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『裸の島』 (1960)

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作品メモ

ひとつ前のエントリー『永遠の語らい』のオリヴェイラ監督は、誰しもが認める現役最高齢監督でしたが、日本のチャンピオンベルトを守ってきたのは、やはり新藤兼人監督でしょうか。
『一枚のハガキ』(2011)が遺作となりましたが、この時99歳。長きにわたり監督として脚本家として活躍、数多くの作品を残されました。

今回取上げるのは、代表作『裸の島』。
瀬戸内海の小島に住まう家族を、セリフのない台本とモノクロの映像で淡々と、しかし力強く描きあげます。

島は山が突き出たような地形で、斜面を開墾した畑が一家の生活の基盤。
水が湧いて出てくるわけではないので、隣の島へ小舟をこぎ出し、夫婦のマンパワーで運んでくることになります。
水をたたえた桶を天秤棒でかつぎ、斜面を一歩一歩踏みしめながら上っていって、ようやく畑にまくことができるのですが、乾いた土はあっと言う間に水を吸い尽くし、2人はまた隣の島へと船をこぎ出していきます。

劇場用長編映画には珍しく無言劇となっているのが特徴で、水を汲む→運ぶ→まく、水を汲む→運ぶ→まく、その繰り返しが文字通り黙々と描かれます。
その合間にいくつかの出来事が挿入され喜怒哀楽が生まれるのですが、最後はやはり乾いた土地に水をやり続ける日常に振り子が戻ってきます。
何かを声高に主張する映画ではありませんが、水をやりつづけるという人の営みに、見る者はそれぞれがいろいろなもの感じ取っていくのでしょうね。

夫は殿山泰司さん、膨大な出演作の中で数少ない主演作。他に、やはり新藤監督の『人間』も主演といってよかったでしょうか。[1]毎日映画コンクール男優主演賞を受賞していますので、たぶん主役と言っていいはず……。
『裸の島』は無言劇なので、特徴あるだみ声が聞かれないのはちょっと残念。

妻は監督の良きパートナー乙羽信子さん。一緒にお仕事された作品は何本ぐらいになるのでしょうね。
この映画ではなんだか衣装がかわいらしくて、少女のような印象があったりします。

子供は2人ですが、俳優ではなく地元の子供たち。
途中で登場するおっかなそうな地主さんやお医者さんなども、地元の方でしょうか。

つまり俳優らしい俳優は夫婦役だけ。セリフもないし予算もわずか[2]Wikipediaによれば500万円という、極端にスリムかつ大胆な企画の映画ですが、内外で高い評価を得て興行的にも成功。その意味でも監督の長い映画人生でとても重要な作品となっています。

製作監督脚本新藤兼人、撮影黒田清巳、音楽林光。

ベニチオ・デル・トロ ロケ地へ行く

日本映画専門チャンネルで新藤監督の特集が組まれたときに、こちら↓のドキュメンタリーが一緒に放映されました。

『ベニチオ・デル・トロ 広島へ行く』(2012)
(初放送2012年8月6日。製作著作テレビマンユニオン)

なんと監督を敬愛するデル・トロが、来日してあの島を訪問、ロケ地をチェック(笑)するという、よくぞ製作してくださったという内容となっています。
デル・トロは勝手にやんちゃなイメージがありましたが、実際にはとても落ち着いた大人の印象。全然スターぶらない気さくな姿に個人的には好感度が一挙にMAXへ。男惚れとはこのことでしょうか。
ついでに、BGMにこのところのエントリーで(『ダンケルク』『永遠の語らい』)触れてきた「ニムロッド」が使われていたのも良かったかも 🙂

この来日は2012年に広島で開催された「新藤兼人 百年の軌跡」への出席のため実現したもの。[3] … Continue reading
島への訪問の他に、記者会見、ティーチ・イン、舞台挨拶など精力的に参加。
『原爆の子』の上映に先立ち平和記念公園へ足を運び、資料館で説明に真摯に耳を傾けていたのが印象的でした。

監督が亡くなられたときにデル・トロから寄せられた追悼文を、番組ではこんなふうに紹介しています。

もし乾いた土が我々の心ならば
新藤兼人の作品は
我々の心に永遠に水を注ぐだろう

ロケ地

例によって、IMDbのリストとウェブマップを頼りに画面とにらめっこでチェックしています。
間違えていたらごめんなさい。誤りのご指摘大歓迎です。

実はこのエントリー、だいぶ前から下書きは書いていたのですが、一箇所どうしても気になるところが解明できず、新規アップが先送りとなっていました。今回スッキリできたので、晴れてお披露目です。

