目次
- 1 作品メモ
- 2 ロケ地
- 2.1 OPの静止画(13/3/9追記)
- 2.2 カフェ
- 2.3 杖を買ったところ
- 2.4 港町
- 2.5 マルジュがヨットから降りてしまう港
- 2.6 ホテル・パラディーゾ(13/2/26追記)
- 2.7 カメラ店
- 2.8 薬局(※18/7/21追加)
- 2.9 エクセルシオール
- 2.10 マルジュの部屋からの眺め(13/3/10追記)
- 2.11 ナポリの海辺の路
- 2.12 カフェと魚市場(13/2/26追記)
- 2.13 アパート
- 2.14 逃げる屋上(13/3/10追記)
- 2.15 車でやってきたところ(13/2/26追記)
- 2.16 レストラン(※18/7/25追記)
- 2.17 噴水のある小広場
- 2.18 飛び降りて逃げる建物(※18/7/21追加)
- 2.19 祭り(13/3/24追記、13/10/19詳細追記)
- 2.20 馬車(13/3/9追記)
- 2.21 ヨットが上げられた港(13/3/9追記)
- 2.22 ラストの浜辺
- 3 ロケ地マップ
- 4 未解決箇所
- 5 資料
- 6 更新履歴
作品メモ
『太陽はひとりぼっち』に続いてムービープラスでHV放送(2009年3月)。
さすがにフィルムの状態は年代を感じさせますが、手持ちのDVDよりは解像度感があったのでそのまま保存。
物語については今さらという気もしますので割愛します。詳しくは資料に示した映画サイトをどうぞ。
配役は、
トム・リプレー Tom Ripley 役 アラン・ドロン Alain Delon
マルジュ Marge 役 マリー・ラフォレ Marie Laforet
フィリップ Philippe 役 モーリス・ロネ Maurice Ronet
原作はパトリシア・ハイスミス Patricia Highsmith の”The Talented Mr. Ripley” で、リプリー・シリーズの1作目。
翻訳本は映画に合わせて『太陽がいっぱい』→『リプリー』とタイトルが変わっています。
というわけで『リプリー』もおなじ原作です。
内容的にはむしろ正当な映画化は『リプリー』の方かもしれません。
ボーンのようにマット・デイモン主演でシリーズ化してしまうというのはどうでしょう? 😉
『リプリー』についてもロケ地を調べましたので、よろしかったらこちらもあわせてどうぞ。
→ 『リプリー』
実は恥ずかしながらヴィム・ヴェンダース監督の『アメリカの友人』によって初めて、『太陽がいっぱい』の原作がシリーズものであることを知りました。
といいますか、原作があることすら知らなかったかも。
リプリー・シリーズの原作と映画については自分でもよく混乱するので別に項目を設けて整理してみました。
→ リプリー・シリーズ
ロケ地
IMDbでは
Ischia Island, Naples, Campania, Italy
Procida Island, Naples, Campania, Italy
Rome, Lazio, Italy
※18/11/5追記
上記はこのエントリーを最初にアップした時の記載ですが、現在(2018年11月)では以下のように増えていました。
Maronti Beach, Sant’Angelo, Ischia Island, Naples, Campania, Italy (last scene, Ripley sunbathing on the beach)
Via Savoia, Rome, Lazio, Italy (rented house)
Harbor, Ischia Island, Naples, Campania, Italy
Ischia Ponte, Ischia Island, Naples, Campania, Italy (as Mongibello)
Palazzo d’Ambro, Ischia Island, Naples, Campania, Italy
Piazza della Rotonda, Rome, Lazio, Italy (Ripley and Greenleaf in Rome)
Ischia Island, Naples, Campania, Italy
Procida Island, Naples, Campania, Italy (boat approaching the port)
Rome, Lazio, Italy
OPの静止画(13/3/9追記)
次々オーバーラップする静止画。
有名どころが並んでいますが、念のためチェックしてみました。
そうしたら、意外な発見が??
1枚目
ヴァチカンのサン・ピエトロ寺院であることはすぐにわかりますが、アングルがわからず悩んでしまいました。
この写真、裏焼きですね 😉
カメラ位置は聖堂の南東側、向きは北西。
こちら↓の画像のカメラ位置をもっとバックして高いところから撮ったような状態。
それを、わざとなのか何なのかは知りませんが、左右反対にしています。
チェックしなければ気づかなかったので、まあ何事も検証してみるものだと改めて感じた次第。
2枚目
同じくサン・ピエトロ寺院から真東の向き。
3枚目
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂(右側)からコロッセオに至る道。
左側は、ホテル・パラディーゾ前の通り(後述)から見える柱が並んだエリア。
4枚目
コロッセオ。
西側からの眺め。
5枚目
おなじみスペイン広場の階段と、その上の教会。
教会はトリニタ・デイ・モンティ教会というらしいですが、なかなか覚えられません。
カフェ
画集はフラ・アンジェリコ。
「本職はあるのか?」
「ない 君は?」
「ない だが金がある」
※2013/02/26追記
この場面、フレディの連れで画面中央におさまっているのは、当時のアラン・ドロンの恋人ロミー・シュナイダー(クレジットなしのカメオ)。
→ 『恋ひとすじに』
※18/5/19追記
このエントリーを読んでくださったle meilleurさんから、Contactページ経由で情報を寄せていただきました。
昔ご覧になったガイドブックに、Veneto通りのカフェで『太陽がいっぱい』のロケが行われたと書かれていた覚えがおありとのことです。
それと写っている番地をあわせれば、判明するのではないかとのことでした。
マップ上ではだいたいこのあたり↓
もう少し詳しくチェックしますと……
話しながらサインをするアラン・ドロンの右背景に見えるレリーフ↓
画集を持って戻ってくるアラン・ドロンの背後に写る「120」「122」の番地標示↓
ディスプレーは変わっていますが、建物の意匠は映画とほぼ同一。
le meilleurさんは、「ロケ場所になったホテルExcelsiorから近いところ(通りを隔てた向かい側の1ブロック北)ですし、通りの雰囲気も似ていることから、ここではないかと思います」ともお書きになっていますが、お見事、こちらで正解でした 🙂
杖を買ったところ
カメラが右にパンすると”RISTORANTE DAL BOLOGNESE”というレストランのネオンが見えてきます。
場所はローマのポポロ広場(Piazza del popolo)。
RISTORANTE DAL BOLOGNESE
Piazza del popolo, 1, 00187 – Roma (RM)
対のような建物の前を東側から西側へ歩いていきます。
(※15/8/14 画像差し替え)
港町
設定ではモンジベロ Mongibello というところ。架空の地名です。
IMDbではロケ地として島が2ヶ所書かれてありますが(Ischia とProcida)、ふたりがボートで戻ってくるのはイスキア島の方。
Ischia Island, Naples, Campania, Italy
ボートで戻ってきたり、ヨットを係留しているのは、島の東側、Ischia Ponteといわれるあたりです。
(※15/3/14 Google Mapsをストリートビューへのリンクに変更、Live Search Maps削除、Wikimapia追加)
マップ中央に桟橋が見えますが、あとの場面でヨットを停めていたのがこの先端西側です。
ボートを引き上げるのはおそらく根本の西側あたりだと思いますが、背景に映っていた別の小さい桟橋は現在はもうなくなっているようです。
※15/8/14追記
この短い方の桟橋は、『スカンポロ』(58)では確認できますが、『クレオパトラ』(63)では見当たりません。
(セットではなく)実在はしたものの、『クレオパトラ』の撮影前にはすでに無くなっていたことになります。(追記ここまで)
右の画像はWikipediaより
(※15/8/14 画像をPicasaウェブアルバムに切替)
ボートで戻ってくる場面のアングルに近いですが、カメラはこの桟橋の上にあったことがわかります。
桟橋の根本のあたりは広場になっています。
『リプリー』で、マット・デイモン演じるリプリーが(モンジベロにやってきたという設定で)バスを降りるのがやはりこの場所です。
オマージュでしょうか。 → 『リプリー』
※13/3/2追記
コメントを寄せてくださった赤松さんから画像を提供していただきました。
(どうもありがとうございます♪)
※13/3/9追記&修正
撮影は30年前とのことです。
これらの画像はどれも大きい方の桟橋で、小さい方の桟橋はすでになくなっていたとのことです。
(※15/8/14 画像をPicasaウェブアルバムに切替)
(※18/5/25 お写真の撮影は正確には1984年3月とのことでした。各画像の©に「1984」を追加させていただきました)
「モンジベロ」の街角
WikiMedia Commonsに映画に登場した街角の写真がありました。
パブリックドメインのものを以下再掲します。
(※15/8/14 画像をPicasaウェブアルバムに切替)
リプレーがフィリップの父親からの手紙を持って駈け降りるところ。
マルジュの家
バス乗り場
※2013/02/26追記
コメント欄で赤松さんから詳細に情報寄せていただきました(ありがとうございます♪)。
ルネ・クレマン監督からロケ地マップを送っていただいたというすごい内容です 🙂
マルジュの家については、コメント欄をぜひご覧ください。
その他の、手紙を持って駈け降りる階段とバス乗り場は、港から伸びているVia Luigi Mazzella(ルイージ・マッゼッラ通り)にあります。
現在ストリートビューが使えますので、それで具体的な場所を確認できました。
階段(0:17頃)は、通りの港側すぐ右の建物。
バス乗り場(0:52頃)はその100m先、教会の手前。後ろに見える階段は教会のもの↓。
赤松さんの画像
※13/3/2追記
こちらもコメントを寄せてくださった赤松さんから画像を提供していただきました。
(どうもありがとうございます♪)
撮影は30年以上前とのことです。
(※15/8/14 画像をPicasaウェブアルバムに切替)
こちらの画像は、そこの住人の方に許可を取って撮影したものとのことです。
現在の状況はわかりませんが、おそらく一般の住宅と思われますので、これからいらっしゃる場合はくれぐれもそのあたりのことにご配慮をお願い致します。
監督直伝?のロケ地マップ。
こちらから地図を送り、書き込んでいただいたとのことです。
いつもは画像の長辺を640ドットにしていますが、これについては文字がつぶれないように960ドットにしていますので、ご注意ください。
こちらは、当時『キネマ旬報』に寄せられた文章。
14歳の太陽がいっぱいさんの画像
※18/4/10追記
現地にご旅行中の14歳の太陽がいっぱいさんから、撮影したての画像を送っていただきました(コメント 2018年4月10日 23:37参照)。
どうもありがとうございました♪
マルジュの家。
その中。
その前の教会。
※18/5/3追記
14歳の太陽がいっぱいさんから、他にも画像と動画を提供していただきました(コメント 2018年5月2日 20:47参照)。
マルジュの家の一階は、現在雑貨屋さんになっているとのことです。
こちら↓は動画。Googleフォトにアップしたものを埋め込んでいます。
銀行
※18/5/19項目追加
0:18頃
こちらもこのエントリーを読んでくださったle meilleurさんからContactページ経由で情報を寄せていただきました。
手紙を受け取った後、二人でやってくる銀行の前の通りはこちら↓でした。
この場所は、最後の方の「祭り」の場面で、「突き当たり」と「聖母像」のショットでも写っていますので、ここで正解間違いなし♪
情報ありがとうございました。
バレエ団の稽古場(※18/11/5項目追加)
0:11、1:43
時折Contactページ経由でご連絡をいただいているle meilleurさんから、バレエ団の稽古場についてヒントとなる情報を寄せていただきました。
IMDbのFilming Locationsにある「Palazzo d’Ambro, Ischia Island, Naples, Campania, Italy」がもしかしたらそれではないかとのことです。
le meilleurさんに拠ると、Palazzo d’Ambroでは見つからず、Palazzo D’Ambraではないかとのこと(フランス語版Wikipedia WではPalazzo D’Ambraと記載)。
Palazzo D’Ambraは、Ischia Portoのフェリーターミナルの隣にあるこちら↓ GoogleマップでComando Polizia Municipale Ischiaと表示されている建物。
- Google Maps(SV)
- WikiMapia
- 40.745077,13.937745
le meilleurさんがお調べになったところ、「この建物の解説記事が見つかりましたが、それによると、19世紀からあるもので、1854年にFerdinando王によって開港の祝賀の会場としてこの建物が使われたこと、1904年にワイン商人D’Ambraによって購入されたこと、1956年には住居等として使われていた棟の隣に工場棟が増築されたことなどが書かれていました。」とのことです。
le meilleurさんは、「Palazzoという名称や解説記事の内容からすると、それなりに豪華な部屋がある可能性があると思われますので、ここがバレー団の練習シーンのロケ場所ではないでしょうか」と推測されています。
あとは内部(できれば数十年前のもの)の画像があれば判明しますので引き続き調査中とさせていただきますが、私もこれが正解ではないかという気がしています。
濃いめの調査とご報告、ありがとうございました♪
なお、以上は建物内部の話で、出入口はこちら↓ (「噴水のある小広場」参照)
マルジェの家(入口と階段)
※19/9/4項目追加
0:13(階段)
0:46 1:32 1:36 1:42 1:46 1:51 1:52(入口)
こちらについては、すでにコメント欄(2013年2月24日 14:34)で赤松幸吉さんから情報を提供していただいていましたが、一般の住まいだと問題あるかと思い、項目は立てずマップでも明示しませんでした。
