと思います。
    地元の方がご覧になっているかと思うと汗顔のいたりですが、また何かご存知のことがおありでしたらコメントいつでもお待ちしております。

  33. >居ながらシネマ様

    微力ながらサイト制作に参加できて嬉しい限りです。5年ほど前、2年間四万十市に住んでいて宇和島までは1時間半の距離だったので「旅の重さ」のロケ地めぐりをしたことがあります。その当時は貴殿のサイトもなく、ネット上の誤った情報から映画館のある場所、少女が散策した街は「宇和島」だとばかり思っていました。それが貴殿のサイトで八幡浜だと分かり、目からウロコが落ちる思いでした。それでこちらの分かる情報を可能な限り提供しようと思ったのです。

    「旅の重さ」は大好きな映画で、ふとした瞬間に思い出し、ネット上でロケ地めぐりをしています。今回もネットで旧西海町外泊の景色が見たくなり、そうしたきっかけで貴殿のサイトを発見した次第です。

    最大の発見は、旅芸人の滞在した神社が下川口だと知ったこと。下川口には友人も多く住んでおり、度々訪れたことのある場所です。映画の中で、旅芸人一座が滞在したのが「土佐」であることからロケ地の神社を探したこともあったのですが全く心当たりがなく、「外泊」同様 土佐の設定でありながら南予地方で撮影されたものかと考えていました。

    下川口は土佐清水市の中でもこれと言った特徴のない場所です。まさかそこがロケ地となっていたとは信じられない思いです。それが明らかになったので、こちらのサイトに一挙にシンパシーが湧き上がりました。

    嵐坂隧道もロケ地として全く矛盾がないですよね。例の岩松小学校から車で10分ほどの場所です。1970年に下の新隧道が完成しているので、まだ廃道化されて2年しか経っていないタイミングでの撮影です。もしそこが現道であれば、地域の「出役」によって草刈も行われる筈で、映画の中のように雑草がはびこった状態は「廃道化後2年」と重なります。

    なによりも興味深いのはその先にある「嵐」という小さな集落。この隧道がなければ「陸の孤島」で、昭和18年完成の「旧・嵐坂隧道」は大きな恩恵をもたらしたでしょう。また四国は本土防衛の前線でもあり、「人間魚雷回天・震洋」などの特攻隊の基地も数多く作られました。昭和18年という時代が、戦争と無関係だと思えません。

    高知県西部の幡多地域や愛媛県西部の南予地域がマイカーで訪れるのに便利になったのは、ここ10年以内の道路整備によるもの。平成になっても、中村~土佐清水市間には新伊豆田トンネルは開通しておらず、険しい峠を超えねばなりませんでした。また中村~宿毛間には高速もありませんでした。ましてや1970年代前半は、幡多地域内の移動だけを考えても、膨大な時間を要した筈です。

    そんな時代に、この四国西部で「旅の重さ」が大規模ロケで撮影されたことに”ロマン”を感じるのです。しかも撮影一ヶ月、編集一ヶ月であのような名作が生まれたとは…。

    今後もまだしばらく調査を続けてみたいと思います。あらたな情報が分かれば、またお伝えします。

    2015.3.16

  34. イノシシさん、撮影一ヶ月、編集一ヶ月だったのですね(知りませんでした……)。
    「ロケ地マップ」のピンの数がだいぶ増えてきましたが、西側のエリアをほぼまんべんなく移動しているようですね。撮っては移動の繰り返しだったのでしょうか。逆にそれが映像の鮮度につながっているのかもしれません。

    堤防を横からはこちらで正解のようですね。
    しかもまさかの橋も! どんぴしゃりです。
    (すみません、最初にヒントいただいた場所の方は橋脚が違っているようにも見えたので判定しきれず保留にしていました)

    ここ数日多忙につき本文に反映するのは後日になりますが、何かありましたらコメント欄に入れていただければ順番に追記していきますので、またよろしくお願い致します。
    (マップ情報だけでなく、一緒に地域のことも書き添えていただけるのが嬉しいです)

  35. 「旅の重さ」高知県地元ファンとしては、高知県を象徴する沈下橋について何とか解明したいと思い、地元の歴史を良く知る地域の活動家の重鎮3名に映画に登場した沈下橋の映像を見てもらいました。

    一致した意見としてあったのは
    「通常沈下橋は性質上路面がコンクリートである筈だが、映像のものは”木”を横に並べているように見える。こういった形状の沈下橋はない」
    「映像から見て、川は流れが緩やかで川幅の広い下流域である」
    「土台が特徴的でその仕様から橋を限定できる」
    というものでした。

    映画と同じような土台を持つ沈下橋は「今成橋(佐田の沈下橋)」と「三里橋(三里沈下橋)」の二つだけです。

    https://www.google.co.jp/maps/@33.015442,132.883762,3a,62.9y,115.15h,81.04t/data=!3m4!1e1!3m2!1sD5ns2qEXL5tywIUVFvBB8g!2e0

    https://www.google.co.jp/maps/@33.011974,132.873014,3a,50.2y,185.28h,81.28t/data=!3m4!1e1!3m2!1sVNyx4iKlwW1E1d3fZxTiHQ!2e0

    しかし古い新聞記事によると、今成橋は1972年2月の完成でコンクリート橋、三里橋は1965年の完成でコンクリート橋。1972年夏に撮影された時にはまだ双方真新しいコンクリート橋の筈です。高知県西部の沈下橋にはほかにこうした土台を持つ沈下橋があるとは思えません。しかし、「今成橋」の左岸約50メートル上流に以前から気になるものがあったのを思い出し、Google MAPで覗いてみました。それがこれです。

    https://www.google.co.jp/maps/@33.015457,132.885984,3a,15y,14.21h,87.49t/data=!3m4!1e1!3m2!1sBA7NTaGaxHqQ6uc07JsHnA!2e0

