『宮本武蔵 一乗寺の決斗』 (1964)

宮本武蔵 一乗寺の決斗

作品メモ

ひとつ前のエントリー『荒野の決闘』が西部劇を代表する決闘モノなら、こちらは日本代表選手?
中村(当時)錦之助が宮本武蔵を演じるシリーズ4作目、タイトル通り一乗寺における吉岡一門との死闘が描かれます。

以前『フランケンシュタイン』のコメント欄(2018年9月26日17:05)で赤松さんからこの映画をご紹介いただいたのが、このエントリーを作ったきっかけとなっています。
今は有料に戻ったようですが、その時はちょうどAmazon Primeで配信中でしたので良い画質で何度でも鑑賞でき、チェックに大変役立ちました。
家から一歩も出ずに、クリックだけで目的の映画がすぐに見られるのですから、有り難い時代になったものです。

https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B01NAJHPRK/

監督内田吐夢、脚本鈴木尚之・内田吐夢、撮影吉田貞次、音楽小杉太一郎。
内田監督は、翌年には『飢餓海峡』とシリーズ最終作となる『宮本武蔵 巌流島の決斗』を公開。
60年代の半ばとなると日本映画の先行きに暗雲が垂れ込めてきた頃かと思いますが、その時期にこうした力の入った作品を続けて撮ることができたのは、さすがと思います。

キャストも今の目線では名優がずらりと並んで壮観。詳細は各資料サイトをご覧ください。
個人的には、佐々木小次郎役の高倉健さんや、谷啓さんがツボでした。

一乗寺の決闘

クライマックスとなる吉岡一門との決闘場面は、一見の価値どころか、何度でも鑑賞に堪えうる素晴らしい出来映えでした。

原作(吉川英治)では5巻目「風の巻」。
青空文庫ならこちら↓
https://www.aozora.gr.jp/cards/001562/card52399.html

バガボンド(27)(モーニングKC)

バガボンド(26)(モーニングKC)

『バガボンド』では、26,27巻あたりです。
連載中も夢中になって立ち読みしました(買いなさい)。
きっと原作の新聞連載当時も、多くの読者が毎日毎日夢中になって読んでいたこととでしょう。

ロケ地

さすがにIMDbには記載なし。日本語版Wikipediaも同様。

ふだんは画面を見ながらウェブマップを頼りに探索しているのですが、気になった決闘の場面が普通の田んぼでしたので、資料がなければこれ以上は無理と早々にギブアップ。
近所の図書館へ行き、内田叶夢監督関連の書籍にあたってみました。

この映画に関しては、こちら↓が詳しかったです。

  • 鈴木尚之著『私説 内田吐夢伝』 (岩波書店1997年、岩波現代文庫2000年)。

中村錦之助さん版の宮本武蔵、すべての脚本を手がけられていて(共作含む)、名作『飢餓海峡』も担当……ということで、当時の資料としていちばん役立つものと思われます。

もう一冊、役立ちそうなのが、

  • 太田浩児著『夢を吐く―人間内田吐夢』(1985/3)

こちらは『飢餓海峡』で助監督を務められた太田浩児さんが書かれているため、同作についてとても詳しいです。
『飢餓海峡』のエントリーを書く際に、参考にさせていただければと思います。

あとは例によって、ウェブマップを頼りに画面とにらめっこでチェックしています。
間違えていたらごめんなさい。誤りのご指摘大歓迎です。

東映ロゴ

海に突き出た岩に荒い波がど~~んとぶつかり激しくしぶきをあげる名作ロゴ。
いつか取り上げようと思っていましたが、どうせなら東映時代劇のこの映画でチェックしてみましょう。

といっても、これはよく知られているように千葉県銚子の先端、犬吠埼。
Google Mapsにもしっかり<東映オープニング「荒磯に波」>とマークされています。
改めて調べるまでもないですね。

ロゴはいろいろ歴代バージョンがあるかと思いますが、今でも同じ岩を確認することができます。
写り具合を逆算すればカメラ位置も特定できますが、左右のアングル的にはだいたいこのあたりで、カメラ東南東向き。

中央の一番高い岩は、おそらくこれ↓

実際のカメラ位置は波打ち際の方まで降りていったあたりと思われますが、立ち入りできませんので、おとなしく上から眺めることにしましょう。

OP

冒頭いかにもシリーズ物らしく、いわゆる”Previously on”が語られます。
テンポの良い紹介で、これなら置いてけぼりをくらう心配はありません。

三十三間堂

吉岡伝七郎(平幹二朗)と対決したのは、原作通り蓮華王院三十三間堂W
とても絵になりますが、ここはふだん映画の撮影に使えるのでしょうか?