このたびle meilleurさんからメールで、現在この建物(のおそらく一部)が宿泊施設になっていて、そのウェブサイトでは入口や階段部分も画像がアップされているという情報を寄せていただきました。
そのため拙ページで書いても大丈夫だろうと判断することにしました。
入口と階段部分の建物は、赤松さんがお書きになった様に、「ストラドーネ通り」(Via Stradone)で、ここは最近SVが使えるようになりました。
- Google Maps(SV)
- 40.733295, 13.957976
施設のウェブサイトはこちら↓
Exclusive Home Ischia
https://www.exclusivehomeischia.it/
トップページが表示されたら、1ページ分スクロールし、部屋の画像の右下の”VIEWE MORE”をクリック。遷移に時間がかかるようですが、しばらくすると画像がカルーセル表示されます。大きな画像の右側の「>」をクリックして、どんどん進めてください。
下の画像一覧で右端が入口の画像で、その左隣が階段の画像となっています。
例えば、階段の画像は「赤松さんの画像」の4枚目と同一ですね。
施設の詳細は不明ですので、ご利用の際は自己責任でお願いします。
マルジュがヨットから降りてしまう港
0:37。
もうひとつの島、プロチダ島です。
Procida Island, Naples, Campania, Italy
ヨットが寄港したのは北東側の港。
『リプリー』はこの島でも撮影しています。
他に『イル・ポスティーノ』など。
ホテル・パラディーゾ(13/2/26追記)
0:52頃、バス乗り場の場面の直後。
ローマでリプレーの名前で泊まったところ。
“ALBERGO PARADISO”と看板にあります。
通りの突き当りの景色から場所がわかりました。
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂やトラヤヌスの市場の東側。
あくまでホテルの前の通りという意味で示しますと、こちら。
使われたのは外観だけだと思います。
一般の住宅かもしれませんので、万が一現地にいらっしゃるときは建物の中に入ったりのぞき込んだりしないよう、プライバシーにご配慮を。
カメラ店
0:53。
プロジェクタを買ったお店。
ローマのパンテオンに向かって左手のあたりです。
この時のスーツ姿のなんと格好良いことよ。
※13/3/9追記
こちらも赤松さんから画像を提供していただきました。
(※15/8/14 画像をPicasaウェブアルバムに切替)
薬局(※18/7/21追加)
このエントリーを読んでくださったle meilleurさんからContact欄経由で情報を寄せていただきました。
カメラ店の次のカットで別の店から出てきて薬局へ向かいますが、パンテオンの南東200mほどのこちらの通り。
Via del Piè di Marmo
- Google Maps(SV) ……出てきた店
- WikiMapia
- Google Maps(SV) ……薬局
- WikiMapia
薬局前の赤いポストは今でも確認できますね 🙂
エクセルシオール
フィリップになりすまして泊まったところ。
画面で玄関先とプレートが映っていますが、撮影場所はここでしょう。
The Westin Excelsior
Via Vittorio Veneto, 125 – 00187 Rome
マルジュの部屋からの眺め(13/3/10追記)
0:59頃。
美しい眺めの白いバルコニー。
小さな灯台らしきものが見えますが、Porto d’Ischiaの港入口にあるもののようです。
眺めをストリートビューで再現すると、こういった感じ。
眺めの場所を特定すると自動的に建物も特定できてしまうわけでし、実際今でも建っていることが確認できるのですが、個人宅のようですので、万が一現地にいらっしゃる時はくれぐれもご配慮をお願いします。
ナポリの海辺の路
リプリーとマルジュはこのあたりを南に向かって歩いています。
※13/2/26追記
その後道路を横断するのはこちら。
マルジュが入っていったのは現在のBANCO DI NAPOLI。 その前のセリフ通り、小切手をお金に換えたということでしょうか。
カフェと魚市場(13/2/26追記)
マルジュがフィリップに手紙を書くカフェ。
背景の建物から場所がわかりました。
そそり立つ壁は、Porta CapuanaWで、カフェはその東側。
教会は城門の西側にあるChiesa di Santa Caterina a FormielloW
リプリーがカフェを離れ市場の方へ歩いてくる時のアングルはこういった感じ↓。
したがって、お店が並んでいたのは、カフェの南側の現在並木がある広場、特に城門の向かいあたりではないかと思われます。
店を眺めるリプリーを正面から捉えたショットの背景に写っているのはこのあたり。
秤を写した短いショット(の背景)。
※13/10/18追記
マップで補助線を引いてみました。
魚市場(お店が並んでいるところ)があったと推定される場所を赤い四角で示してみました。
また、アラン・ドロンがカフェからこちらに向って歩いてくるショットから始まる3つのショットのカメラ位置と向きを推定して、青い矢印で示してみました(ここらへんを根拠に魚市場の場所を特定しています)。
※13/10/19追記
参考画像となりますが、赤松さんからこの付近にある別の城門前の画像を提供していただきました。どうもありがとうございます♪
やはり同じように城門周辺にお店が並んでいますね。
当時の雰囲気を伝えるとても貴重な画像ですので、掲載させていただきました。
門の左側。
以下すべて赤松さんの他の画像同様、35年ほど前(1978年頃?)に撮影されたものです。
正面。
Porta Nolana(ノラーナ門)というようですね。
映画に登場したPorta Capuanaから南南東へ500mほどのところにあります。
右側。
ご参考までに位置をロケ地マップにも載せておきました。
紫色のカメラマークです。
この写真は城門前から南東向きに撮られていますね。
※18/5/3追記
14歳の太陽がいっぱいさんから、画像を提供していただきました(コメント 2018年5月2日 20:47参照)。
ありがとうございました♪
アパート
台詞では「サボイア通り90」
※13/2/26追記
こちらもコメント欄で情報寄せていただきました。
なんとそのまま実在するそうです(ぜひコメント欄をご覧ください♪)。
確かにVia Savoiaにあることを確認できました。
建物そのものはマップでは示しませんが、窓からの眺めで子供たちが遊んでいたのはこちら。
※13/3/9追記
赤松さんから追加情報寄せていただきましたが、原作では「サボイア通り」ではなく、「ピンチオ門に近いインペルアール通りのアパート」となっているそうです。
逃げる屋上(13/3/10追記)
上記アパートの建物とは別の場所。
逃げた屋上
1:19頃。
登り切ったときに背景にクイリナーレ宮殿(Palazzo del Quirinale)が見え、その直後のショットで正面にサン・ピエトロ寺院が見えます。
それぞれのアングルから逆算して場所が特定できました。
一般の建物でしょうから大ざっぱに場所を示しますと、スペイン広場の階段のすぐそば、このあたりで、今でも緑が多い屋上を確認できます。
登り切ったときのカメラは東南向き。
サン・ピエトロ寺院が見えるショットは西向き。
またいだ屋上
中庭から見上げたショット。
これは上記アパートの近くで、建物や窓の構成が同じ場所を見つけました。おそらくそちらではないかと思われます。
大ざっぱにこのあたり。
車でやってきたところ(13/2/26追記)
1000万リラおろす前のショット。
テルミニ駅。
レストラン(※18/7/25追記)
1:29頃、モルグの後で一行がぞろぞろ入っていった店。
場所は調査中ですが、赤松幸吉さんから寄せていただいたコメントによれば、この時のボーイがルネ・クレマン監督とのことです♪(コメント2018年7月22日09:38)。
こちら↑は赤松さんご提供によるフランスの映画雑誌の画像ですが、ノン・クレジットで一番下にルネ・クレマンと出ています。
役名が Le serveur maladroit (不器用なボーイ)♪
※18/8/2追記
コメント欄でいつまでも17歳さんから情報を寄せていただきました(2018年8月2日 14:51)。
モルグを出た一行がやってくる通りは、Via di Grotta Pinta
※18/11/5追記
時折Contactページ経由でご連絡をいただいているle meilleurさんから、レストランの場所について情報を寄せていただきました。
レストランは、上掲の通りをそのまま進んだところにあるはずで(背景の建物やクルマが一致)、Via di Grotta Pinta沿いのこのあたりとなるはずですが……
現在Cappella Orsiniというお店が入っている建物や、もう少し下がってオペラハウスTeatro Dei Satiriの入っている(湾曲した)建物であるとすると、位置関係や入口の数、形状に無理があります。
また撮影当時にこの位置に別の建物があったというのも疑問が多く、以上を考えると、le meilleurさんは、ここの空きスペースに作られたセットである可能性があるのではないか、と推測されています。
私も上掲追記をした際に、駐車場の白線や石畳の並び方、マダムの向きや歩数など(笑)かなりチェックしたつもりでしたが、なにより映画のフレームから推測されるカメラ位置が、現在建っている建物とは結びつかず、結論が出ないままでした。
le meilleurさんのご指摘のように、撮影用のセットであるならばスッキリしますね。
まったくもって目からウロコで、スッキリしました。ありがとうございます♪
引き続き調査中とさせていただきますが、これは現場セットのスチル画像でもあれば一気に解明しそうですね。
噴水のある小広場
※18/5/19項目追加
1:35
オブライエンが騒いだり、マルジェがやってきた夜の広場。
このエントリーを読んでくださったle meilleurさんからContact欄経由で情報を寄せていただきました。
これは後の方の「馬車」と同じところでした。
「馬車」の場面は昼間なので、奥にある噴水がはっきり見えていました。
SVでは噴水自体はだいぶ変わってしまったため気づきませんでしたが、周囲の建物の造作等は今でも確認できます。
※18/5/20追記
赤松さんから、訪問された当時の噴水の画像を提供していただきました。
ちょうどこの↓アングルですね。
映画よりは現在の形に近いようですので、おそらく赤松さんが訪問される前にリフォームされたものと思われます。
ついでに、オブライエンがよろけていた扉(=バレエ団の稽古場の扉)はこちら↓
飛び降りて逃げる建物(※18/7/21追加)
このエントリーを読んでくださったle meilleurさんからContact欄経由で情報を寄せていただきました。
1:37頃、マルジェの住まいがある建物から飛び降りて去って行く場面は、実際にその建物の裏手のようです。
- Google Maps
- WikiMapia
- Google Maps(SV) ……※19/9/4追記
祭り(13/3/24追記、13/10/19詳細追記)
1:41頃から。
カット毎に見ていきます。
桟橋
ボートでやってきたのはいつもの桟橋。
「ミラマールへ頼む」と言いますが、”HOTEL MIRAMARE BAR”という幌が桟橋の目の前にあり、マルジュが郵便配達夫に呼び止められる場面(0:50)ではっきり写っています。
花火と絶壁
イスキアのアラゴン城(桟橋側から)。
リプリーが画面左を向くとアラゴン城のショットとなりますが、実際には画面右側にあります。 “HOTEL MIRAMARE BAR”の看板もイスキアの桟橋そば。
桟橋前の広場
画面左側にある”HOTEL MIRAMARE BAR”の前を通り過ぎるリプリー。
街路
電飾が施された広い道。正面に高い建物。
これは上記とほぼ同じ位置、Via Lougi Mazzellaの入口付近から通りの奥の方を見ている構図(西向き)。
突き当り
像や行列が左折するところ。正面は細い路地。
これはVia Lougi Mazzella入口から100mほどのところのジグザグとなった曲がり角(カメラ東向き)。
正面の建物はミュージアムのようですね。
Musio del Mare
http://www.museodelmareischia.it/home.htm
聖母像
リプリーの背中
像や行列がやってくる街路を流れに逆らって歩くリプリーの背中。
上記聖母像とほぼ同じ位置。
リプリーのバストショット
流れに逆らって左から右へと歩くリプリーのバストショット。
右にパンした時、教会の入口階段が見えています。
風船
リプリーがやってきて、風船を見ながら通り過ぎるところ。
教会を通り過ぎたあたりで、カメラは東向き。
電飾
装飾のアップ。画面左下に尖塔が見えますが、通り過ぎた教会のもの。
無理やりSVで再現すると、こういった感じでしょうか。
ちょうど下記「馬車」のあたりですね。
……というわけで、この場面の一連のショットは、Via Lougi Mazzellaを奥の方(西)に向って歩いているリプリーをそのままつないでいるようで、映画上の編集と実際の地理は一致しています。
馬車(13/3/9追記)
1:52。
2人で海辺へ出かける場面。
背景に見えるのは、バス乗り場の背後に見えていた教会(の反対側)。
画像は赤松さんご提供によるものです。
(※15/8/14 画像をPicasaウェブアルバムに切替)
ヨットが上げられた港(13/3/9追記)
1:53頃。
陸に上がったヨットを正面から捉えたショット。
大きな港に見えますので、イスキア島の桟橋から北西に行ったところにあるPorto d’Ischiaをチェックしてみたところ、そこで正解のようでした。
たとえば、ヨットの背景、中央上に写っている3階建ての建物は、こちら。
これからカメラ位置を推測できるわけですが、実際にはSVの位置からもう少し右寄り。
つまり港の出口の東側の先端、おそらくこのあたりではないかと思われます。
カメラはほぼ真南向き。
以下は赤松さん宛。
送っていただいたスチル写真ですが、厳密に考えるとやはり権利上の観点から掲載は見合わせようと思います。
その代わりといってはなんですが、ストリートビューでできるだけ再現してみました。
ほぼ同じ構図と思いますので、場所はやはりここで正解のようですね。
ラストの浜辺
イスキア島の南側、地形やアングルからみておそらくこのあたりかと思われます。
この横顔の美しさは『リプリー』のジュード・ロウと双璧でしょうか。
そして最後の微笑み。
やはり永遠の名作ですね。
※19/1/17追記
赤い彗星さんから一昨年(2017年)現地を訪問された際の画像を提供していただきました。( → コメント欄 2019年1月14日 18:58 参照)
素敵な解説文も添えていただきました。
どうもありがとうございました♪
—ビーチに立つとどこからか声が聞こえてくる気がした。
「ムッシュ・リプリー、テレフォノ!」
降り注ぐ太陽が眩しすぎる。
太陽がいっぱいだ。
ロケ地マップ
※13/3/4追記
より大きな地図で 太陽がいっぱい を表示
※14/9/24追記
イスキア島で撮影された映画のロケ地マップも作ってみました。