    映画に登場するのと同じ土台を持った沈下橋の跡のように思えます。文献によると、今成橋架橋前は「佐田~今成間には渡し舟しかなく、出水のとき難渋していた」とあります。ひょっとするとこの橋脚のようなものは渡し舟の乗り場=桟橋なのかもしれません。

    ・・・ひょっとすると、映画に移っているのは沈下橋ではなく、「船着場」だったりして…。それにしては映画に登場するものは”橋”の全長が長いと思います。今度四万十川に行ったら、謎の橋脚について調べてみたいと思います。

  36. ちなみに、堤防上を真横から見たカットについては、沈下橋を捜索する中で地元活動家の人の指摘で見つけることができたものです。その人いわく「山が低い、この堤防は四万十市具同辺りから撮影したものでは…」

    そこで具同の堤防を下流に向かって調べていくと似たシルエットの山を見つけることができました。そして堤防を下から見上げることができる場所が唯一あったのでそこに視点を移動するとぴったりと重なったと言うわけです。去年亡くなった撮影監督の坂本典隆氏。不要と感じたものはフレームの外に切り捨てる傾向が強いカメラマンのようです。このカットでは「橋」をぎりぎりでフレーム外に置いています。しかし、橋の左岸にある道路標識は少し写りこんでしまっているようです。

    四万十川のこの堤防は、中村から土佐清水市へ向かう唯一の国道ですが、三原村に流れを発する中筋川との合流点近くにあたり、度々洪水の原因となった場所でした。そこで中筋川の川底を近年浚渫するとともに、堤防ののり面をコンクリートブロック化しガードレールを取り付けました。この工事は比較的近年に行われたものです。

    「橋」に関しては、中筋川を対岸の香山寺方面に渡る小さなもので、「旅の重さ」のルートとは直接関係ありません。堤防上の歩きを撮影した際、遊び心で「ここでも撮っとけ」とついでに撮影したものでしょう。

    「旅の重さ」は中村市でもロケが実施されたが証明できて、嬉しい限りです。

  37. 「旅の重さ」がHuluで配信開始になったのを機に、久しぶりに見返し、こちらにたどり着きました。
    後半、中年男と住んでいる家は西海町(現愛南町)外泊で間違いありません。私の祖父が所有していた家がロケ地で、撮影のために貸し出していました。
    今、こちらに貼られている神社のストリトビューを方向転換すると、ちょうど神社の真後ろあたりにバス停と小屋があって、その横に車1台分くらいの道があると思います。そちらを上がっていった右側にある家でした。葬列を窓から覗いているのも同じ家です。
    (58分ごろの別の葬列も、外泊ですね)

    女性の遺体が上がった浜は、前述の神社向かって左にある浜です。
    道も今は綺麗に石が並んでいますが、以前は家々の石垣と同じように手積みで、石が抜けたところは穴が空いていました。それが風情があって好きだったんですが。

    最後の方で、よしだたくろうの歌が流れてきた以降は、外泊ではないです。その前の2人で荷物を引きながら神社の横を通るシーンまでは、外泊の神社のはずなのですが…、行商とはいえどこまで売りに出かけていたんでしょうか。

  38. mchamadaさん、コメントありがとうございます。
    今確認しましたが、たしかにHuluで見ることができますね♪
    実はNetflixに鞍替えしようかと思っていたところでしたが、もう少し契約を続けようと気が変わりました。
    そんなことはさておき、貴重な情報ありがとうございました。
    個人のお住まいについてはあまりマップでは明示しないようにしていますが、それ以外は後ほど記事にも反映させていただきます。
    それにしてもお祖父様の持ち家とは!
    現地をよくご存知の方がご覧になると、また感慨深いものがあるのでしょうね。

  39. mchamadaさん、遅れてすみませんが、寄せていただいた情報を本文に反映させていただきました。
    Huluで流れているとの情報もとても有りがたく、おかげさまで高画質で何度も繰り返しみることができて、新たにいくつか撮影場所を見つけることができました。どうもありがとうございます。

  40. 2年半前に大阪から徳島に赴任したのを機に、映画「旅の重さ」のロケ地巡りをしようと思っています。助言お願いします

  41. 長谷川千尋さん、コメントありがとうございます。
    ロケ地巡りの助言をとのことですが、私個人は実際に巡ったわけではなく、映画とにらめっこで撮影地を調べていっただけです。
    幸い映画について愛情と情報をたっぷりお持ちの皆様から次々コメントやメールをいただき、それをまとめることでご覧のようなエントリーを作り上げることができました。
    個人的には助言などはできませんが、ぜひ当エントリーの内容をご参考いただき、素敵なロケ地巡りの旅を実現されますように、お祈りしております。

  42. はじめまして、居ながらシネマさん。
    なんか、嬉しくなりコメントしました。私はこの映画、中学3年ぐらいの時に見た記憶があります。当時、ロードショーという雑誌で高橋洋子さん記事を見て (可愛いなぁ~) ぐらいの感じで映画館に行ったのを覚えてます。二十歳を過ぎてから趣味でカメラをいじりだしたおかげで、
    各地によく出かけます。四国も喜多灘駅付近の鉄橋も、3年間通い今年やっと海の色が出た次第です。この夏は青の海バージョンから夕日の赤バージョンを撮影したのですが、いい色が出ませんでした。また、来年かな?と思っていたとき、映画、見ました。今、思うことは、この映画の画角で私も追いかけることにします。望遠や、標準、が、この年代の映画の特徴ですのでなんとか頑張ろうと思います。定年まであと少しですが、いい宿題ができました。大阪からの撮影になりますから時間がかかりそうですが、このサイトをヒントにして、また、自分なりの方法で、撮影場所を特定していきたいと思います。よく書かれているように、太陽の角度や向き、映画のカメラワーク、などを考慮し出来る限り映画に近づこうと思います。
    ひとつ、教えて貰いたいのですが、冒頭の小屋のシーン、主人公が、小屋の扉を開けるシーンと、小屋の立ち位置方向は、同じなんでしょうか。扉を開けるシーンは、同じ小屋なのでしょうか。どうも、ストリートビューで地理を見ますと、小屋の立ち方向は、北向きなような感じがするのです。しかし、扉を開けるシーンは、東向です。分かればで、宜しくお願いします。

