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『完全なるチェックメイト』 Pawn Sacrifice (2014)

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ボビーは変人だがあなたより理解している
これは戦争だ

作品メモ

ひとつ前のエントリー『ボビー・フィッシャーを探して』のオープニングは、1972年にアイスランドで開かれた世界選手権フィッシャー対スパスキー戦の記録映像でしたが、こちらは同じ戦いをクライマックスにもってきた、ボビー・フィッシャーの伝記映画。

フィッシャーを演じたのはトビー・マグワイアで、製作にも名を連ねています。
自分の勝手なイメージですとフィッシャーは面長なので、たとえばベネディクト・カンバーバッチだったらもっと似てたかも? などと思いましたが、『イミテーション・ゲーム』も2014年なので、同じ年に天才2本立ては無理というものでした。

それはともかくトビー・マグワイアは、いつも感情をぶちまけ、周囲の迷惑も顧みずわがままし放題、奇行や放言も何でもござれのキャラを大熱演。
見る前からある程度想像がつきますが、どうしてもこういった天才型の人物を描くとなると、頭抜けた能力とセットで持ち合わせてしまった特異な側面をも描くことになり、フィッシャーの場合特に個性的なので、『ボビー・フィッシャーを探して』のほのぼの路線とはだいぶ異なったテイストになってしまっています。
同じ子供時代からの成長物語としてみても、まるきりフィクションの『クイーンズ・ギャンビット』では物語や脇役を自在に組み立てて見る者の気持ちを自然に盛り上げていくことができますが、実話がベースとなると実像やエピソードを大きく作り替えるわけにはいかず、なかなか難しいものがあったりします。
こうなると感情移入がしづらくなり、スパスキーとの戦いも素直に盛り上がれないしカタルシスも得られない……という観客も多そう。

個人的には、フィッシャーが日本にいたとき住んでいたと言われる町が、実は自分にとってなじみのあるあたりでしたので、もしかすると街角ですれ違っていたかもしれない……と思うと結構親近感がある人物だったりします。
それを知ったのはこちら↓の本。

フランク・ブレイディー『完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯』。
著者はこの映画でSpecial Thanksにクレジットされています。
映画の邦題からして、翻訳本のタイトルと重なりますね。

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出演は他に……
宿敵である世界チャンピオン、ソ連のボリス・スパスキーにリーヴ・シュレイバー。サングラスで登場すると、まるきりレイ・ドノヴァン♪ あるいはたった今抗争相手のタマとってきたロシアン・マの人とか 😅

チェスの名手で神父でもあるビル・ロンバーディーにピーター・サースガード。セコンドとして付きそう他、フィッシャーの神経が高ぶってしまったとき、目隠しチェスで気持ちを鎮めるというなかなか大変な役目を担っています。
代理人を無償で買って出た弁護士ポール・マーシャルにマイケル・スタールバーグ。
姉ジョーン・フィッシャーにリリー・レーブ。
と、このあたりはすべて実在の人物。

他に、冒頭日本人アナウンサーとして野村祐人さんが出演(クレジットではEugene Nomura)。英語がペラペラだったと思いますが、あくまで日本語でニュースを読み上げています。

監督エドワード・ズウィック、撮影ブラッドフォード・ヤング、音楽ジェームズ・ニュートン・ハワード。

ロケ地

IMDbでは、

Montréal, Québec, Canada
Claude-Champagne Hall, Université de Montréal, Québec, Canada (Laugardalshöll arena, Reykjavík, Iceland)
Reykjavík, Iceland
Saint-Louis Square, Montréal, Québec, Canada (Washington Square)
Iceland
Canada
Los Angeles, California, USA
USA

例によって、IMDbのリストとウェブマップを頼りに画面とにらめっこでチェックしています。
間違えていたらごめんなさい。誤りのご指摘大歓迎です。

タイトルバック

“PAWN SACRIFICE”とタイトルが出るショット。[1]1:22頃も再登場します。
背景の山が特徴的でしたので、画像から見つけることができました。
アイスランド西部に突き出ているスナイフェルス半島のこちら↓

Kirkjufell(カークワフェル)W

車が通過するのは、山の西側、こちら↓の大きなカーブのところ。

逆さKirkjufell ↓

いかにもアイスランドらしい絶景ですね。

ホテル

上記に続き、ホテル外観がインサート。後ほど(1:07,1:22)車がやってくるショットも描かれます。
これが、アイスランドでの宿という設定。
上記から10数km東へ行ったGrundarfjörður(グルンダルフィヨルズル)と言う町の近くで見つけました。
マップではホテル名がマークされていますが、営業しているかどうかは不明。

SKJOLSTEINAR HOTEL
Kverna, Grundarfjordur, Iceland, 350

映画では人里離れた感が強いですが、実際にはすぐ近くにもう少し大きい建物があり、写らないようにうまくカメラを動かしているようです。
室内はおそらく別の場所かスタジオ。

街頭チェス

0:12, 0:19

『ボビー・フィッシャーを探して』同様ワシントン・スクエア・パークという設定ですが、実際の撮影はモントリオール。

Saint-Louis SquareW, Montréal, Québec, Canada (Washington Square)