<裸の島>として登場するのは、瀬戸内海のこちら(三原市)↓

宿禰島(すくねじま)W

OP空撮

最初に登場する空撮の島は、実は<裸の島>ではなく、近くの(南東へ2km少々)小細島(こほぞじま)を南側から捉えています。

「裸の島」のタイトルが出る浜辺は、その北にある細島(ほそじま)。やはり<裸の島>ではありません。

「出演者」も細島。

伝馬船でやってきた島

早朝、船をこいでやってきた夫婦。
続く場面で、水を汲みにきたのだとわかります。

<裸の島>から南へ1kmほどのこちら↓(三原市)

佐木島(さぎしま)W

漕いでいるのはもちろんスタントなしでご本人たち。
相当練習を積んだと思われます。

船を着けたのは、入り江のようになっている港の入口近く。

水を汲むところ

0:04 0:16

このあたり↓ (カメラ南西向き)

上記ドキュメンタリーでは、佐木島のロケ地や監督たちの宿泊先となった民家にもデル・トロが訪れ、嬉しそうにしていました。

船着き場沿いの道

天秤かついで往復するのは↓

0:07頃、ようやく舞台となる島の全貌が写し出されます。

宿禰島(すくねじま)W

船着き場は南東側。

住まいへ上っていく道は、今ではほとんど草木に覆われています。

学校

再び佐木島W

商店

0:50
地主に物納した後寄った店。
佐木島の港の奥の方。

連絡船桟橋

0:54  
ゲットしたお魚を売りに、尾道へ向かいます。

尾道中央桟橋

割烹旅館

0:56
海沿いの旅館。
残念ながらお魚は売れませんでしたが、立派な構えのこの旅館は、『東京物語』にも登場したこちら↓

竹村家本館

登録有形文化財とのことです。

魚屋

取引成立でみんなにっこり。見ているこちらも、思わずにっこり 🙂

場所ですが、このあたりでしょうか??

子供たちが立っていたのは、石畳小路というようです。

食堂

洋品店

0:57
道路の南側、おそらく海沿いに並んだ商店のように見えます(カメラ南向き)

このあたりの道路でしょうか?

電器店

子供たちはテレビに夢中。
全身タイツのお姉さんがなにやらダンスをしています。

向かいが映画館のようです。
<納涼週間!>と称して、『怪猫お玉が池』『東海道四谷怪談』『怪談海女幽霊』の新東宝3本立て。日付は異なりますが、いずれも1960年7月封切り作品。
子供たちのアップのショットでは、<?原  松竹> といったネオン看板の文字が読めます。
映画館は右手からやや逆光で陽があたり、歩道もしっかりできている、それなりに大きな通りと思われます。
こちら側は、洋品店の広告が出ていて、柳でしょうか、風に揺れています。

これが冒頭書きましたなかなかスッキリできなかった場所。
以下のように判定しました。

まず映画館は、尾道で松竹の名がつく映画館でしっくりくるものは見つかりませんでしたので、尾道の可能性を捨てて、三原市に絞りました。
三原市のサイトで昔の映画館の画像がいくつか見つかりましたが、該当するものはありませんでした。 [4]みはら情景 映画館1  みはら情景 映画館2

そこで「消えた映画館の記憶」というサイトの以下を参照し、三原松竹帝劇(港町2235)に注目。

その名称ではそのものズバリの画像は見つかりませんでしたが、こちら↓で現住所に変換。おおよその場所を特定。

さらに三原市のこちら↓のページで、

2段目右側「映画ののぼりはためく帝人通り(昭和34年)」とある画像を拡大すると、右端の映画館と思しき建物に「帝劇」の文字を読み取れ、のぼりには『紀の国屋文左×』の文字が描かれています。1959年6月公開の松竹映画ですから、松竹系の映画館。 おそらくこれが、三原松竹帝劇と思われます。

画像をよく見ると、映画でかろうじて確認できる、手前のVVが並んだゲートのようなものが見え、さらに左上に服地店の看板がありその下に柳の木。
かなり映画の背景に近いです。
まとめると、電器店の場面の背景は、三原市の帝人通り(駅の南側に南北に延びる)にあった三原松竹帝劇(当時の住所:港町2235)で、電器店はそのはす向かい。

昔の空撮で確認しますと、

現在のマップではこちら↓

まったく面影はありませんが、これで自分的にはスッキリ解決となりました。

ロープウェイ

千光寺山(せんこうじやま)ロープウェイW

尾道観光のマストですね。私も久しく乗っていませんが、Go Toトラベルで尾道へ行きたくなりました。
林光さんの音楽も曲想ががらりと変わり、ウキウキ晴れやかな気分になります。