  43. 訂正します。
    ひとつ前の、コメント読みました。
    このサイトを最大限に活用させてもらい、四国の私なりの旅をしたいと思います。もう、このサイト20回以上確認しました、自分なりのルートで行きたいと思います。俯瞰の三叉路、是非とも一枚撮りたいので頑張ろうと思います。三谷さんとの、出会いの三叉路もしかり、の看板なんかを一つのヒントで調べていこうと思います。
    このサイトを立ち上げて頂き、本当にありがとうございます。感謝。

  44. Katsuzouさん、コメントありがとうございます。
    いつもは気になった映画をひとりでこつこつ調べて記事をアップしていることが多いのですが、このエントリーだけは全然別で本当に多くの人からコメントや情報いただき、たいへんありがたく思っています。
    私もカメラ好きであちこち行って撮っていますが、なんだかだんだん重いカメラとレンズがつらくなってきて、スマホで十分なような気もしてきました……

    この映画は望遠が多いので、被写体の場所はわかっても、カメラ位置はまたちょっとはなれていたりして、それを確認するのも楽しいですよね。充実した撮影旅行になること間違い無しでしょうから、ぜひロケ地探索楽しまれてください。
    (発表する場所を特にお持ちでありませんでしたら、他の皆様と同じようにこのエントリーで掲載できますので、ご利用ください)

    小屋に関しては内側からと外からのショットで、日差しはほとんど一致しているようにみえるので、厳密にどの位置にあったかはともかく、同じ小屋のように思えました(劇場用映画の撮影カメラが中に入るかどうかは知りませんが 🙂 )

  45. 冒頭の小屋シーン(「小屋」はシナリオでは「水源小屋」となっています)はロケ場所も、お尋ねの北向きか東向きかは分かりません。

    しかし、この小屋について小生が知っていることは、この小屋は実際に現地にそれらしい掘立て小屋があったわけではなく、斎藤監督とスタッフ全員が汗みどろになって、田圃の中に特別にセットとして作り上げたということです。
    (勿論、すぐに取り壊したはず。)

    これは公開当時、斎藤監督が雑誌か新聞で語っていたのを鮮明に覚えていますので、絶対に間違いはありません。

    「旅の重さ」は何十年経ってもこのようにファンがいるのですね。
    このブログは「旅の重さ」ロケ地の百科全書のようです。

  46. 赤松幸吉さん、お久しぶりです。
    このエントリーは赤松さんに背中を押していただいて作ったようなものですから、また来てくださってうれしいです。
    おかげさまでどんどんボリュームが増えてきましたが、ここまでくるともはや自分のサイトという気はまったくせず、ファンのみなさんが楽しみながら作ってくださった場所のように思えます。私はただの住み込みの管理人ですね。

    小屋に関しては、撮影用に建てたもの、ということで、なるほどですね。
    それならばKatsuzouさんがお書きのように、2つのショットで向きが(あるいは位置も)違っていてもおかしくはないかもしれませんね。

  47. 居ながらシネマさん、はじめまして。この素晴らしいサイトを開設していただき、心からお礼申し上げます。
    「旅の重さ」は、中学3年生の時、封切の時に観て大変感動しました。以来、1990年頃にVHS化されたビデオテープを入手するまでは、映画館などで放映の情報を聞きつけては、観に行っていました。
    学生時代、映画に映っているキハ58型の急行「うわじま」などに乗って初めて四国を旅行しました。ロケ地に行きたかったのですが、情報が全くなく、漠然と桂浜などから「憧れていた土佐の海」を眺めました。
    昨年このサイトを見つけ、感激しました。早速、昨年8月に住んでいる大阪からマイカーに乗って日帰りで土佐清水方面へ行って来ました。
    下川口の天満宮は、階段に手すりが設けられ、舞台のあった建物も建て替えられ、その隣にあった小屋はなくなって、小さな社になっていました。ただ、水道の蛇口がありましたが、これは座長や政子が水を口に含んだ当時のままのものでしょうか。また、観客で埋まり、少女が光子にシラミ取りで髪の毛をグチャグチャにされた舞台前の広場は44年前の撮影時と同様の雰囲気がありました。
    その後、海水浴客のいる大岐海岸を散策し、本当の「憧れの土佐の海」を満喫しました。
    このサイトを頼りに、また改めて他のロケ地も、ゆっくり巡ってみたいと思っています。

  48. なにわカツオさん、コメントありがとうございます。
    封切り時にご覧になっていたのですね。しかも当時すでにロケ地を巡られていたとは、素晴らしいです 🙂

    私は確か70年代の後半に名画座で見たのが最初だったかと思います。思えばロケ地巡りは、名画座に通えるような、時間がたっぷりある学生時代にやっておくべきだったかもしれませんね。今はすっかり「居ながら」です…