以下の映画をまとめてあります。
未解決箇所
まだ解明できていない場所です。
おわかりになる方、どうぞコメント欄やメール(Contactページ)でご協力ください。
(タイムスタンプはDVDや録画などいろいろソースが違うので、目安程度にお考えください)
資料
更新履歴
- 2019/09/04 「マルジェの家(入口と階段)」項目追加 PicasaウェブアルバムへのリンクをGoogleアルバムアーカイブへ変更 「飛び降りて逃げる建物」SV追記
- 2019/01/17 「ラストの浜辺」に赤い彗星さんの画像をアップ
- 2018/11/05 「ロケ地」「レストラン」追記 「バレエ団の稽古場」項目追加
- 2018/08/02 「レストラン」追記
- 2018/07/25 「レストラン」項目追加
- 2018/07/21 「薬局」「飛び降りて逃げる建物」項目追加。
- 2018/05/24 赤松さんの画像の著作権表示に「1984」を追加。
- 2018/05/20 「噴水のある小広場」に赤松さんの画像を追加。
- 2018/05/19 「カフェ」追記。「銀行」「噴水のある小広場」項目追加。
- 2018/05/03 「「モンジベロ」の街角」、「カフェと魚市場」に14歳の太陽がいっぱいさんの画像を追加。
- 2018/04/10 「「モンジベロ」の街角」に14歳の太陽がいっぱいさんの画像を追加。その他の画像をPicasaウェブアルバムからGoogleアルバムアーカイブへ変更。
- 2015/08/14 「港町」追記。「港町」「カメラ店」「馬車」の画像をPicasaウェブアルバムからのリンクに変更。「杖を買ったところ」画像差し替え。「港町」のストリートビューを埋め込みからリンクへ変更。「イスキア島で撮影された映画のロケ地マップ」を埋め込みに変更。
- 2015/08/09 「イスキア島で撮影された映画のロケ地マップ」を追記
- 2014/09/24 「ロケ地マップ」にイスキア島で撮影された映画のロケ地マップを追加
- 2014/09/16 タグに「ロミー・シュナイダー」追加
- 2013/10/19 「祭り」詳細追記
- 2013/03/24 「祭り」項目追加
- 2013/03/10 「マルジェの部屋からの眺め」、「逃げる屋上」追加
- 2013/03/09 「OPの静止画」、「馬車」、「ヨットが上げられた港」追加。「港町」追記&修正。「「モンジベロ」の街角」「カメラ店」追記。
- 2013/03/02 「港町」、「「モンジベロ」の街角」画像追記
- 2013/02/26 「ホテル・パラディーゾ」、「カフェと魚市場」、「車でやってきたところ」項目追加。「カフェ」、「「モンジベロ」の街角」、「ナポリの海辺の路」、「アパート」追記。
コメント
素晴らしい この情報もとにイスキア島 サンタンッジェロにいってきました
pairさん、いらっしゃいませ。コメントありがとうございます。
実際にいらっしゃたのですか、うらやましい限りです。
ラストの海岸は、ウェブマップで示したあたりで合っていたでしょうか?
拙サイトの情報をもとに現地に行かれた方がいらっしゃるかと思うと、身が引き締まる……どころか冷汗三斗状態になりますが、とにかく何か少しでもお役に立てたのでしたら本当にうれしいです。
素晴らしい情報ありがとうございます。
実は、私は現在ナポリに住んでおり、ロケ地のすぐそばで、何度も2つの島に行っていますが、
細かい場所までは知りませんでした。今度はじっくり探索してみたいと思います。
自分が生まれる前の映画ですが、素晴らしい作品だし、映画もさることながら、今、原作を読んでいます。
ニーノロータの音楽も素敵ですね。
piazzaitaliaさん、いらっしゃいませ。コメントありがとうございます。
ナポリにいらっしゃるのですか。ロケ地のすぐそばって羨ましすぎです。
拙サイトは、世界中のなかなか行けないところをウェブマップで確認してしまえというぐ~たらな方針ですが、やはり現地に足を運んで自分の目で見る方がずっと良いに決まってますものね。
「モンジベロ」はいろいろな撮影場所を組み合わせているようですので、ロケ地も周り甲斐があるかと思います。
次回現地にいらした時はどうぞ存分に楽しまれてくださいね。ついでに、もし拙サイトの間違えに気づかれましたら、ご指摘いだだけると有り難いです。
この映画に憧れて憧れて、30年以上前にイスキア島へ2回ロケ地探しに出かけています。当時はこのロケ地がイスキア島とさえ知られていない頃で、ルネクレマン監督に手紙を書いてロケ地を尋ねさえしました。なんとあの世界的に有名な監督がロケ地の地図を書いて返送してくれたのです。(今でもそれを宝物のように持っています)
「居ながらシネマ」様は実によく調べておられます。私のようにビデオを何百回と見られ、ロケ地を特定されたのでしょう。このロケ地情報に付け加える事としては以下の通りです。
マルジェの家
クレマン監督の地図通りに「ストラドーネ通り」(イスキア・ポンテ)の少し奥まったところにありました。ビデオの画面の玄関・窓の形などで確認しました。inagara様の写真通りです。私も何十枚とこの建物の写真を撮ってきました。勿論、内部撮影ははセットです。
「サボイア通り90」(ローマ)にドロンが最初の殺人を犯すアパートが実際にありました。管理人のおばさんが玄関先に座って何か用事をしているシーンと比較したら、まさしくその建物でした。勿論、内部撮影ははセットです。
それから驚くべき事に、殺人後、ピアノソロが流れる中、ドロンが窓から外を眺める(このシーンだけはこのアパートの中から撮っているようです)と子供たちが遊んでいる通りも近くにありました。道路や後ろの壁などで確認しました。
ラストの浜辺
ご指摘の通りイスキア島の南側、サンジェルノという所で撮影されています。ラストに写る有名な風景は、島のように見えますが、実際は陸続きで岬のようになっています。
inagara様の写真の「バス停」を初めて見ました。このバス停を何度も何度も探したのですが、結局分かりませんでした。多分、イスキアではなくナポリなどで撮ったのだろうと諦めていました。立木で確認できますね。
inagara様が掲載されている場所以外では、ナポリの魚市場、レスロラン(女刑事が尾行するシーン、クレマン自身がボーイ役で出演しています)、などあらゆる所を探索してきましたが、結局分かりませんでした。
とにかく、私ほどこの映画を一番愛している人はいないと自負して、この映画のあらゆる情報を今でも収集しています。
赤松幸吉様
いらっしゃいませ、コメントありがとうございました。
30年前に現地に行かれたこと、ルネ・クレマン監督からロケ地マップの手紙が送られてきたこと。
ただただびっくりです。
(お手紙、「宝物のように」ではなくて宝物そのものですね :smile:)
細かい情報も本当にありがとうございます。
今夜にでも本文の方に手を入れさせていただきます。
とりいそぎ御礼まで。
遅くなりましたが、記事更新しました。
新しく見つけたところもありますので、よろしかったらご覧になってみてください。
inagara様、アップありがとうございます。
2.3港町の桟橋の写真について:当時は比較的大きなコンクリー製(写真では2番目と4番目)と小さな木製(写真では1番目と3番目)の桟橋が、並ぶように海に突き出ていました。
前者は大型ヨット「マルジェ」が接岸されるシーン、後者は小さなボートでトムとフィリップが肩を組んで降りてくるシーンなどに使用されています。
映画での周りのぶどう酒の大きな樽などは映画用のセットで、当日は雨だったせいか、桟橋自体は殺風景でした。
2.3-1「モンジベロ」の街角:マルジェの家の階段は、実際に見たことのある人は少ないと思います。玄関を入るとすぐ正面にこの石造りの階段があります。この階段を二人で駆け上がるシーンまでこの家で撮影されています。階段は手すりなどで確認しました。
私には写真などをアップするコンピュータの知識がなく、inagara様のご好意でこのサイトに掲載させていただいています。他の写真もあるのでいずれアップをお願いする予定です。
赤松さん、送付いただいた画像をとりいそぎアップさせていただきました。報告おくれてすみません。
せっかくなのでロケ地マップも最後に追加しました。
そのままでは小さくて見づらいと思いますので、マップの下の「より大きな地図で 太陽がいっぱい を表示」の「太陽がいっぱい」をクリックして、大きな地図を出してご利用ください。
(ローマ市内のデータも入れてありますので、スクロールしてみてください)
赤松さんがいらしたときは、まだもうひとつの桟橋が残っていたのですね。
映画を見る限り桟橋が2本並んでいるはずなのに、最初にウェブマップでチェックしたときはひとつしか見当たらず、悩んでしまったことがありました。
それからあの階段は実際にあの家で撮られたものなのですね。
貴重なものありがとうございました。
前回のコメントで「2.3港町の桟橋の写真について:当時は比較的大きなコンクリー製(写真では2番目と4番目)と小さな木製(写真では1番目と3番目)の桟橋が、並ぶように海に突き出ていました。」と書きましたが、
これは私の映画のシーンとの記憶違いでした。4枚とも同じ写真(コンクリー製)です。私が訪れた30年前にはすでに木製の桟橋はありませんでした。当時のメモ帳を確認すると、そこには「桟橋が一つ」とちゃんと書いています。申し訳ありませんでした。
inagara様は凄いロケ地マップを作成されましたね。これからじっくりと見せていただきます。(色んな事をひつこく聞くかもしれませんが、その時はよろしくお願いします) 嬉しくて寝られません。
赤松さん、ヨットを揚げた場所がわかりました。送っていただいたスチルの画像がだいぶ役に立ちました。
ここって監督のロケ地マップで斜線が引かれているところですね。
その他の画像は、これでだいたいアップできたと思います。漏れがあったらご指摘ください。
(今回の更新は、「※13/3/9追記」としています。)
あとはこういったところでしょうか。少しずつチェックしていこうと思っています。
・モンジベロの銀行
・マルジュの部屋(白いバルコニーからの眺め)
・カメラ店の直後の薬局
・サボイア通りのアパートの屋上
・モルグを出てからの果物屋とレストラン
多くの不明だったロケ地を特定していただき、大感激です。特に白いテラスの家は永久に分からないと思っていただけに随喜の涙がこぼれ落ちました。何故このようなことがinagara様には簡単にできるのか不思議でなりません。
冒頭の静止画はカメラマン(アンリー・ドカエなど)がこの映画用に撮ったものなのでしょうか。私は今まで観光用の絵はがき(またはパンフレット)の大写しだと思っていました。次のシーンでトムとフィリップのテーブルの上にたくさん絵はがきが並んでいますので、これらの数枚の設定かと思っていました。
カメラ店。
私がこの店を特定できたのは、inagara様と同じく画面の「パンテオン」からです。映画と同じく「パンテオン」のすぐ側にありました。ただし、当時はビデオも余り普及しておらず、テレビ放映の画面をカメラで撮り続けました(これがなかなかうまく写らないのです)ので、各シーンの特定はとても大変でした。
このシーンのドロンをinagara様はいみじくも述べられております。「スーツ姿のなんと格好良いことよ」と。この映画ではドロンはラフな服装の場面が多く、このシーンではまさに「りゅうとした背広」という表現がぴったりのドロンの晴れ姿です。男だって惚れますよね。全盛期の裕次郎の背広姿もこんなに格好が良かったです。
海が見える白いテラスの家。
やはりイスキアで撮られていたのですね。建物のスタイルからして本土のナポリあたりで撮られたのではないかと思っていたぐらいです。
マルジェがトムが下からやってくるの見ている59分36秒目のシーンには、掲載されていた写真の後方の景色(山とその頂上にある建物の形)で確認しました。この景色の見渡せる中腹の家がロケ地となりますね。ただ、その写真が次の日には消去されているのです。ぜひ問題がなければもう一度掲載してください。掲載者の名前(Konstantin様ではなかったでしょうか)でも控えておれば良かったと思いますが、どこから引用された写真なのか分かりません。
逃げる屋上。
空中写真を見てもどれがどれなのか、残念ながら私には全く分かりません。
ヨットが上げられた港。
これは多分イスキア港で撮られたものだと、後ろの景色(山肌など)で分かっていましたが、今回正確な位置が確認できて大喜びです。50年たった今でも同じ建物が残っているのですね。イスキア滞在中、この港には何度となく足を運びましたが、その時は分かりませんでした。
赤松さん、返信遅れてすみません。
他にも監督マップのLACCO AMENOのHOTELがまだ謎でしたね。
引き続き調べてみますが、今週はほとんど時間がとれませんので、更新できたとしても週末以降になると思います。
写真が消えた件、全然記憶にないのですが、Panoramioへのリンクでしたか? こちらもまた調べてみますね。
屋上は見やすい角度がないので、どれが映画のどこにあたるのかわかりづらいかもしれませんね。なにか方法考えますので、あまり根詰めてパソコンの画面を長時間ご覧にならないようにしてください。
この部分をお読みになる方は、きっとこの映画の熱狂的ファンと思われますので、もしご存知の方があれば次のことを教えてください。
この映画についての疑問が一つあります。それは上映時間で、60年の公開時は資料等には2時間2分となっていますが、その後リバイバル上映あたりから1時間58分となっており、DVDも1h58mです。私が最初映画館で見たときは「Fin」の文字が出て、カーテンが降りた後、暗闇の中延々と(と言っても1分間ですが)テーマ曲が流れました。感動の余り、座席から立ち上がれないまま呆然としていたのを記憶しています。当時はこの音楽は、劇場側が休憩時にサントラ盤を独自に流していると思っていました。ビデオ(ポニー1h40m)やレザーデスク(完全版)にもこの音楽シーンは収録されておらず、勿論テレビ放映でも「Fin」ですぐに終わってしまいます。(ちなみにポニーよりラストシーンを中心とした20分間の8ミリ版も発売されたのをご存じですか)
しかしDVDはこの音楽シーン(1分間)がちゃんとついており、ここでこの音楽も映画の一部分だと知ったわけです。つまり映像部分が1h57m、音楽部分が1mということになりますが、残りの4分間はどうなったのでしょうか。
シナリオと照らし合わせてみますと、トムとフィリップがマルジェの家の階段を上る前にメイドに「マルジェはいるか」と尋ねるシーン。トムがプロジェクターでサイン模造練習した後のシーンと次のエクセルシオールの間にトムがホテルのフロントに「モーニングコール」を頼むシーンがあります。フランス語なのでよく分かりませんが、他にも映画にはないシーンがシナリオにもあるのかもしれません(予告編には本編にないシーンがあります)。3分間分は配給会社によって切られたのでしょうか。この謎を全国のファンの方に解いていただけませんでしょうか。
赤松さん、前回のコメントで書くの忘れましたが、メールでお寄せいただいた「原作でフレディの死体を捨てに行くルート」のマップを追加してありますので、本文の「ロケ地マップ」をまた開いてみていただけますでしょうか?