かつてワシントン・スクエア・パークに見られた腰高の湾曲した壁を撮影用にわざわざ用意したようですね。

チェス・オリンピアード

0:14
1962年9月15日ブルガリアのヴァルナ
会場の入口前が写りますが、撮影場所は不明。

サンタモニカのホテル

0:26
手がかりが多いので、粘ればわかるかもしれません。

0:43頃ロンバーディーがマーシャルに語ったチェス選手は↓

ポール・モーフィーW

砂浜

0:45
1966年、スパスキーに敗れた翌日、海岸でスパスキーを見つけて怒鳴るところ。

これは実際にサンタモニカで撮影されているように見えます。
おおよそのカメラ位置↓

背景の桟橋はサンタモニカ・ピア。
これまでのエントリーでは、『サンセット物語』『ミラクル・マイル』『スティング』など。

空港

0:58
フィッシャーがやってきた空港。
契約をごねてマスコミに怒り、搭乗をドタキャン。

スパスキーもソ連の空港を発ちます。

どちらも撮影場所は不明。

試合会場

1:09
1972年7月11日。

Claude-Champagne Hall, Université de Montréal, Québec, Canada (Laugardalshöll arena, Reykjavík, Iceland)

玄関、ホール内部、階段など、一通りこちらですね。

エンドゲーム(参考)

2004年7月、成田空港でパスポートの無効を理由に拘束されたというニュースは、フィッシャーの名前を久々に聞き、しかも日本にいたということで、驚きをもって受け止められたことと思います。
実際には2000年に日本へ招待されて以来、3ヶ月の滞在期限が迫るとフィリピンへ行き、再び日本へ戻ってくる生活を続けていたようです。
2005年3月23日[2]フランク・ブレディー『完全なるチェス』に拠る。Wikipediaでは24日、釈放されたフィッシャーは受け入れ先のアイスランドに向かって成田を出発。残りの人生を彼の地で過ごすと、2008年1月17日に64歳で生涯を閉じ、今では小さな教会の墓地で静かに眠っています。

お墓についてはWikipediaに教会名も載っていることですし、Google Mapsにも”Grave of Bobby Fischer”とマークされていますので、書いても大丈夫そうですね。

地名としては、レイキャビックの東50km、 SelfossWという町のすぐ近くのこちら↓

LaugardælirW

教会の敷地に入ってすぐ左側、柵の手前にあるようです。

ロケ地マップ

資料

更新履歴

  • 2021/01/19 新規アップ

References

References
1 1:22頃も再登場します。
2 フランク・ブレディー『完全なるチェス』に拠る。Wikipediaでは24日

コメント

  1. Bill McCreary より:

    どうも、この映画を取り上げてくださってありがとうございます。『ボビー・フィッシャーを探して』が記事にされていたので、この映画も取り上げていただければと期待をしていました。今回は、感想のコメントということで。

    >どうしてもこういった天才型の人物を描くとなると、頭抜けた能力とセットで持ち合わせてしまった特異な側面をも描くことになり、フィッシャーの場合特に個性的なので、『ボビー・フィッシャーを探して』のほのぼの路線とはだいぶ異なったテイストになってしまっています。

    フィッシャーというと、どうしても「天才」「天才となんとかは紙一重」「後半生は、なんとかのほうがひどくなった」というイメージが強いですよね。日本では、少なくともある時期までは、ボビー・フィッシャーというと、『ボビー・フィッシャーを探して』の人というイメージが強かったのでしょうね。私も彼が、成田で身柄拘束をされたというニュースを聞いたときは、え、彼日本にいたのとけっこう本気で驚きました。でもブレイディーの本によると、アイスランドですら、やっぱりなじめなかったみたいで、たぶん彼は、何らかの精神障害、発達障害があったのでしょうが、そういう点では彼も生きていくのが大変な人間だったのだなと思います。

    私は、スパスキーとフィッシャーのレイキャヴィクでの対決は知っていましたが、チェスの試合ですら米ソ冷戦の代理戦争の性質があったというのも、時代が違うとはいえ今とはあまりに違いすぎますよね。

    >『ボビー・フィッシャーを探して』同様ワシントン・スクエア・パークという設定ですが、実際の撮影はモントリオール。

    過去のニューヨークの撮影を、モントリオールで代替するというのはわりとありますね。フランス語圏の権化みたいな街が昔のニューヨークに模されるというのは、やはり経済発展が不十分だから昔の姿が保たれるということなのでしょうね。映画『ブルックリン』もモントリオールで撮影しています。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

    >2005年3月23日、釈放されたフィッシャーは受け入れ先のアイスランドに向かって成田を出発。残りの人生を彼の地で過ごすと、2008年1月17日に64歳で生涯を閉じ、今では小さな教会の墓地で静かに眠っています。

    フィッシャーはユダヤ人だったわけですが、けっきょくユダヤ教を捨てて、反ホロコーストの人物にまでなってしまったわけで、だから教会に葬られているわけですが、彼の場合それに限らずあらゆる人間と悪い関係になってしまった感があり、ご当人の意思ですから仕方ないですが、やっぱり「どうもなあ」ではありますね。

  2. 居ながらシネマ より:

    Bill McCrearyさん、コメントありがとうございます。
    実話系の天才もの?で言えば『ビューティフル・マインド』や『シャイン』みたいに、まずい方向へ行きかけてもパートナーがいて支えたり包み込んだりしてくれればまた観る方も救われるわけですが、『完全なる~』では遊ぶ相手はいたにせよ、あとはオヤジ2人が密着しているだけで、これだとこちらまでまでささくれだってきますよね(汗)

    代理戦争はフィッシャーも大変だったでしょうけど、スパスキーももしかすると輪をかけてストレスフルであったかもしれませんね。きっとキッシンジャーに相当する人物にハッパかけられたことでしょうから負けるわけにはいきませんし、四六時中監視はついていたでしょうし、結局何年後かには亡命だかなんだかは知りませんが国外へ出て行ってしまったわけで、それはそれで波瀾万丈な生涯であったかと思います。スパスキーの伝記映画とかあったらそれも観てみたいですね。

    モントリオールの撮影場面は、公園の周辺の建物が皆独特の意匠で、思わずSVでぐるぐる見て回ってしまいました。

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