    今回は拙サイトをご覧いただき、マイカーで巡られたとのことで、わざわざご報告ありがとうございます。
    好き勝手にマニアックなことをやらせていただいている拙サイトですが、『旅の重さ』は皆様から熱いコメントや情報、画像等を数多く寄せていただき、感謝感激。このページに関しては、もはや自分の手を離れて、皆様の寄せ書きで成り立っている状態です。

    なにわカツオさんも、もし他のファンの皆さんに見ていただきたいような画像等がありましたら、管理人宛に送付いただければ、アップさせていただきます。ご遠慮なくご利用ください(その場合、最初にContactページからご連絡ください)

    私もいずれ現役引退したら、時間をとってゆっくり巡ってみたいですね。
    その時にはぜひ旅先でこのページを開き、皆様のコメントや画像をニコニコ拝見しながら、と思いますので、それまで頑張ってサイトを続けて見ようかと思っている次第です。

  49. なにわカツオさんから画像を提供していただきました。
    「ひとりで入る海」「境内」にアップさせていただいています。
    どうもありがとうございました 🙂

    それから私が誤読してしまいましたが、最初にご覧になったのが中学3年の時で、その後大学生時代にロケ地が不明のまま四国を何度か旅行されたとのこと。今回拙サイトをご覧いただき、ようやくロケ地訪問が叶ったとのことでした。拙サイトが少しでもお役に立ち、それだけでも嬉しいところ、わざわざコメントや画像を寄せてくださって、本当にありがとうございます!

  50. 居ながらさん 本日はこちらにおじゃまします。
    沈下橋がまだ不明なようですので 探しておりますが 地元を流れる四万十川では見たことのない構造ですね。
    私見ですが この河川は大州市を流れる肱川ではないでしょうか?
    肱川には増水時に橋の上部が流れる 流れ橋 が存在したらしいです。
    構造ですが 橋脚に丸太などの桁を渡しその上に幅一尺ほど 厚さ一寸三分ほどの板を打ち付けたらしいです。
    この流れ橋 昭和40年代までは肱川に数か所あったらしいです。

  51. 高岡タケシさん、こちらでもありがとうございます。
    なるほど、四万十川以外の可能性もあるということですね。
    教えていただいた肱川をマップや画像、さらには70年代の空撮画像でたどってみましたが、残念ながらここぞという場所は見つけられませんでした。それでも、川幅の広さや雰囲気など十分映画に近いものを感じることが出来ました。可能性はかなりありそうですね。

    改めて映画本編や予告編をチェックしましたが、橋脚はコンクリートですが、その上に板を並べて結びつけただけのような構造で、でもしっかり両幅ぎりぎりに車両の跡がついていて、人だけでなく車も利用していたことが伺えます。渡るときはスリル満点だったでしょうね 🙂

    それから、『旅の重さ』と『祭りの準備』のロケ地マップをようやくまとめて、両方のエントリーにアップしました。あれこれ更新する気持ちになってきたのも、いろいろコメントいただいたおかげです。ありがとうございます。

  52. ご無沙汰しています。また予告編が見られるようになっていますね。
    https://www.youtube.com/watch?v=Kf2c3HWGE1s

    そして高岡タケシさんのご指摘どおり、肱川の潜水橋は確かに構造、背景が映画に登場する橋と似ていますね。この橋の部分が昔、枕木を組み合わせたようなものでその後改修されたのだとしたら、撮影のルート的にも大いにあり得る話だと思います。
    http://bridge.michikusa.jp/newpage180.html

  53. イノシシさん、ご無沙汰しています。
    橋のピンポイント情報ありがとうございました。
    画像を見るとありえそうな気がしてきました(みなさま、凄いですね 🙂 )
    今夜にでも本編と照合してみます。
    ありがとうございました!

  54. 地元の方の情報によると、その潜水橋(板野橋)は昭和41年に手すり付きのコンクリート橋(2012年グーグルマップで見られるやつ)に架け替えられたみたいです。

    https://ameblo.jp/kimagure-torajirou/entry-12184631705.html

    しかしながらその方が子どもの頃は板橋だったという証言もあり、映画が撮影された頃は板橋がどこかに存在した可能性もありますね。高知の沈下橋はできた当時からコンクリート橋ばかりなので、元は枕木のようなものが使われていた可能性は低いですね。それにしても高知県内に沈下橋はたくさんあるのだから高知で撮影してくれれば良かったと思います。四万十水系の沈下橋はほぼ現存していますのに。

  55. イノシシさん、大変申し訳ありません、いただいたコメントが自動判定で未承認状態となっているのに気づきませんでした。さきほどコメントが表示されるように直しました。

    地元を知る方ならではの情報、いつもありがとうございます。

    > 映画が撮影された頃は板橋がどこかに存在した可能性もありますね。高知の沈下橋はできた当時からコンクリート橋ばかりなので、元は枕木のようなものが使われていた可能性は低いですね。

    これはいよいよ肱川の板橋説が有力になっていましたね。
    ほとんどファイナルアンサーという気がしてきましたが、ここまできたらもう少し粘ってマップ上で具体的な場所を解明したくなってきました。

  56. お久しぶりでございます。
    以前、小屋の向きで投稿させて頂きました
    katsuzouです。
    踏切の件なんですが、カメラ片手に大阪から、
    行きましたが、構図が、合わないような
    気がしてなりません。線路のカーブと、
    電車の屋根を、被らせるには、レールを、
    またぐような、大きなアーチが、必要に、
    なってくるんです。そこで、バイクの
    強みで、踏切を、探して、大洲まで、
    来たら、ちょうど構図に当てはまる踏切が、
    ありました。大谷踏切なんですが、
    どうでしょうか?ちなみに、ほぼ同じ構図で、
    写真を撮る事ができました。
    動画ではありませんが。