青いピンで示したのがそのルートです。
それから、未解決箇所のまとめも作っておきますので、時間がある時にすこしずつ調べていきますね。
もちろんおわかりになる方はぜひ情報お寄せください。
本編の長さに関しては私は全くわかりませんので、こちらもおわかりになる方、是非ご協力ください。よろしくお願い致します。
はじめまして
「太陽がいっぱい」と「アラン・ドロン」と「魚市場」で検索してたどり着いた者です。
太陽がいっぱいの舞台となったロケ地、特に魚市場をトムと同じスーツを作って現場検証したいという
検証マニアの主人の希望で来年の秋にイタリア個人旅行を計画しております。
ロケ地の特定をネットで始めたばかりでこんなに立派なサイトを見つけることが出来嬉しい限りです。
あの、魚市場は「カフェと魚市場」にリンクしてある地図の赤いテントのお店の上の左のほうに見える
テントや車がある辺りでしょうか?
ご教授いただけましたら幸いです。
はっぱさん、いらっしゃいませ。コメントありがとうございます。
「トムと同じスーツを作って現場検証したい」って素敵なご主人ですね。
御夫婦でのイタリア旅行、とてもうらやましいです。
> あの、魚市場は「カフェと魚市場」にリンクしてある地図の赤いテントのお店の上の左のほうに見えるテントや車がある辺りでしょうか?
すみません、これ↑がどのあたりを示されているのかわからなかったので、マップの方に補助線を追加してみました。
こちら↓を開くと当該箇所の画像マップが表示されると思います。
http://goo.gl/maps/6sb6F
魚市場(お店が並んでいるところ)があったと推定される場所を赤い四角で示してみました。
また、アラン・ドロンがカフェからこちらに向って歩いてくるショットから始まる3ショットのカメラ位置と向きを推定して、青い矢印で示してみました。ここらへんを根拠に魚市場の場所を特定しています。
アラン・ドロンはおそらくこの赤い四角の範囲を行ったり来たりしていたと思いますが、空撮やストリートビューを見る限り、映画のようなお店は出ていないようですね。
せっかくですから、ぜひジャケットを肩にかけてアラン・ドロンになりきったまま、あちこち市内見物をされてはいかかでしょうか? 🙂
inagara様
こんばんわ、ご教授に感謝しきりです!
必死で魚市場をワードや画像で検索しても見つからなかったのに、こんなにも簡単にしかもこれ以上ないぐらい詳しい情報をご提供していただけるなんて難破船から楽園にたどり着いた漂流者の気分です。
帰宅した主人にこちらのサイトを「見て見て!魚市場とかいろんなロケ地を検証している人のサイトを見つけたの!!」
と見せたところ「お~!・・・お~~!・・・・お~~~!・・・・」といちいちうなっておりました。
とても分かりやすい線引き地図ありがとうございます!
ご教授いただくまでは目次の「カフェと魚市場」のグーグルマップの赤いテントのカフェの12時方向にある広場と白いテントが点在するごちゃごちゃしたした感じのところが魚市場かと思っていました。
貼り付けて下さった画像マップ最高ですね!主人が感心しきりに見入っております。。。
私もこの画像マップをもとに検証行程を作らせていただきます。なんだかワクワクしてきました。
本当にありがとうございます!!
はっぱさん、解決できて良かったです。本文の方にもマップ情報を追記しておきました。
「赤いテントのカフェの12時方向にある広場と白いテントが点在する」ところ、やっとわかりました。すぐに気づかずすみません。
こちらの方がずっと市場の雰囲気がありそうですね。
ぜひご主人にはこちらでもジャケット肩にひっかけて歩いていただいて、奥様の方はその間あのカフェで手紙を書かれるというのも良いかもしれません。 😉
こんばんわ
魚市場の新たなお写真に「そーそー、この感じ!!」と夫ともども感激させて頂きました!
カフェで手紙を書く。。。素晴らしいアイデアですね、
主人はクラッシックカメラが趣味なのでライカやローライフレックスでパチパチ撮りまくってもらう事としましょう。人目をはばかるところではミノックスでこっそり撮ったり。。。
あ~、今からワクワクしてきます。。。まだ一年先なのに。。。
それにしましても、inagara様は凄いですね、
わたくしは、当初「太陽がいっぱい」のロケ地が詳しく書かれてるこのサイトに出会えた
ということに感激して、その事にばかり意識が行っていたため、早合点しておりました。
inagara様がロケ地を旅されて検証してらした情報を元に構築されたとばかり思い込んでおりました。
あの~、これだけの情報を本当に家に「居ながら」にして御作りになられたのですか?
凄い、凄すぎます。。。
「inagara」というお名前が「居・な・が・ら」から来ているということに気付くまで随分かかりました。
てっきり「イ・ナ・ガ・ラ」には「イ・マ・ジ・カ」とか何かそういう外国語の意味があるのかと思っていました。「居・な・が・ら」だったんですね♪
主人は「太陽がいっぱい」に思い入れがいっぱいあるにもかかわらず、TV録画もDVDも持っていなかったため、
昨年から何度もTUTAYAでDVDを借りてますが、いつも「本物はこんなに薄汚い映像じゃない!もっと、もっときれいな色なんだ!あの青い色はどうしたんだ!」と。。。その度に「BSプレミアムでデジタルリマイスター版とか銘打って放送するのを待ったら?」と言っていたのですが、
inagara様のDVD画像をクリックしたらアマゾンでまさしくデジタルリマイスター版が発売されていたので、主人に見せた途端「注文して!注文して!」ということで発注しようと思います。
inagara様の地図を見ながら魚市場の確認をするのが待ち遠しいです!
はっぱさん、追加した写真ですが、赤松さんがはっぱさんの書き込みをご覧になって、ぜひはっぱさんに見ていただけたらと、わざわざメールで送ってくださったものです(気づいてくださって良かった 🙂 )。
この映画の大ファンで30年以上前に現地までいらっしゃっている凄い方ですが、他にもこれまでいろいろな方からコメントや情報をお寄せいただき、「家に居ながら映画を楽しみロケ地を巡るものぐさなサイト」の管理人としては冷汗三斗、 恐縮至極状態となっています。
御夫婦でのイタリア旅行もうらやましいですが、ライカやローライフレックスというのがまた良いですね。自分はゼンザブロニカどまりだったので、これまたうらやましいです。
それから画質についてですが、現状の商品については全くわかりませんので、Amazonなどのユーザーレビューなどいろいろ参考になさってください。個人的にもBSプレミアムやWOWOWあたりの画質の良いチャンネルでリマスターHD放送してくれればと思っています。
こんばんわ、ゼンザブロニカですかぁ~、渋いですね~、って、私はカメラについてはさっぱり分からないのですが、主人がそうつぶやいておりました。。。
魚市場のお写真は赤松様がわざわざご提供下さったなんて。。。嬉し過ぎます。。。
最初にこのサイトに巡り合った時に主人がinagara様はもちろん、赤松様のことも
「あぁ~~、世の中にはやっぱり こうゆう凄い人がいるんだなぁ~~~」としきりに感心しておりました。
主人はアラン・ドロンが初来日(多分)した時、日比谷の劇場の舞台あいさつを、
当時付き合っていた彼女に誘われて見に行ったそうです。
(あ、もちろんその頃は私はまだこの世に生を受けておりませんから、遠~い昔の話ですが)
それまで、アラン・ドロンに対してあまり興味を持っていなかった主人ですが、
舞台あいさつを終えて舞台の袖へ下がろうとしたドロンを、理性を失った観客の群衆がドロンめがけて「キャァ~~~!!!」っと押し寄せた途端
トム(ことアラン・ドロン)はサッと身をひる返して、飛び六法のごとく反対の袖へと消えて行き、
不意を突かれた群衆は肩透かし状態で茫然としていたそうです。
その鮮やかな身のこなし方といい、女性たちへの煙の巻き方といい、主人も一緒にあっけにとられながら、
しかし「何んて絵になる男なんだぁ~~~」と感嘆したそうです。
その再現場面を身振り手振りを交えて何度目の前で演じてくれたことでしょう(笑
赤松さんの魚市場のお写真、凄く映画の場面を思い出させますね!
「太陽がいっぱい」のデジタルリマイスター版を注文しましたので、両氏の情報を元に映画を見るのが楽しみです!
(本当は、絶対に年に1回はTVで放送されると思うので、それまで待つようにと、ここ一年ぐらい主人をなだめ続けてきたのですが。。。検索したところ何と、昨年の10月にBSプレミアムシネマで放映されていたんです。。。買った途端に放送されそうな気がしないでもないですが。。。)
はっぱさん、アラン・ドロンが初来日ってえらく昔のような……
アラン・ドロンの飛び六法を再現し続けるご主人、素敵すぎます。
でも最近花道から落ちた役者さんもいたようなので、どうぞお気を付けて 😉
このサイトは現地を精査なさってつくられたのか、それともいろんなデータを集積して、構成なさっているのか、訊いていいものか考え込んでおりました。ここに公開されている物語に接して、―おゝ、しゃれた会話が続いていますね、と思ってしまいました。
フランス映画の名作については、私にとつては、「Les Amants du
Tage」, そして「Ascenseur pour l’échafaud」。もうひとつは、話題のまっただなかの「Plein Soleil」ですね。
Ascenseur pour l’échafaudの監督はLouis Malle(1932〜1995)ですよね?