By Peter 111
via Wikimedia commons
(public domain)

一乗寺下り松

これは先に紹介した鈴木尚之著『私説 内田吐夢伝』に詳細が記されています。

要点をご紹介しますと、

  • 「一乗寺下り松」に適した風景と松の組み合わせはロケハンでは見つからず、饗庭野(あえばの)の演習場で監督がここぞという場所を見つけ、そこに松を立てることにした。
  • 松は3本の電柱を立て、松の皮をはりつけた。高さ18m。
  • 松に至る三筋の小径は、田んぼの中に古畳を敷き土砂を置いて作った。
  • 撮影は設定通り早朝。日の出前のわずかな時間(15分間程度)のみで、せいぜい3カット。
  • カラーで撮っても色は出ないのでモノクロで撮影。
  • 撮影は11月下旬(公開予定は翌年正月一週)。

というわけで、松は作り物でした。
立てられた場所ですが、まず饗庭野(あえばの)の演習場とは、先日迫撃弾が飛び出してしまってニュースになったところですね(汗)。
田んぼとして使っているということは演習場のど真ん中のわけはなく、周辺を探せば良いことになり、しかも決闘場面の最後では周辺の山並みも写っていますから、そういったものを手がかりに、昔の空撮画像で探索を続けました。

おそらく演習場の北端のこちら↓、板倉山と大俵山という山に挟まれたエリアと思われますが、現在のマップでは田んぼは確認できず、Google Mapsでは「天然記念動生物棲息地」とマークされています。

国土地理院地図・空中写真閲覧サービスでは、例えばこれら↓で田んぼを確認できます。

リアルでは(参考)

一乗寺下り松W

ロケ地マップ

 
 

 

資料

更新履歴

  • 2018/12/31 新規アップ

『宮本武蔵 一乗寺の決斗』 (1964)” への2件のコメント

  1. この映画を見てから何年か経って、ロケ地探訪をしたことがあります。

    ロケの舞台となった三十三間堂は長さが120メートルの長大な木造建築で訪れる人を圧倒します。

    本堂内陣裏手には、成瀬巳喜男監督の「三十三間堂通し矢物語」(戦前の1945年)のスチルとともに映画の主人公(実在の人物)の記録を彫った奉納額が展示されています。

    ここは数多くの時代劇ロケが行われていますが、一番有名なものは「三十三間堂通し矢物語」でしょう。

    その額の末尾には「宮本武蔵 一乗寺の決闘」についても上掲(じょうけい)されていて、中村錦之助の武蔵と高倉健の吉岡伝七郎が対決するシーンがここで撮られたとありました。

    勿論、吉岡伝七郎は平幹二朗で、佐々木小次郎の高倉と混同しているらしく、苦笑いをしたことを覚えています。

    この額は3年前再び訪れたときにもまだあったので、現在でもそのままあると思います。

    一乗寺については、当時は内田叶夢監督関連の書籍などなく、まったく雲を掴む気持ちで、とにかく映画の雰囲気だけでも味わおうと、「一乗寺」だから「一乗寺」付近だろうと、叡山電鉄の「一乗寺」駅へと出かけました。

    勿論、まったく見当違いで、当時でも一乗寺付近にはあのような手付かずの田野はすでに見られず、舞台は滋賀県で、松は作り物ということを今回初めて知りました。

    この作品がテレビ放映されたとき、決闘シーンに「監督の芸術的意図により白黒で撮影されています」というようなテロップが添えられていました。

    昔は、カラー番組なのに突然白黒になるとテレビの故障と思う人がいたためです。

  2. 赤松幸吉さん、コメントありがとうございます。返信遅れてすみません。
    さすがといいますか、この映画もロケ地訪問されたのですね。
    三十三間堂は観光で訪れているはずですが、その奉納額は知りませんでした。次に京都へ行った時には、間違い紹介(笑)とともにチェックしてこようと思います。
    あの場所はずらり並んだ仏像も素晴らしいですが、建造物自体が本当に見応えありますよね。
    そうそう、宮本武蔵の松は作り物でした。本編見ていても全く気づきませんでした。凝った絵作り含めて、すごい出来映えですよね。
    今回は映像上では手がかりがないため、珍しく?書籍をたよりにしましたが、スッキリできたので手間かけて良かったです。
    明け方の場面は光の量が同じくらいの夕方撮影すれば撮影日数を半分にできたのに、そうはせずに明け方の短い時間にこだわり、ぎりぎりの緊張感の中で撮影を続けたそうで、そういった執念のようなものが実を結んでいるのでしょうね。

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