  57. katsuzouさん、コメントありがとうございます。
    その後もカメラワークを追究し続けていらしたのですね 🙂

    踏切を見つけられたとのことで、素晴らしいです(記事が間違っていたようで、すみません……)
    ご指摘の場所がどこなのかわからなかったのでこちらでは確認出来ませんでしたが、もしお差し支えありませんでしたらもう少し詳しくお知らせいただけませんでしょうか。
    お写真も、ぜひ拝見したいです(この記事に掲載させていただいて、皆さんにもご覧いただければ、なお嬉しいです)。

    掲載可能な場合は、一度Contactページから私宛にご連絡いただけますでしょうか(メールアドレスが必要になりますが、フリーメール等で全然構いません)。
    よろしくお願い致します。

  58. 居ながらシネマ、
    katsuzouです,
    contactで、メールアドレス
    入力しました。もし、
    確認できなければ、この欄で、
    お知らせください。
    よろしくお願いします。

  59. katsuzouさん、すみません、Contactページからの連絡は届いていないようです。
    お手数おかけして申し訳ありません。
    こちらのアドレスへ直接メールいただけますでしょうか。

    inagara.cアットgmail.com 
    (アットのところは半角@に置き換えてください)

    よろしくお願い致します。

  60. katsuzouさんから踏切について情報とお写真を提供していただきましたので、記事に反映させていただきました。
    またなんと女性のお遍路さんと語らった木まで検証していただきました。
    どちらも現地へ足を運んで初めて解明できたことと思います 🙂
    貴重なお便り、本当にありがとうございました。

  61. 「しおかぜ」の踏切と女遍路(新村礼子)と語らった樹が写真で確認できるなんて、感動ものです。

    公開以来、ほぼ50年が経っているのに、この映画がまだこうして数多くのファンから愛されているのは無上の喜びです。

    katsuzou様もこの映画を多分リアルタイム(1972年)ではなく、後のリバイバル上映やDVDで鑑賞されたのでしょう。

    「うわじま」に抜かれるショットについては、ある鉄道ファンに調べていただいたことがあります。

    それによりますと、当時1号~9号まで片道9本も運転されていた「急行うわじま」の中で唯一グリーン車が連結されてなく3両編成であることと進行方向右手に海が見えていることから下り急行「うわじま3号」(605D 高松 6:15発⇒宇和島 11:55着)。

    katsuzouさまはオートバイでこのロケ地を走り回っていらしゃるのこと(45年前には小生は徒歩で探訪しましたが)、また新しい情報があればこのサイトに投稿してください。

  62. katsuzouさんから木のお写真を追加で提供していただきましたので、「女性のお遍路さん」へアップしました。2016年9月に撮影されたとのことで、数年越しの探求に感服しました。
    お写真どうもありがとうございました。

    赤松さん、このエントリーはもともと赤松さんのお誘い?でスタートしたわけですが、さらに、45年前の赤松さんの徒歩による探訪までさかのぼることができるのですね。
    その時間の重みに、「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」とか唱えたくなりました。

    皆様のご協力でこのエントリーもなんだか凄いことになってきましたが、管理人冥利に尽きるというものです。

  63. すごいですね、katsuzouさん。あの踏切、「階段は改築されなくなってますが」とおっしゃってますが、草に覆われているだけでしっかりコンクリートの階段も確認できますね。大阪からわざわざ四国に来ていただいたのも嬉しいです。

  64. どうも、この数日の進展もまたすごいですね。ほんと、この記事での皆さまの情熱には圧倒されます。

    実は今月はじめ、松山と別府に行き、途中フェリーに乗るため駅から港まで八幡浜の街を歩いたんです。そうしたらアーケードもあって、「あ! あれ『旅の重さ』のアーケードじゃない?」と思いましたが、同行者がいたので確認はできませんでした。また時間をとらねばなです。

    ところで、踏切の場所については、

    >愛媛県大洲市長浜町晴海のふれあいパークの前の踏切で大谷(おおや)踏切です。

    とのことですが、そのすぐ次の「うわじま」のくだりで、

    >大洲市長浜町がロケ地であったとの情報もいただきましたので

    ともすでに書かれておられましたから、案外ヒントは近いところにあったようです。

    それですみません、女性のお遍路さんの木の近辺のSVですが、

    https://www.google.com/maps/@33.290479,132.5950112,3a,44.2y,238.61h,90.12t/data=!3m7!1e1!3m5!1sNYbL26acP8D5ZrG77s9jvQ!2e0!6s%2F%2Fgeo3.ggpht.com%2Fcbk%3Fpanoid%3DNYbL26acP8D5ZrG77s9jvQ%26output%3Dthumbnail%26cb_client%3Dmaps_sv.tactile.gps%26thumb%3D2%26w%3D203%26h%3D100%26yaw%3D236.76096%26pitch%3D0%26thumbfov%3D100!7i13312!8i6656

    で開いて木らしきものが確認できませんでしたが、これはこれでいいのでしょうか。

  65. イノシシさん、
    なるほど、階段は草に覆われているのですね。
    イノシシさんもそうですが、皆さん凄すぎです 🙂

    Bill McCrearyさん、
    ホントですね、いただいた町名情報をその後で転載していましたね orz…
    SVですが、こちらのPC環境ではそのリンクで中央に写って見えます。
    こちら↓は2012年7月のもので、緑の水田の中にありますから、こちらの方が映画のイメージに近いかもしれませんね。
    https://goo.gl/maps/3egkHpC5qkr

    私有地かもしれませんので、あまり書かない方が良いのかも??