NHKがプレミアムシネマで放送していました。その日は大雨で録画がうまくいきませんでした。NHKのふれあいセンターのおネエさんに、「あの映画を若い頃見た時、「あんな映画を25歳で撮る人がいるんだ、と思った」と言ったら、「25歳で撮る」というのですか?」という奇妙な回答が返ってきました。雨に弱いBSです。その放送で、契約切れのため再放送はありませんでした。
Louis Malleさんは、95年に亡くなっていますが、87年に「さよなら、子どもたち」(ヴェネチア国債映画祭金獅子賞ですね。89年には『5月のミル』という作品を撮っています。円熟期の名作かも!!
この二作品は録画済みですが、未だ見ておりません。
ここまで、書いてどうもあなた方の会話の邪魔しているような気になってしまいました。
でも、すてきな会話への賞賛のコメントと受け取ってください。
ありがとうございました。
isabeau-et-loupさん、いらっしゃいませ、コメントありがとうございます。
拙サイトですが、基本的に「居ながらシネマ 家に居ながら映画を楽しみロケ地を巡るものぐさなサイト」となっていまして、撮影場所が気になる映画や、記憶が薄れる前に記録に残しておきたい映画をものぐさ的にメモしておく内容となっています。
撮影場所に関しては大半が自分で出かけたところではなくウェブマップ等にあたって調べたものですが、たとえばこのエントリーのように実際に現地へいらっしゃった方から貴重な情報をいただいて、内容をどんどん追加していくこともあり、またその映画についてあれこれ楽しくおしゃべりする場になることもあります。
«Les Amants du Tage»は『過去をもつ愛情』、«Ascenseur pour l’échafaud»は『死刑台のエレベーター』のことですね。それぞれ記事がありますので、よろしかったらそちらもご覧になってみてください。
http://inagara.octsky.net/kakowo-motu-aijou
http://inagara.octsky.net/shikeidaino-erebeetaa
居ながらシネマの古い投稿というのを開いてみました。
シネマのあまりの多さに、もう呆然。
しかし、居ながらさんのサイト、ドイツ映画がありませんね。あまり、いい作品がないのかな?
それでも、ミュンヘン大学のゾフィー・ショル。21歳、ヒトラーに刃向かった女子大生。その最期の5日間を描いた実録映画が手元にあります。これは早稲田大学でシンポジウムが開かれた、と聞いています。
岩波の少年少女文庫でしたか、『白バラの祈り』Sophi Scholl〜Die Letzten TAGEというのがあるらしい。
そういえば、ナチスに抵抗したStrasbourg大学の抵抗エピソードもありますね。
NHKのドキュメンタリーで、2012年5月にフィッシャー・ディスカウが亡くなった時、1987年の来日公演を放送していた。「メリケ歌曲集の夕べ」と題していた。
たぶん、Wikiを見たのだろう、と思いますが、夫人は
Ruth Leuwerikだという情報がありました。
『朝な夕な』Immer wenn der Tag beginntの女性教師がすてきでした。デボラ・カーよりも気品があった。敗戦国と戦勝国の違いみたいな。
この二人はドイツの文化大使みたいな仕事をしていたみたい。
Ruthさんの映画に『菩提樹Ⅰ・Ⅱ』というのがあり、これらは«Sound of Music»とはずいぶんちがっていましたね。より事実にちかい、というか。
そういえば、マリアの義理の娘のマリアさんが数年前に亡くなり、これでトラップ家の米国移住の家族全員が亡くなった、新聞に出ていた。
ドイツ映画も取上げているつもりですが、いかんせん公開本数が少なすぎですね。
白バラは学生時代に読んだ「白バラは散らず」が何年経とうが何度引越をしようが手放せない本となっていて、近年映画化されたものもある意味とても生々しく鑑賞しました。気軽にロケ地チェックという気持ちにはなれない映画となってしまっています。
『朝な夕なに』や『菩提樹』あたりなら良いかもしれませんね。
ところで全然『太陽がいっぱい』と関係のないコメントが延びてしまっていますが、雑談掲示板みたいなものを用意した方が良いのかなと思っているところです。
ドイツ映画は少ないですね。オーストリーなんて、年に1〜2本みたいなことをどこかの美術館の開会式で会ったオーストリー大使が語っていました。
マイノリティの映画ですが。最近NHKがデンマーク映画をプレミアムシネマの放送枠で流していました。
原題: Babettes gæstebud, 英題: Babette’s Feast)は、1987年に公開されたデンマークのドラマ映画。《アイザック・ディネーセン(カレン・ブリクセン)の同名小説の映画化で、同年度のアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した。『バベットの晩餐会』》―
Wikiから。
19世紀の革命で追われた、と言うことですが、これはたぶんパリ・コンミューン。シネマではどういう事情でフランスを追われデンマークの片田舎に流れ着いたのか、はっきりしない。バベットは、王政復古時の貴族階級のシェフだったのかな?
とても印象深い作品でした。こころがゆたかになるような。そんな楽しい映画。
原作者のカレン・ディネーセンという人は、書いた作品はすべてベストセラー。映画化されたものも多い。
《『愛と哀しみの果て』(あいとかなしみのはて、Out of Africa)は、1985年公開のアメリカ映画。配給会社はユニヴァーサル映画で、監督はシドニー・ポラック。主演はメリル・ストリープ、ロバート・レッドフォード。1937年に出版されたアイザック・ディネーセンの小説『アフリカの日々』をカート・リュードックが脚色》―ウィキから。これはディネーセンの伝記映画で、すごい冒険家でもありますね。19世紀はadventureの時代ですから。
英語とデンマーク語で書いている。英語で書いた作品をデンマーク語で書き直したら、まったく別の作品になった、なんてしょっちゅうあったらしい。そんなすごい作家。最近亡くなったそうです。アメリカではダイナセン、という呼び名です。
とりいそぎ掲示板を作りましたので、エントリーとは無関係の書き込みは以後そちらでお願い致します。
http://inagara.octsky.net/keijiban
私は太陽がいっぱいのラストシーンの砂浜MARONTIの北斗に住んでいます。1960年同じ年にはエリザベステ-ラ-主演のクレオパトラもこの島がロケ地です、現在でもクレオパトラの船の鷹の飾り付けが見る事ができます。
八田 享子さん、コメントありがとうございます。
イスキア島にお住まいなのですか! MARONTIをマップで見たら、ちょうどラストシーンのあのあたりのようですね。うらやましいです ^^
『クレオパトラ』もイスキア島で撮影されたとのことですが、アラゴン城のあたりが船の撮影に使われているようですね。
以前「イスキア島で撮影された映画のロケ地マップ」をまとめたことがありますが、時間をみてそちらにも追加するようにします。
「現在でもクレオパトラの船の鷹の飾り付けが見る事ができます。」とのことですが、どこかに展示されているのでしょうか。
『クレオパトラ』の記事をアップしました。
http://inagara.octsky.net/cleopatra
「イスキア島で撮影された映画のロケ地マップ」にもピンを追加してあります。
イスキア島は、最後の方の海戦だけかと思ったら、もうひとつ大事な場面でもしっかり登場していました。今回ちゃんとチェックできて良かったです。
管理人のinagaraです。
現地へご旅行中の「14歳の太陽がいっぱい」さんから、コメントをいただきました。
セキュリティを強めにしていたため直接投稿していただくことができなかったようです。ご迷惑おかけしました。
代わりに全文を転載させていただきます。
また本日撮影されたばかりの現地の写真もあわせて提供していただきました。記事中程の「港町」の中に掲載させていただいています。
どうもありがとうございました!
—–以下、14歳の太陽がいっぱいさんのコメント——
現在、イスキア島のホテルから投稿しております。
仕事でイタリアに行くことはよくあるのですがイスキア島まで足を延ばすことができませんでした。
しかし、このサイトを見つけ、足を延ばす覚悟ができました。
inagara様 他の皆様の情報を頼りに
先程マルジュの家 その近辺を散策しました。
悲しいことに 太陽がいっぱい 公開から60年ほど経つので町の皆さんには余り関心がないようでした…..
赤松様の写真とは全く違ってて
マルジュの家と認識できず、地元の複数の人に確認しました。
教会も映画とは変わっていて、とてもキレイになってました。
明日ももう一度映画の世界に浸ってきます。
いつもたのしく拝見しております。
ところで何十年も気になっていたことがございます。
赤松様ならご存知かと思いお聞き致します。
アランドロンが胸に下げているペンダントトップに刻印されている文字はなんでしょうか。ずっと気になっておりましてとうとう勇気を出してお聞きしました。
もうひとつトロイドナヒューとスザンヌプレッシュットが共演したワーナーのイタリアが舞台の大ヒットした例愛専科のロケ地まわりもぜひお願い申し上げます。勝手なお願いばかりですみません。
居ながらシネマさまのご健勝を祈念しております。
いつまでも17歳さん、いらっしゃいませ、コメントありがとうございます。
ペンダントの刻印ですか。どこかアップになるカットがありましたでしょうか??
赤松さんがこのエントリーをいつもご覧になっているかはわかりませんが、どなたでもおわかりになる方は、ぜひお願い致します。
私もHD放送の録画があるはずなので、後ほどチェックしてみます。
『恋愛専科』は手元にないのでネットで少し見たところ、以前テレビ(おそらくBSかCS)で見ていることを思い出しました。高いところが苦手なので、あのカゴみたいなロープウェーが記憶に残っていました。
チェックポイントが多く大変そうですが、調べてみるのも面白そうですね。エントリーは気長にお待ちいただければ幸いです。
「居ながら」様や私の記事を読んで、「太陽がいっぱい」のロケ地を探訪されたと知って感無量です。
「マルジュの家」はよくぞ見つけられましたね。
大通りから中に入って、そこから更に奥まったところに位置しているので、大変見つけにくい建物です。
私が訪れたときはほぼ映画のシーンどおりでしたが、あれから更に30年以上経っていますので、外装はオレンジ色から白に塗り替えられています。
しかし、石造りの玄関門の形や窓の位置は映画ロケ当時そのままです。
内部(階上に続く階段)は当時あった手すりがなくなっていますね。
その前の教会は当時外装が薄汚れていたので、新しく白色に塗り替えられています。
しかし、天窓のクローバの葉の形やドームの十字架は映画そのままです。
さて、ペンダントトップの刻印ですが、私にも分かりません。
私の所有する最拡大のスチール写真を見ても不明です。
トムは全編このペンダントを身につけていますが、洋上の殺人後にシャツを脱ぎ捨ててステアリングを握っているシーンとラストの浜辺でデッキチェアに横たわっているシーン以外はほとんどがシャツなどの下に隠れています。
トムは風呂(バスタブ)に浸かっているとき(ホテルでモンジベロ行きの時刻表をチェックしているシーン)もペンダントをしたままの入浴です。
これはペンダントというよりも金貨(コイン)ではないでしょうか。
このペンダントをトムがいつも肌身離さず身につけているのは、彼の金(マネー)への異常な執着を金(ゴールド)で暗示していると思いますが。
I’m dying to know what the pendant says. 私も是非知りたいです。
赤松幸吉さん、ありがとうございます。
コメントを参考にざっと見返してみましたが、ペンダントの刻印までは確認できませんでした。
いちばん解明できそうだったのは、40分過ぎ、犯行に及んだ後ラッパ飲みしてリバースするカットで、もう少し画質が良いか解像度が高ければ読み取れそうな気がしました。
4K放送……まではいかなくても。良くリマスターされたBlu-ray盤なら確認できそうな気もしますが、持っていないのでこれ以上はわかりません。
全体の意匠では、赤松さんの金貨説が正解のように思えます。
それにしても、一本の映画でこれほど男優さんの胸元を見続けたのは初めてでした 🙂
inagara様
さっそくお返事いただきありがとうございます。
アランドロンの胸元に釘付けにして申し訳ありませんでした。
お疲れさまでした、、、
モンベジロが架空の街とは知らず何十年も地図とにらめっこしていたことが思い出されます。inagaraさまには本当に感謝感謝です。
恋愛専科(すみません間違えてましたね。)の方もよろしくお願いいたします。気長に待っております。
赤松幸吉 様
お返事いただきありがとうございました。
熱狂的な太陽にいっぱいファンがたくさんいらっしゃることに感激しております。
その中でも幸吉さまが一番です!
ペンダントの謎いつか解き明かされ箏記念しております。
お二人ともありがとうございました!
すみません。祈念しておりますでした!