右手の景色

中心に写っているのはこちら↓

妙宣寺 (尾道市)W

手前に見える森は、『時をかける少女』の艮(うしとら)神社W

こういう感じで、ロープウェイは艮神社の頭上を通過しています。

左手の景色
屋根越し

お寺の屋根越しにロープウェイを捉えたショットは、こちら↓

天寧寺(てんねいじ)W

写っているのは、本堂の向かって右上の屋根と、隣の建物(庫裏でしょうか?)の一部。

この屋根は、直前のショットでは右端に(反対側から)写っていますし、上掲画像でも一番下の右端にかろうじて入っています。

終点

映画の時点では、新尾道大橋はもちろん、尾道大橋もまだありません。

ラスト空撮

畑で働く2人からぐーんとバックしていき、ここではじめて島の全貌が空撮で捉えられます。
まるで『惑星ソラリス』( ̄-  ̄ )

空撮はほぼ南側から。
家は頂上の東側、すこしくぼんだところにあり、畑は西側の斜面、船着き場は南東側にあることがわかります。

Wikipediaによると制作費はわずか500万円とのことですが、その中でよくヘリをチャーターできたものだと思います。

記念碑(参考)

山頂にはパネルを輪のように並べた映画の記念碑があり、空撮画像でも確認できます。

ロケ地マップ

資料

更新履歴

  • 2020/10/04 新規アップ

References

References
1 毎日映画コンクール男優主演賞を受賞していますので、たぶん主役と言っていいはず……。
2 Wikipediaによれば500万円
3 執筆現在Wikipediaでは「2011年に、同作のファンであるハリウッド俳優のベニチオ・デル・トロが島を訪問した。」とありますが、2012年の誤り。
来日は2012年5月9日夜。宿禰島や佐木島訪問は翌10日、平和記念公園は11日。監督が亡くなったのは「百年の軌跡」終了直後の5月29日。
4 みはら情景 映画館1  みはら情景 映画館2

コメント

  1. 赤松 幸吉 より:

    日本が世界に誇っていい究極の傑作、you tubeで無料で外国版(The naked island)が鑑賞できますので、是非、(未見の)皆さんにはこの感動作を見てもらいたい。
    今回も「居ながら」さんの丹念なロケ地探訪記事に映画同様に感動しました。

    ロケ地となった「宿禰島(すくねじま)」は一昔前所有権の関係から競売(300万円程度で)に出されたことがありました。
    小生も是非ともこの島を自分のものにしたくて、配偶者に島の買収について話をしたところ、いきなり怒鳴り散らされました(大泣)。

    尾道の海沿いの旅館「竹村家本館」や近くの「料亭旅館 魚信」(ここも数々の映画ロケで有名)には実際に行ったことがあります。

    この魚売りのシーンはすべて尾道だと思っていたら、「映画館」は三原市だったのですね。

    さて、この映画は「全編セリフなし」とされていますが、実は、ひと言ふたことセリフを
    乙羽信子が喋っているシーンがあるのです。

    それは、秋(夏)祭りの向かい島へ渡る小舟の上で、浴衣を着た乙羽が「今夜は蒸すね」とか、殿山がそれに何かを答えています。

    この記事を読んで、これがどこにあるのか、チェックしようとyoutubeで1時間35分版と1時間36分版を何度も朝から見ていますが、発見できません。

    ずっと以前小生のビデオで見たとき、はっきりとこのシーンを覚えています。
    残念ながら、このビデオは現在行方不明で確認のしようがありません。

    「全編セリフなし」がキャッチフレーズなため、現在入手できるDVD(1時間35分)などではこのセリフのあるシーンをあえてカットしたのではないでしょうか。

    資料を見るとオリジナルは1時間38分となっており、2分間がカットされているのではないかと思います。

    誰か、教えて。

  2. 居ながらシネマ より:

    赤松幸吉さん、コメントありがとうございます。
    もうちょっとで島のオーナーになれたのですね。でも実行に移していたら、怒鳴られただけでは到底すむはずもなく、追い出されて宿禰島へ島流しとなっていたと思います。

    実はセリフがあったというのは驚きですね。
    確かにDVDでは浴衣を着た乙羽さんのカットはありますが、秋祭りの帰りという感じですね。失われた2分間、気になります。

    そういえば本文で私、殿山泰司さんの声が聞かれないのが残念とか書いちゃいましたが、自分でツッコンでしまいますと、子供を海へ放り込む場面で「ほ~~ら」とか声を出していました。

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