  66. 居ながらシネマさん、
    写真掲載して頂きありがとうございました。
    妻も最初は四国行きは乗り気ではありませんでしたが、
    下灘の夕日を見てからは、気分良く同行してくれます。

    メールでも少し書かせて頂きましたが、語らいの木の
    シーンは背景が現地と符号しない様に思われました。
    時の流れとともに風景も変わって行くのでしょうけれど、
    変わらない風景も必ず存在するのものと思っております。
    木陰の木の節目なんかを観察し、決めたいと思います。また、
    果物を貰うシーンも、41番札所の近くと判断し去年
    行きましたが、果物を貰い女遍路さんを追いかける、
    まっすぐに伸びるあぜ道の左側にある農機具小屋の風景に出会うことは
    できませんでした。また、
    電車で抜かれるシーンも夏だと雑草が高くなり、写真のヌケが
    悪くなるので、この春、行こうと思っています。

    イノシシ様、
    そう言う事なので階段を見に行きたいと思います。
    構図ばかりに気を取られ肝心の踏切の観察を怠りました。
    今度は200ミリ以上のレンズで撮りコレクションに納めたいと
    思います。本当によく見つけてくれました。

    赤松様
    赤松様のおっしゃる通り10年前にDVDで観ました。
    ただ、1972年当時、よくロードショーや近代映画の雑誌を愛読しており、
    たしか、いや、たぶんでしょうか、近代映画の雑誌の中に「旅の重さ」
    が紹介されていたと思うのです。そして友人と日曜日に映画館に
    観に行った記憶があるのですが、全く内容を覚えていませんし、いつのまにか、
    忘れていました。
    私は吉田拓郎のファンで、10年ぐらい前に、
    その友人とお酒を飲みながら拓郎談義をしていた時にその友人が
    「確か、今日までそして明日からの歌は昔、中学生の時に一緒に観に行った
    映画の主題歌で、よく分からない映画やったな。主演の女の子、名前は知らないけど、
    可愛い子やった」と言いました。
    まあ中学生では無理もないことでしょう。

    数日後、気になりDVDを観ました。
    映像の中に映る風景は今と違い、デジタルではなく、本物が映り込んでいる
    美しさに酔いしれました。そこからなんです。
    元々、青春18切符ポスターの真似撮りもカメラワークの1つでもあり、
    (四国は本当にポスター写真の撮影地が多い場所なんです)
    それなら、この際2つまとめて行く方が、楽しさも2倍、と、言うわけで
    5年前ぐらい前から始めています。
    ポスター撮りの場所はわかりやすいんですが、
    ロケ地となると、ちんぷんかんぷん。
    そうこうしているうちに、
    このサイトに行き着いたわけであります。

    居ながらシネマ様、イノシシ様、赤松様、
    大人のいい宿題ができたと思っています。
    本当にありがとうございます。
    感謝。

  67. katsuzouさん、
    書き込んでいただいたコメントがなぜか保留扱いになっていて、反映されていませんでした。同じ内容で何度も書き込みいただいたようでう申し訳ございません。
    最後の書き込みが改行が少し見づらく見えたので、最後から2番目のものを反映させていただきました。問題がある場合はお知らせください。

    そうでした、木はまだ検証中でしたね。
    場所としてはとても良い線をいっているように思えますが、検証大事ですね。
    私が現地へ行けるのはおそらく何年後かに現役引退してからとなると思いますので、それまではマップをこねくり回して自分なりに探索を続けてみたいと思います。

    テーマを持った撮影の旅、良いですね。
    奥様のご理解ご協力を得ていらっしゃるというのがまた素敵です。
    拙サイトはマイペースで続けていくつもりですので、この映画に限らず何かありましたらお便り寄せていただけましたら幸いです。

  68. katsuzouさんから画像を追加提供していただきました。
    「アーチ橋」「商店街」「食堂」「少女2人が語らう石垣」(新規項目)へアップしましたので、どうぞご覧ください(記事がかなり長くなってきましたので、探せないときは目次をご利用ください)。

  69. katsuzouさま
    今回の食堂の写真には我が目を疑うような驚きでした。
    スクリーンではほぼ内部だけしか映っていないのに、よくぞ見つけられました。
    店内は成る程三角地のように細くとんがっており、まさしくこの食堂でしょう。

    吉田拓郎の「今日までそして明日から」は素晴らしい曲ですが、それ以上にメロディーだけが流れる「恋の歌」(乞食遍路に会うあたりから流れる)が爽やかで愛すべき名曲です。

    また、当初は同じく拓郎の「歩け歩け」が挿入歌として使用される予定であったようです。

    このサイトが「旅の重さ」のロケ地の聖地となっており、今なお数多くのファンがこのサイトを訪れています。

    私がもう少し若ければ、これらの写真を手にもう一度ロケ地探訪をしたいのですが。

    面食らっているのは泉下の斎藤耕一監督でしょう。
    50年近く経ってもこの映画がこれほど熱く語り継がれていようとは、夢にも思わなかったでしょう。

  70. 居ながらシネマ様、

    梅雨の晴れ間を利用しまして
    先月、季節は初夏、
    棚田の早朝や夕景の風景写真を撮りながら、ロケ地の探索をかねて、四国に行ってきました。

    そこで判明した事なんですが、やはり
    2人が木陰で語らうシーンは、間違い無く
    投させて頂いた木である事が確認できました。
    ネットの画像で、ちょうど2人が語らうシーンの
    少し引いた画角が、載っており、
    背景の2つの山の重なり具合からそう判断できたのですが、
    ロケ当時からおおよそ50年近く経過しているのに、木の形があまりにも変わっていなか
    ったので迷いました。また、

    漁師の家に一泊させて貰い、早朝引き上げる
    シーンや、いよや旅館のシーンも、
    判明しまし。

    いよや旅館のシーンの探索のおり、
    卯之町の宇和先哲記念館の方々の協力もあり、
    判明した次第であります。

    梅雨が明ければそちらの方に行こうと思っております。

    また、居ながら様に、メールで、ご連絡させてもらい、新たに写真などを、添付しょうと、思っております。

    その時は、よろしくお願いします。

  71. KATSUZOさん、コメントありがとうございます。
    現地でさらに詳しくお調べになったとのこと。あの木をはじめ、旅館や漁師の家なども解明されるとは、粘り強い調査力やフットワークに感服しました。
    掲載しても大丈夫な範囲で、ぜひお写真やレポートお寄せください。お待ちしております!