Inagaraさま
帰国して日本の慌ただしい日々にもどっております。
赤松さま
私の投稿を見ていただき恐縮しております。
マルジュの家の一階は70歳くらいのステキな老婆が雑貨屋さんをしていました。
マルジュか?と妄想しておりました^_^
桟橋からお城をルネクレマン監督になったつもりで撮影しました。
またナポリによって魚市場を探しましたが、赤松さまが行かれたころよりもっと殺伐としていて
少々怖かった雰囲気です。
イスキア はとても過ごしやすくてお気に入りの場所になりました
14歳の太陽がいっぱいさん、コメントの他画像や動画をご提供いただきまして、ありがとうございます。
先ほど記事にアップさせていただきました。
一階は現在は雑貨屋さんなのですね。お店の方は年齢的にもマルジュで間違いないと思われますので(笑)ぜひ訪れてみたいと思いました。
それから、ルネクレマン監督ばり?の動画もありがとうございます。
カメラワークがナイスです。テーマ曲かぶせたくなりました。
思ったより観光客が少ないように見えましたが、ふだんはこのくらいなのでしょうか。
イスキア島は良さげですね。
確か原作の「モンジベロ」はナポリと陸続きでしたが、撮影にこの島を選んだことも映画の成功に一役買っていると思いました。
14歳の太陽がいっぱいさん
「マルジェの家」の一階は素敵なおばあさんが営んでいる雑貨店になっていましたか。
私がマルジェの家を訪れ、屋内の階段の撮影許可を求めたときに、ある若い女性がドアより出てきて私に対応してくれました。
その女性は品のよく美しい女性だったので、ひょっとしたら現在のおばあさんかもしれません。
これは居ながら様のマルジェ説より可能性がありそうです(笑い)。
「桟橋」もまだ残っていて、海の色も今も変わらないコバルトブルー、懐かしくて涙が出そうです。
「魚市場」は下町の路地のマーケットですね。
映画でロケされた魚市場は 居ながら様が位置を正確に特定されております。
これを丹念に読んでいけば、たどり着けると思います(現在その市場があるかどうかはわかりませんが)。
ラスト・シーンの浜辺(サンタンジェロ)の方は行かれてないようですね。
イスキアはとても素敵なところなので、是非またここにも足を伸ばしてください。
ちょうど今日、「午前十時の映画祭」でこの映画を観ました。もちろん何回目かの鑑賞ですが、観た後この記事を読むと、さらに味わい深いというものです。
で、やっぱりこういう映画もまさに奇跡のようなものですよね。全然映画の趣旨は違いますが、「ブルース・ブラザース」みたいな映画がまた作れるかといえばやっぱりできないのと同様、製作者とキャスト、制作・公開の時代、すべてが絶妙にマッチしたからできた作品のわけで、「リプリー」ではこの映画の味わいに遠く及ばない・・・ということになるのでしょう。
なお冒頭のカフェの場所がまだ未解明というのも面白いですね。それなりに規模の大きな店ですから、すぐわかりそうなものですが。またそこでカメオ出演しているロミー・シュナイダーのほうが、連れの女性よりカメラにしっかり映っているのは、ドロンとの関係もあるし、彼女のほうがクレマンからしても魅力的だったのかなとかつまらんことを考えました。
あと金貨は私もちょっと注目してみましたが、残念ながら映画館でもはっきりとは確認できませんでした。たぶんあまリ面白いことは刻印されていないのではという気がします。
いずれにせよ私もイスキア島にはいずれ行くことになろうかと思いますので、「シベールの日曜日」のロケ地と一緒に写真を撮って、またご協力したいと思います。
赤松幸吉さん
今回14歳の太陽がいっぱいさんから直接動画を送っていただいたのですが、Googleフォト経由で埋め込んだのは初めてで、試行錯誤してしまいました。ちゃんとご覧になれたようで、ほっとしています。
やはり動画ですと臨場感がありますよね。
Bill McCrearyさん
スクリーンでご覧になったのですね。
私時々「映画の神様が降りてきた」という表現使っていますが、この映画もまさにそれですね。本当に名作だと思います。
今回数年ぶりに記事を更新するにあたり、本編を再生しながら作業したのですが、ついつい見入ってしまいました。
いつまでも17歳さん、『恋愛専科』アップしました。
このエントリーを読んでくださったle meilleurさんから、Contactページ経由で「カフェ」「銀行」「噴水のある小広場」について情報を寄せていただきました。
おかげさまで「未解決箇所」がだいぶ解消し、かなりスッキリすることができました。
le meilleurさん、どうもありがとうございました。
他のエントリーでも、解明できなかった部分を「未解決箇所」としてまとめておくと、後からお読みになった方が「よしそれなら」と探してくださるかもしれませんね 🙂
「カフェ」などのロケ地が確認できたとは大感激。
「カフェ」については、約40年ほど前、ビデオから収録した写真のわずかな背景を頼りに veneto通りを捜し回ったのですが、銀座で一軒の店を見つけるのと同じで、勿論まったく分かりませんでした。
確かに、右背景に見える建物のレリーフ模様がぴったりと符合しますね。
そうか、「カフェ」はここだったのか。鳥肌が立つなぁ。
今思えば、「銀行」はイスキアを訪れたときにこの前を知らずに行き過ぎています。
入り口への3段の石階段、それに続く(銀行の)玄関などの造りが今でも映画の中とそのままです。
映画では銀行支店(Industriale Agenzia Di Mongibello)であったところが、現在は肉屋( Macelleria Greppino) になっているのですね。
むしろ、あのような場所に銀行があるわけがないので、もともと商店等の建物を銀行に仕立て上げたのでしょう。
「馬車」のシーンの辺りは写真を数多く撮っていましたので、今確認するとこの「噴水のある小広場」も実際に写っています。
ただし、この噴水が夜のシーンの小広場だとは今このブログを読むまでは気がつきませんでした。同じ場所でも夜のシーンではまったく別の場所に見えますからね。
私がもっと若ければ、明日にでもこれらの場所を確認しにイスキアへ行きたいのですが。
とにかく凄い。
このブログの「太陽がいっぱい」の部分を一冊の本にしたいぐらいです。
赤松さん、別途ご提供いただきました噴水の画像をアップさせていただきました。
形が違っていることもありますが、仰る通り夜の場面と昼とでは雰囲気がまるきり異なり、それで私も全然気づかなかったのかと思います。
カフェの方はまったく手がかりがなかったので、情報を寄せてくださった方には深く感謝です。
18/7/21付けで「2.8 薬局 FARMACIA」と「2.17 飛び降りて逃げる建物」のロケ地がle meilleurさまのおかげで判明しました。
「薬局 FARMACIA」は現在「ARTICOLI PER BELL ARTI」という美術品を扱うお店になっていますね。
アーチ型の門のてっぺんの「要石(キーストーン)」の形がまったく同じ、建物の窓枠の形などもほぼ同じです。
また、郵便ポストの形状は変わっていますが、位置が同じ、などで確定できます。
素晴らしいですね。
映画では左側にも商店が隣接していたのですが、現在ではその建物は取り壊され、道路になっています。
数十年前に、この付近の「カメラ店」は特定でき、写真に収めて来たのですが、近くにあったこの薬局は分からずじまいでした。
「飛び降りて逃げる建物」が「マルジェの家」の裏側だったとは!
裏側へ勝手に回ると不法侵入で問題が起きないかと思って、「マルジェの家」は正面からしか眺めたことはありませんでした。
グーグルで是非「マルジェの家」の裏側あたりも見てみたいのですが、そこまではストリート・カメラは回っていないようです。
「モルグの後のレストラン(実際にルネ・クレマン監督がボーイ役で出演している)」は是非知りたいロケ地です。
半オープン風のレストランでの内部撮影で、手がかりとなるのは背景に映る建物のみでしょう。
私が死ぬまでにこのレストランを含め、全貌は解明されるのでしょうか。
是非「太陽がいっぱい・ロケ地完全版」を手に、あの世に旅立ちたいと思います。
赤松さん、だいぶ情報が集まってきましたね。でもリストアップした以外にもまだあれこれ出てくるかと思いますので、完全版ができるまでぜひぜひお互い長生きしましょう(笑)。
当時裏側へ回られなかったのは残念ですが、トラブルを考えれば当然のご判断と思います。
このサイト全体に言えることですが、個人的な物件かもしれないものをどこまでマップで示して良いか結構悩んだりします。サイトの情報をもとに現地へ突撃した方がいたとしてトラブった場合に責任負えませんし……本文で触れてまとめマップでは略したり、逆に本文では曖昧にしてこっそりマップに載せたりとか、それなりに悩んでアップするようにしています。
今はマップの性能がかなり上がってきたので、あとはみなさんそれぞれでマップを3次元表示にしてぐるぐる回したりして、ネット上でお楽しみいただければと思います。
レストランの場面の監督とは、大きな魚料理を持ってくるボーイでしょうか。
さきほどコマ送りして確かめましたが、そういうトリビア的な事はあまり知らなかったので、楽しめました。料理を持ってくる前に、一度お尻でドンとぶつかっているのですね 🙂
相当な「太陽がいっぱい」ファンでも、クレマン監督自身が出演しているのを知らない人が多いです。
そうです、大きな魚料理を持ってくるボーイがルネ・クレマンです(本当は誰にも教えたくはないけれど)。
ヒッチコック監督ばりに茶目っけを出して、自己のサスペンス映画に顔を出したのかも知れません。
この出演はファンとしては嬉しい限りですが、納得がいかないのは後年「ヨーロッパ特急」(1984年 東宝映画 大原豊監督 武田鉄矢主演)という映画に出演していることです。
それも特別出演やちょい役でなく、堂々とキャストとしてルネ・クレマンとクレジット・タイトルされる、それ相当な役です。
クレマンともあろう人物が、無名監督による日本映画に、何故役者として出演したのだろうか。
この映画に関する皆様の執念すごいですね(驚)。これは私も追体験しなければかな。
>サイトの情報をもとに現地へ突撃した方がいたとしてトラブった場合に責任負えませんし……
まあこの辺りは、個々の人間の良識ですよね。居ながら様もお気づきのように、私もかなり思い切って写真を撮る人間ですので、細心の注意を払いたいと思います。
>ヨーロッパ特急
この映画、マリア・シュナイダーとかミレーヌ・ドモンジョ、ジョルジュ・ムスタキなど「え」という人たちが出演しているんですよね。それで無名の人の監督作品なのだから、よくわかりませんね・・・。
皆様のやり取り読んでいてミステリー作品の中でを探偵が一歩一歩推理解明している様で、大変楽しかったです。
ハイスミスさんも草葉の陰でさぞ喜んでらっしゃるのでは^^
そうでしたか、あのボーイさんがルネ・クレマンだったんですね。
確かリプリーに殺されたフィリップ友のオデブのお兄さんのとっても体格の良い女性親族(?)に「こんなのイラネー、チャイチャイ」みたいな仕草された人ですよね。
で、実はあの時集まった人たちの続柄・関係がさっぱり解らなくて、初見からン十年スルーしたままなんですが、どなたかご存知の方いらっしゃますでしょうか?
赤松さん、『ヨーロッパ特急』当時見ましたよ~。『刑事物語』はパスしていましたが、こちらは全編海外ロケというのに惹かれまして。
でも監督が出ていたことなど全然知らず、気づきもしませんでした。
さきほどYouなんとかで見てみましたが、旅の途中で知り合った老夫婦でしょうか。けっこうセリフもありますし、なぜ出演となったのかわかりませんが、製作者が折り入ってお願いしたのでしょうかね。
この映画、拙サイトでとりあげるかどうかはわかりませんが(汗)、鉄っちゃんだったら楽しめるかもしれませんね。
Bill McCrearyさん、いつも画像ありがとうございます。無難な?ところを選ばせていただいていますが、仰るような思い切って撮られた写真はブログの方で楽しませていただいています(現地で気をつけてくださいね)
kazさん、私も集まったメンバーはよくわかりません。バレエ団もなんだかよくわかりませんし、そこらへんあまり丁寧に説明はしていない映画ですね。どなたかおわかりになる方、よろしくお願い致します。
モルグに集まったのは、フランス語のシナリオ(初稿?)ではComprenant Madame Popova, Boris, Marge et un danser となっています。
つまり、ポポヴァ夫人(Elvire Poresco)、ボリス(Nicolas Petrov)、マルジェ(Marie Laforet)、ダンサー(不明)の一団です。
これに引率しているリコルディ刑事(Erno Crisa)と遅れてくるトム(Alain Delon)。
ポポヴァ夫人はバレー教室を開いていて、ボリス(白い背広)は彼女の息子です(フランス語の未定稿シナリオでは「ママ!」と呼び掛けているセリフがあります)。もう一人(グレーの背広)は夫人の弟子のダンサーだと思われます。
ボリスももう一人のダンサーも冒頭近くのバレーシーンに顔を見せています。
さて、フィリップ(Maurice Ronet)とポポヴァ夫人との関係はよくわかりません。
フィリップはアメリカからやって来ているので、縁戚関係はないと思われます。
「ルネ・クレマンとの対話」(1994年 シネマハウス Pelin Soleil)で監督はこう答えています。
「その当時のイタリアは、ホモセクシャルのアメリカ人のためにありました。彼らはそこで、自分たちの特殊性を隠すことなく生活できました。
(略)オブライエンはそういう人物の一人です。」
フィリップについては特に述べていませんが、オブライエンO’brien (Frank Latimore)と同じような人物ではなかったでしょうか。
王族出身で金満家のオブライエンはバレー団の後援者で、フィリップとはホモ関係にあると推察されます(イングリッド Ingrid / Jacqueline Decae と結婚するのですがね)。
居ながらシネマ さま
すっかりご無沙汰しました。恋愛専科もアップされており驚きました!
若いころからの夢が叶い感謝感激です。御礼の言葉もありません。
ところでロケ地探しもあと一歩ですね。
モルグの住所です。
Largo del Pallaro at bVia di Grotta Pinta,Roma,Itary.
間違いないと思います!このすぐ近くにレストランがあると思います。
居ながらさまなら確定できると思います。
赤松 さま
ペンダント探しもすみませんでした。感謝しております。
赤松さまは2013年2月24日の記事でラストシーンはサンジェルノと書かれていますがマロンティと同じ場所なのですか。ご教示下さい。
よろしくお願いします。
いつまでも17歳さん、情報ありがとうございます。
住所でマップを検索してみましたが、たしかに一行がやってくるのはこの通りですね。
かなりスッキリしてきました♪
今あまり時間をとれないため、とりあえず本文に簡単に紹介させていただきました。
お店は不明ですが、進展があったら随時更新していきます。ありがとうございました!
いつまでも17歳さんへ
Sant’ Angelo (サンタンジェロ)は背景に島(岬)が見える辺り、 Maronti (マロンティ)はトムがビーチ・チェアに横たわっている地名を指しています。
ある地図ではこの地域をSant’ Angelo-Maronti (サンタンジェロ=マロンティ)と紹介されているものもあります。
小生はどうしてもSant’ Angelo の方が印象が強かったので、「ラストシーンはサンタンジェロだ」と書いたわけです。
トムが酒を注文する掛け茶屋シーンは勿論Maronti’s beachでロケされています。
背景の島(岬)は
The islet “La Roja” with the romantic ruin of an old watchtower connected to Sant’Angelo by an isthmus forming the beach
と紹介されています。
赤松 さま
お返事ありがとうございました。
居ながらシネマ様のおかげでロケ地が全部解決したあかつきには、赤松様を団長に太陽がいっぱいロケ地ツアーに行ってみたい気が致します。
時折Contactページ経由でご連絡をいただいているle meilleurさんから、またまた情報を寄せていただき、「バレエ団の稽古場」と「レストラン」を追記しました。
「バレエ団の稽古場」はどうせわからないだろうとスルーしてしまっていました。これが正解でしたら嬉しいですね。
居ながら様、le meilleur様、いつも「太陽がいっぱい」を気に掛けていただいて、有り難うございます。
さて、「バレエ団の稽古場」シーンは Palazzo D’Ambraで撮影されたと推測されていますが、私はこれに懐疑的です。
理由①は、ルネ・クレマンにロケ地を尋ねた手紙の返信に「室内シーンはすべてパリの撮影所で撮った」とありました。
ただ、この「稽古場」だけはセットでは再現できない豪華な広間なので、パリ(orローマ)の美術館や宮殿のような建築物でロケされたのではないかと個人的に思います。
理由②は、 Palazzo D’Ambraにあれほど広いワンフロアの部屋があったのか、どうか。それほど有名な建物なら、イスキアの観光案内に掲載されていそうなものだが、私が現地で(40年前に)買ったガイドブック、写真集にはこの建物については一切書かれていません。
有名な保養地とは言え、50年前のイスキアはまだ辺鄙な貧島で、このような贅を尽くした調度品のある大バンケット・ルームがあったのか、どうか。
理由③は、イスキアのロケに実際来たのは主演の3人とオブライエン(フランク・ラチモア)の4人だけだったと思います。
Palazzo D’Ambra でのロケだとすると、ポポヴァ夫人も息子のボリスもイングリッド(オブライエンの妻)もその他のバレー団員らも、それらの出演者はみなイスキアを訪れていないと説明がつかなくなる。
50年前ではイスキアはまだフランスから遠く離れた遠島であり、わずか1シーンのためにだけ、これらの俳優たちをわざわざイスキアに連れて来たでしょうか。
パリで十分に撮影可能です。
しかし、IMDbにPalazzo d’Ambro, Ischia Island, Naples, Campania, Italyとあるのは不思議ですね。
また、le meilleur様のこの「建物の解説記事」の原文はどこに載っているのですか?
レストランについて。
(背景の建物やクルマ?が一致)とありますが、私には何度映画のシーンと見比べてもよく分かりません。
どの建物のことですか? クルマとは車の進行方向のことですか?
le meilleur様の「空きスペースに作られたセット」説には納得します。
ドアもない門口から入った所にいきなりテーブルがあるのは、レストランとして不自然ですし、後ろの壁も形状からしてセットぽいです。
せっかくですので、この場を借りて「太陽がいっぱい」のファンの皆様に問題をお出ししましょう。
トム(アラン・ドロン)がフィリップ(モーリス・ロネ)の足の裏をこちょこちょと撫でるシーンがあるのですが、さてどこでしょう。
そうです、何とトムがフィリップの足の裏を撫でるのです。
何故、このような仕草をしたのかよく分かりませんが、ほんの一瞬ですのでよく見ないと気がつきません。
居ながら様もle meilleur様も気がつかれましたか。
居ながら様、le meilleur様、これからも「太陽がいっぱい」をよろしくお願いします。
赤松幸吉さん、コメントありがとうございます。
なるほど稽古場はそうなると別の場所のようですね。なぜPalazzo d’Ambra(a)が後から追加されたのかは謎ですが、いずれにせよここから先は何か資料が出てこない限り、探索は難しそうですね。
「背景の建物やクルマが一致」は、一行の側をクルマが通り過ぎるカットとそれに続くレストランのテーブルが並んでいるところへ入ってくるカットとのつながりのことです。
クルマは画面の最奥手に駐車しているクルマのことでした。
足の裏こちょこちょはわかりません~ 🙂
le meilleurさんから建物の解説記事についてご連絡いただきました。
http://ischialaperladelgolfo.blogspot.com/2015/02/palazzo-dambra.html
またParazzo D’Ambraにオフィスが入っている沿岸警備隊のサイトにも同様の情報が書かれているとのことです。
http://www.guardiacostiera.gov.it/ischia/Pages/storia.aspx
どちらもイタリア語なのでGoogle翻訳で読みましたが、なるほどこれで建物の沿革はわかりますね。
撮影に使われたかどうかは内部を見ないとわかりませんし、そこから先は何か映画のメイキングに関する資料でも出てこない限り探索は難しいでしょうけど、どうせロケ地訪問するならこの港は絶対欠かせないわけですから、この建物も周囲をぐるっと見て回っても良さそうですね。
le meilleurさん、わざわざありがとうございました!
le meilleurさま
Parazzo D’Ambraの両解説を読む(居ながら様と同様に自動翻訳機で)と、グランド・ピアノが設置され、バレリーナ数人が一度に練習できるほどのスペースの大広間を備える豪華な邸宅であったらしいですね。
こうなると、バレーのシーンがここで撮影されたのではないかということが現実味を帯びてきました。
Parazzo D’Ambraがロケ地であったのかどうかは、内部を確認するまではまだ信じられませんが。
なによりも、IMDbの Filming Locations に Parazzo D’Ambraが掲載されているのは不思議でなりません。是非とも、情報源を知りたいです。
IMDbのソースではキャストにMarie Laforêt : Marge Duvalとあります。
私の持っているシナリオ数種(フランス語版と日本語版)にはいずれもTom Ripley、Philippe Greenleafと主演二人はフルネームで書かれていますが、この「Duval」という姓は載っておらず、単に「Marge」と表記されているだけです(ハイスミスの原作ではMarge Sherwoodです)。
一体、この「Duval」という姓の情報源もどこからなのか、とても知りたいです。
「太陽がいっぱい」の名シーンと言えば、洋上のヨット殺人、ナポリ魚市場、勿論、鮮烈なラスト・シーンなどが今なお語り続けられていますが、公開当時、ある批評家がこの「バレーの練習風景」が短いながらも、この映画で最も美しいシーンだと書いていました。
なるほど、私もクレマンの芸術的美意識が一番よく浮き出た名シーンだと思います。
居ながら様に
「足の裏こちょこちょシーン」はトムとフィリップがボートから肩を組んで降りるシーン(10分57秒ぐらい)です。
フィリップに続いてトムが桟橋に上がるとき、ほんの一瞬彼の足の裏を指で撫でます。
トムが何故こんなことをしたのか?
これはクレマンの演出ではなく、アラン・ドロンのアドリブでしょう(ドロンはニャと笑っています)。
お暇があれば、チェックしてください。
赤松さん、「足の裏こちょこちょシーン」確認しました。
なるほど、これはアドリブっぽいですね。
フィリップの振り返り方もそんな感じがします 😉
一昨年、どうしてもラストシーンの海岸が見たくて、探し当てました。ナポリから水中翼船で40分のイスキア島の反対側です。何十年も前のロケなのに、海岸のレストランの老人はPlein soleilと言った瞬間、アラン・ドロンと答えてくれました。
証拠写真を添付したいのですが……
当時と風景がほとんど変わっていません。
帰国してすぐにイスキア島が地震に襲われたと聞いて驚きました。
赤い彗星さん、コメントありがとうございます。
現地へいらっしゃったのですね。うらやましいです 🙂
> 証拠写真を添付したいのですが……
現状ではすみませんがコメント欄で直接画像の添付はできません。
もしお写真の掲載をご希望でしたら、お手数ですが、以下の段取りをとらせていただけたらと存じます。
①一度Contactページから管理人へご連絡ください(メールアドレスは各種フリーメールなど使い捨てメールアドレスで全然構いませんし、もちろんハンドルネームだけで構いません)。
②管理人からそのメアドへ連絡差し上げます。
③そのメールに対して、画像を添付してご返信ください。
④管理人は(他の皆様と同様に)Google フォトのアルバムを用意して添付いただいた画像をアップし、そのアルバム経由でこのエントリー記事へ画像をアップさせていただきます。
風景がほとんど変わっていないとのことで、ホッとしています。
いくらフィルムに永遠に焼き付いているとはいえ、ラストシーンのあの場所はリアルでもそのまま変わらずにあって欲しいものですね。
赤い彗星さん、別途お写真送付いただきありがとうございました。
先ほど本文「ラストの浜辺」にアップさせていただきました。
クリアな画像でラストシーンの臨場感たっぷり。すっかりベンチに腰掛けている気分になりました。
どうもありがとうございました!
自分もこちらの情報を元に2018年7月にイスキア、プロチーダに行ってきました!とても参考になりました。ありがとうございました。
当然ラストの海岸にも行きました!
自分のブログ『水瓶座☆楽園メモリー』の2018年7月10日前後をご覧いただけたらうれしいです!
あの海岸は、実際にはサンタンジェロから平坦な海岸づたいでは行けず、多少(かなり?)起伏のある道を歩きます、しかし、点在するホテルの客のためか?ゴルフカートの様な有料のサービスも有りました。
映画の舞台と言うだけでなく2つの島とも本当に風光明媚な素敵な所でした!
yoshiさん、コメントありがとうございます(返信遅れましてすみません)。
拙サイトを参考にしてくださったとのことで、ありがとうございます。
ブログ拝見しました。お写真と記事、とても楽しませていただきました。
ラストの海岸は簡単には行き着けないようですね。
それでも無事アラン・ドロンになりきられたご様子で、おめでとうございます♪
お写真からも、太陽がいっぱいで最高……が十分伝わってきました。
ご案内いただいたページになかなか行き着けなかったので、すみませんが他の皆さんが簡単にご覧になれるように、以下直リンクでご紹介させてください。
2018年07月10日22:28
2018ヨーロッパ24★イル・ポスティーノ
http://blog.livedoor.jp/dryoshi/archives/52082705.html
2018年07月10日22:19
2018ヨーロッパ23★ブローチダ
http://blog.livedoor.jp/dryoshi/archives/52082704.html
2018年07月10日22:17
2018ヨーロッパ22★アラゴン城
http://blog.livedoor.jp/dryoshi/archives/52082703.html
2018年07月10日22:15
2018ヨーロッパ21★アランドロンになりきりました(笑)
http://blog.livedoor.jp/dryoshi/archives/52082702.html
2018年07月10日22:11
2018ヨーロッパ20★サンタンジェロ
http://blog.livedoor.jp/dryoshi/archives/52082701.html
2018年07月10日22:10
2018ヨーロッパ19★ナポリ3日目
http://blog.livedoor.jp/dryoshi/archives/52082700.html
それにしてもイスキア島に限らず、実にいろいろなところにいらっしゃってますね。うらやましい限りです 🙂
知らなかった!