  72. 居ながらシネマ様、
    ご無沙汰しております。

    今年の夏も終わりを告げめっきり秋めいて参りました。その後いかがお過ごしでしょうか。
    今年の四国の旅は、本当に素晴らしい旅を地域の皆様にお世話になりながら、回ることができ、
    貴重な体験をさせて貰いました。
    皆様の情報を参考にして四国を飛び回り写真を撮る事も1つでしたし、
    画像から模索し出会った人たちのお話を聞き、
    ロケ地が判明した事など、
    誠に楽しい夏のひとときを過ごさせて頂きましたのも、
    居ながらシネマ様 同様、このサイトの皆様のお陰です。
    本当に感謝でございます。

    さて、居ながらシネマ様、また、メールで写真を一枚一枚、お送りします。
    居ながら様のご判断で掲載してください。
    何枚かの写真にはロケ当時に関わりをお持ちの方のお話や、撮影時のエピソードなど、
    また、私自身のエピソードなどを添え、お送りさせていただこうかと思っております。
    宜しくお願いします。

  73. KATSUZOUさん、メール受領しました。素晴らしいお写真の数々、堪能させていただきました。
    現在多忙にて更新できませんが、できれば次の週末にでも作業したいと思います。メールに添えていただいたエピソードも一緒にアップさせていただくつもりですので、もう少しお待ちください。
    どうもありがとうございました!

  74. 居ながら様、katsuzou様
    19/10/23追記のロケ地写真に泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて(←しつこい)、涙が枯れるほど大泣き(感動)しました。

    「堤防の道」「漁師の家」「果物を貰う家」「夕焼けのシルエット」「旧嵐坂隊道」「旅館いよや」 などには希有の眼福、奈良の大仏が目の前で駆け出したくらい驚きました。

    まさに神がかり的探査で、絶句!絶句!絶句!絶句!絶句!絶句!(←もう十分)です。

    私が50年ほど前(何の情報もなく歩き回った)ロケ探訪からこのブログに投稿した記事には、今読み返すと勘違いや誤認があります。その後、多くの方からより正確な情報や写真を前にして、汗顔の至りです。

    私も毎夏になると少女の歩いた四国へと行きたくなりますが、老齢のためなかなか実現できません。しかし、 katsuzou様やその他の方の投稿やそれらを丁寧にまとめてくださる居ながら様のおかげでまた闘志が湧いてきました。

    死ぬまでにもう一度このブログを片手に「旅の重さ」ロケ地巡りをしますからね。

    「ぶらり日本名作の旅(旅の重さ)」日本テレビ 1990年放映 38分 牛原千恵キャスターという番組にもロケ当時に関わりを持たれた方などが登場します。

    例えば、芝居一座の舞台へ「おひねり」の代わりにスイカを進ぜたのは私の母であるとか、そのようなことが。

  75. KATSUZOUさん、遅くなりましたが画像とコメントをアップさせていただきました。数年がかりで探究された詳細な情報に驚くとともに、映画のショットを見事に再現した画像へのこだわり、さらに現地の皆様に掲載許諾もしっかりとっていただいているという、ロケ地探訪のお手本のようなレポートとなっていて、ただただ感じ入るばかりです。
    本当にありがとうございました。

    赤松幸吉さん、ご覧になった時はまだ更新の途中でした。
    さらに残りの画像と情報をアップさせていただきましたので、どうぞご堪能ください。
    思えばこの記事は赤松さんがたきつけて(?)くださったところから始まりました。その後赤松さんをはじめ皆様のお力で更新を重ね、今では上から下までスクロールするだけで日が暮れるという、とてつもないボリュームとなりました。
    その中には、情報だけでなく、皆様の映画に対する愛情がたっぷり詰まっています。改めて、感謝申し上げます。

  76. KATSUZOUさんから、コメント欄でエラーが出たため、直接メールでコメントいただきました。そのまま転載させていただきます。
    ありがとうございました! 奥様にもよろしくお伝えくださいませ。
    <以下転載>

    居ながらシネマ様、
    ご丁寧なアップをして頂き、ありがとうございました。

    投稿の写真をまとめていると、家内曰く、
    「改めてみると、主人公の女の子と、私、さほど変わりはあれへんな~」
    と、言っておりましたので、今後のこともありますので、私曰く、「そおやな~」と。

    来年も、男性遍路の三叉路、俯瞰の三叉路、ポストへ投函のシーンなど探しに行こうかと思っております。

    赤松様
    すいかのシーン、本当にホント、ビックリしました。
    「ぶらり日本名作の旅」是非是非、見てみたいです。
    今ではもう、無理なんでしょうね。

  77. 赤松幸吉さんからご連絡いただきました。都合により代わりに転載させていただきます。

    <以下転載>

    katsuzou様

    前回の投稿について訂正させていただきます。
    このブログは「旅の重さ」ファンの聖地なので正確を期しておかなければなりません

    「ぶらり日本名作の旅(旅の重さ)」日本テレビ 1990年放映 38分 牛原千恵キャスター
    この中でスイカのシーンに勘違いしました。

    これは「シネマ紀行」(松竹製作 衛星劇場で本編の後にサービス放映されたもの)の方にあります。

    「ぶらり日本名作の旅」の方は素九鬼子さんの原作のドキュメンタリーで、映画とは余り関係がありません。

    それでも牛原千恵さん(映画監督・牛原陽一氏の娘さん)が少女と同じコースを歩くという内容で、映画のロケとだぶるシーンもあります。

    さて、「シネマ紀行」(松竹製作)は2000年4月撮影とあり、女優の柴山智加(大林宣彦作品で有名です)がロケ地を案内するという番組でした。

    トマトをもぎ取るシーンは「八幡浜市」、学校や旅館いよやは「東宇和郡 宇和町」、少女が全裸で泳ぐシーンは「土佐清水 竜串 落窪海岸 臼婆」、横山リエと泳ぐ海は「伊予駄場 尻貝の浜」などとテロップが出ます。

    制作者の松竹自身が言っているのだから、まず間違いはないでしょう。

    さて、スイカのシーンですが、これは下川口浦地区地区長さんの祖母だったとインタビューで述べておられます。

    西海のシーンでは民宿の方と息子さんさんがインタビューに答え、葬式の行列で民宿の方はごはん茶碗を、息子さん(まだ子どもでした)は笹を持って階段を何度も上り下りしたと述べられています。

    「ぶらり日本名作の旅」「シネマ紀行」の両方ともVHSビデオで所有しております。
    どこかにアップしてもよいのですが、小生は機械の方はまったく弱く、その方法が分かりません。

    「旅の重さ」のファンで「個人的に鑑賞するだけなら」喜んで郵便で送付いたします。

    なお当時、小説「旅の重さ」が映画化で、更に有名になった少し後、ラジオ・ドラマ(NHKだったと思います)が放送されたと記憶にあるのですが、どなたかこのドラマについてご存知の方はいませんか。

  78. ほりやん様、情報提供有り難うございました。
    どうせ今じゃ、誰も知らないラジオドラマだと当てにしないでいましたが、早速の回答に恐れ入りました。

    昭和48年6月9日文芸劇場(ラジオドラマ)「旅の重さ」9:05pm~10:20pmNHK松山製作としてNHK第一で放送されています。

    任啓子、長田重子、黒野信男さん、松山放送劇団の出演となっています。

    当時、私はこの放送番組を実際に聞いています。

    やはりこのブログは凄いですね、「居ながら」キャプテン様。

  79. 赤松様
    ラジオドラマ化されていたことを知ることができ、こちらこそありがとうございました。
    キャプテンのお人柄が良いので皆さんが訪問したくなるのでしょうね。

  80. こんちは。

    赤松さんがお書きになっていた情報は私もつかんでいましたので、こちらに投稿するつもりでしたが、赤松さんに先を越されました。

    あるいはですが、赤松さんが参照したのかもしれないサイトを参考資料として。

    http://mezala.la.coocan.jp/radiodrama/rd1973.html

    基本的にラジオ第一放送の「文芸劇場」というのは、土曜に本放送があり、日曜に再放送があるというものだったようです。FMでもラジオドラマの放送があり、またキャストを見ると、え、と思うくらい豪華ですね。録音は残っていないでしょうからもったいないと思います。ほかにも6月30日報道のドラマで東北が舞台で仙台放送局のものがありますから、たぶん地域特性のあるドラマは、地元の局で制作する方針みたいなものがあったのでしょう。

    以下余談です。二輪の免許を先日取得しまして(現在大型を取得中)、この映画のような交通の便が悪いところのロケ地訪問には役立ちそうです。

  81. 赤松さん、ほりやんさん、キャプテンって私のことでしたか 🙂
    このページはおかげさまでかなりの情報が集まってきましたが、「情報」を読み下せば情けの報い(ホント?)。皆様のこの映画に対する深い愛情で報われているような気持ちです。

    Bill McCrearyさん、大型も取得予定ですか。バイクとなるとかなりフットワークが良くなりそうですね。どうぞお気を付けて、ロケ地訪問お楽しみください。

  82. 沈下橋ですが、大洲市の畑の前橋約150メートル下流に架かっていた橋のようです。
    地理院61-69年の空撮で確認できます。
    現地にて鮎漁をする年配の川漁師さんに話を伺い、スクリーンショットを見て頂いたところ、間違いないとの事でした。
    板橋と呼ばれていたこの橋は、橋自体がスロープ状になっているのが最大の特徴で、自動車も渡れる最大規模の板橋だったそうです。
    対岸が見えないほど草木が生い茂っていた為撮影は断念し図書館で資料を探しましたが見つかりませんでした。
    残念です。

  83. 高岡タケシさん、コメントありがとうございます。沈下橋、引き続き探索してくださったのですね。
    この場所よくぞ見つけてくださいました。素晴らしいです。
    現地の漁師さんに確認されたとのことでそれだけでも十分ですが、過去の空撮でチェックしてみても、地形や日差しなど映画と一致しています。
    これで正解と思われますので、記事の方に反映させていただきました。
    ありがとうございました 🙂

  84. 居ながらシネマ様、高岡タケシ様、
    沈下橋、決定したんですね。良かったです。

    一昨年、勇み足なんですが、以前の投稿を参考にさせて貰い
    沈下橋を訪れまし。
    一時間ほど川原を歩いて感じたのは、
    やはり、前半は肱川に沿って撮影に挑んでいたことが、
    なにげに分かるような気がした次第です。
    冒頭の小屋のシーンもしかりですしね。

    来年もまた、判明した沈下橋跡を訪れようと思っています。
    本当にありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

*

日本語が含まれない投稿や、URLが多く含まれている投稿は、無効となる場合があります(スパム対策)