映画「太陽がいっぱい」の日本語訳詞の曲がレコード化されていたとは。
木田ヨシ子さん(とかいう歌手)の「月影のキューバ」のB面です。
https://www.youtube.com/watch?v=IrE6EQxR8PY
木田ヨシ子 太陽がいっぱい~フランス映画「太陽がいっぱい」名場面集~アラン・ドロン主演
ただ、この詞は映画のストーリーや雰囲気からまったくかけ離れており、
「太陽がいっぱい」ファンとしては不満です。
別に「あなただけが 私のもの あぁ太陽、太陽よ」といった訳詩(こちらの方がマシ)が
ありましたが、レコード化はされていないようです。
赤松幸吉さん、コメントありがとうございます。
これはすごい、思わずリピートで聴き入ってしまいました♪
いかにも昭和歌謡のイントロ(原型とどめないテーマ曲のアレンジ)から始まって、強引にズンチャッチャに拍子と曲想を切り替えるつかみがステキ。
映像とのミスマッチ感が凄いですが、目をつぶって聴くと和製歌謡映画に思えなくもなく、手書き風縦書きのクレジットが浮かんできますので、音楽の力は凄いです。
テーマ曲はおなじみのものですから、きっと日本でもいろいろな形で歌いつがれてきているのでしょうね。
「あなただけが……」バージョンはこちら↓でしょうか?(歌詞永田文夫氏)
https://www.youtube.com/watch?v=BJwaNxnNoeg
歌バージョンは海外でも探せばいろいろ出てきそうですね。歌詞が気になります。
ドロンのペンダントについて、いま話題のChatGPTに質問してみました。
「アラン・ドロンが演じるトム・リプリーが身に着けているペンダントは、金貨のようです。具体的には、アメリカの金貨である「ダブルイーグル」(Double Eagle)と呼ばれるもので、額面が20ドルになります。この金貨は1850年から1907年までの間に造幣されており、映画で使用されたコインの年号については明らかにされていません。」
と答えてきたので、その根拠を問うと、
「1.映画で使用されている金貨の形状やデザインが、アメリカの「ダブルイーグル」と一致していること。 2.映画の舞台が、イタリアやフランスなどのヨーロッパでありながら、アメリカの金貨が使用されていることが、トム・リプリーが裕福なアメリカ人であることを示唆していること。 3.映画の原作小説である「The Talented Mr. Ripley」においても、トム・リプリーがアメリカ人であることが明言されており、アメリカの金貨を身に着けていることが自然な解釈であること。
以上のような理由から、アラン・ドロンが身に着けている金貨のペンダントが、アメリカの金貨「ダブルイーグル」であると考えられます。」
ほりやんさま
Objection!
(1)金貨の形状やデザインが、アメリカの「ダブルイーグル」と一致している
どんなクリアな映像で見ても、デザインは読み取れず、私には黄色い「丸」にしか見えません。
一致しているなら、是非その証拠の映像を見たいものです
(2)トム・リプリーが裕福なアメリカ人であること
原作でも映画でも、トムは非常に貧しい青年の設定(だから、金(と女)のために殺人を犯すのです)で、当時の20ドル金貨と言えば、庶民にとって手に届かない大金、彼がそんなものを持っているはずがありません。
大金持ちのフィリップがこのペンダントを着けているのなら、納得できますが。
それとも、トムはフィリップからもらったのだろうか。
(3)これには特に異存がありません
(4) ChatGPTは「自然な受け答えを評価される一方、誤りの多さについて懸念も上がっています」と説明があります。
赤松幸吉様
早速のレスポンスありがとうございます。
これ以外にもいろいろ質問してみたのですが、誤りが多いどころか、読んでいて噴き出してしまうような回答もありました。
このコインの回答がまだましなほうだったので、ご参考までに投稿させていただきました。
ほりやんさん
これはアイデアですね。
自分もChatGPTや(新しい)Bingでなんちゃってな回答を楽しんでいますが、けっこういい線行くときもありますので、拙サイトの未解決案件の探索に使えるかもしれませんね。
なにしろ実にそれっぽい自然な文章に仕上げてくるので、そのままコピペしたくなります。
一方で、わからないことはAlexaやSiriのように「わからん」と答えればよいものを、頑張って長文で答えようとするのが愛おしかったりします。
『THE 有頂天ホテル』の役所広司さんのスピーチとか、かんべむさしさんの「水素製造法」とか、連想したりして。
でもツイッターなどでよく見られる専門家に対してドヤ顔でトンチンカンな知ったかぶりを披露するド素人とかは全然かわいくないですし、有害情報をまきちらすのはよろしくないですから、その手合に利用されないようにぜひぜひ精度を上げていただきたいものです。
赤松 幸吉さん
金貨についてはあやしいですが、3番はたしかにいい感じですね。
ペンダントの由来ですが、(新しい)Bingに訊いたところ、
> リプリーが着けていたペンダントは、ディッキーからもらった
> もので、彼のイニシャル「D」が刻まれています。
> ペンダントは、リプリーとディッキーの関係を象徴するアイテム
> であり、映画では重要な役割を果たします
とか答えが返ってきました。
映画でそういった設定でしたでしょうか? あとで原作も確認してみますが……。
ソースとしてWikipeidaリンクが貼られているのですが、そういったことは書いていないみたいなのですよね……
「太陽がいっぱい」金のペンダント
金貨のイニシャル「D」についても(小生は)確認できません。
映画ではフイッリプ・グリンリーフ、原作ではディッキー・グリンリーフで、映画でわざわざ原作のディッキー「D」を使用するとは考えられませんし。
トムとフイッリプの関係は映画でも原作でもお察しの通りですが、モンジベロでのフイッリプの本当の(男の)恋人はオブライエン(ラスト近くに、酔っ払って、マルジェの家に乗り込んでくる)なんですね。
ロケ地の探索ではありませんが…、
20年ほど前に、講談社の「週刊20世紀シネマ館・1960(1)」(2004.2.19発行)を読んでいたら、結末近くのあの有名なシーンに、
「太陽がいっぱいでね それ以外はいい気分だ」
とあったので、「ん?」となりました。それまでは、太陽がいっぱいで、いい気分だと思い込んでいたので、えーッ!となったのです。
それ以来ずっと気になっていたのですが、白水社の月刊誌「ふらんす」2018年6月号のP47が解決してくれました。
じゃんぽ~る西という人が、フランス人の奥さんに頼んでセリフを書き起こしてもらったら、
C’est le soleil qui tape, mais à part ça, je ne me suis jamais senti aussi bien.
「太陽がきつすぎるけど、それをのぞけば最高に気分がいい」
という意味になるそうで、「逆だったのかよ!」と衝撃を受けられたことをマンガで描かれています。
そういえば、このセリフの前に、店のおばちゃんが Non va bene?(具合よくないの?)って聞いてましたね。
ほりやんさま
ラストシーンのセリフについて
まず、二つの台詞を読んでください。
①「太陽がいっぱい」DVD字幕 パイオニア
おかみ「ご気分でも?」
おかみ「具合でも」
トム「太陽がいっぱいだ、今までで気分が最高だよ」
② 映画芸術 1960年7月 収録「太陽がいっぱい」シナリオ (田島梢訳)
おかみ「気分が悪いんですか?」
トム「何だって?」
おかみ「気分が悪いんですか?」
トム「太陽がギラギラして・・・だが、それ以外は、こんなにいい気持ちだったことはない・・・」
原文通りなら、ほりやんさんの調査どおり(②)になりますが、映画サブタイトルでは代名に引っ掛けて「太陽がいっぱいPlein Soleil」と誤訳?異訳?を敢えて採用しています。
これだと確かに、太陽が燦燦と輝き、トムの人生最高の時を太陽が祝福している、という反対の意味になります。
おかみが「具合が悪いの?」と聞いているので、トムは「太陽が強すぎて(よくない)」と答える方が自然でしょう。
それに続く、原文のmais(しかし)、a part,ca(それ以外)などの表現からもこのことが分かります。
しかし、映画の台詞「太陽がいっぱいだ、今までで気分が最高だよ」の方が一般的に定着して、ストーリーの流れからしても優れていると(個人的には)思います。
映画でなら、脚色した「誤訳」だっていいじゃないですか。
赤松幸吉様 コメントをくださりありがとうございます。
私の場合は誤訳と知ってからは、あのシーンを観るとツッコミを入れたくなってしまいます。難儀な性格です。
それはそうと以前に、赤松様は「Duval」という姓について言及されていましたが、非常にユニークな「太陽がいっぱい」についてのサイトがありまして、そこにはフィリップという名前の由来や、フラ・アンジェリコの「受胎告知」とこの映画との関係について、ほぉ~と言うような解釈が述べられています。
https://note.com/okamasayuki/m/mb1e29e6cd47d
このサイトでは「マルジュはマリア」であると解釈されており、これを前提にして、私なりに「Duval」について考えました。
1.Duvalの語源は、du (“of the”) + val (“valley”)
https://en.wiktionary.org/wiki/Duval
2.聖母マリア墳墓教会、別名聖母マリアの墓はエルサレムのオリーブ山の麓のケデロンの「谷」にある(Wikipedia)
以上から、フランス人にとってDuvalはありふれた姓ではありますが、マルジュに一番ふさわしい姓はデュヴァルであろうとクレマン監督が選ばれたのではないでしょうか。
ほりやんさま
早速のご返信ありがとうございます。
このユニークなサイトは以前に読んだことがあります。
当時は映画の批評になんでもかんでも「深読み」をするブームがあって、
これもその一つかなぁ、と思っていたくらいで、それほど気に留めていませんでした。
今回読み直してみると世の中には超マニア的な人もいたのだと驚嘆しますが、
その内容については「チョット????」という感じです。
(Marge) Duvalとい名前は映画の中で(多分)使用されておらず、
あるシナリオに書いてあったものです。
Duval にそんな意味があったとは知りませんでした。
ご教示ありがとうございました。
赤松幸吉様
強引な我流の解釈に対してコメントをくださりありがとうございました。
ところで、赤松様は「日本映画の鉄道シーンを語る」というサイトでも素晴らしいコメントを寄せられていますね。
私は「あの橋の畔で」の回でこの映画を初めて知り、すぐにツタヤディスカスで4部作を借りました。すれ違い映画の名作ですね。さすが野村芳太郎監督、この映画を知って幸せです。桑野みゆきは「彼岸花」の頃とは別人の顔でしたね。私は鉄道に関して門外漢ですが、鉄ちゃんたちの熱い投稿を感心して読んでいます。
「太陽がいっぱい」は大学1年生でフランス語を勉強している人でもわかる「勘違い訳」だということを指摘している人はいないのか,ということを探してこのサイトにたどり着きました.フランス語としては初歩的な話です.(1)「plein de ~」=「~がいっぱい(= full of)」ですが,一方,(2)「plein」=「満ちている状態(=full)」です.最初に訳した人は,plein de とpleinを読み違えたか辞書を引き間違えただけの話であって,フランス後でも英語でも「de」「of」があるかないかで意味が違うイディオムはたくさんあります.「辞書を最後までちゃんと見なさい」と言われるケースではないかと思います.
では「de」のない表現が使われないか,というと日常的に使われます.Pleine lune = full moon = 満月, nouvelle lune = new moon = 新月,はどの言語でも日常的に使われています.それぞれ,満ち欠けする月が「一番満ちて太ったり,1回なくなって新しくなったり」する状態を表現しています.そこでこの映画の原題,「Plein soleil」です.Pleine luneと対比させた表現であることはすぐに気づきます.太陽は月のように満ち欠けしませんがそれでも「太陽〈が〉満ちている」(太陽〈に〉満ちている,ではなく)という感じを表現したかった,と考えるべきでしょう.AI翻訳でもなんでもいいので「空には太陽がいっぱいだ」を訳させてみてください.「le ciel est plein de soleil」になり,「de」が入ります.逆に,「満ちた太陽」をフランス語訳するとPlein Soleilになります.
元ストラスブール大教授FKさん、コメントありがとうございます。
このところ時間がとれず返信が遅れまして申し訳ありません。
お名前にふさわしい詳細な原題解説、とても参考になりました。
<「太陽〈が〉満ちている」(太陽〈に〉満ちている,ではなく)>とはわかりやすく腑に落ちます。邦題はおそらく当時の配給会社がつけたものと思われますが、誤訳をやらかしたというよりはあえて意図的にそう表現してみせたというところでしょうか。
「太陽がいっぱい」というタイトルがあまりにもぴたりとハマったので、ラストのセリフの字幕もそれに寄せたのは無理もないかもしれませんね。
もちろん本当のところを知っているに越したことはないので、もし検索でこのページに来ていただいた方が、FKさんのコメントでなるほどガッテンしていただければ、うれしいです。
ご協力に感謝いたします。
>赤松さん、ほりやんさん
やりとり楽しく拝見しました。
そのうち参加しようと思っていましたが、ぼーっとサイトの更新を怠っている間に、とうとうアラン・ドロンまでが鬼籍に入ってしまいました……