『心の旅路』 Random Harvest (1942)

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it may not be too late!

作品メモ

『ドニー・ダーコ』『バタフライ・エフェクト』『ダブリン悪意の森』『レミニセンティア』と記憶の喪失にまつわる映画をチェックしてきましたが、その手のアイデアは何もSFやミステリーの専売特許ではなく、普通のドラマ作品でも繰り返し扱われてきたことと思います。
その代表選手がこの『心の旅路』。おそらく「記憶喪失もののメロドラマ」と言ったら多くの人がこの映画を思い浮かべるのではないでしょうか。

第一次大戦中に戦場で記憶を失い入院していた男が、面倒を見てくれた女性と結ばれますが、ある時出かけた先で転倒して頭を強打。その拍子に昔の記憶が蘇り本来の実家へ戻ることはできたものの、今度はかつて女性と過ごした日々の記憶はすっかり失われてしまっていて……

といったお話。
なにより、男が元の記憶をとりもどすと、今度は元の記憶を喪失していた期間の記憶を喪失してしまう(ややこしい)というのが実に優れた作劇上のアイデアで、医学上あり得るのかどうかは知りませんが、これによってまるで舞台が回転して場面転換するかのように物語が大きく動きます。
当然ヒロインにとっては青天の霹靂。彼女から見れば、夫が都会に出て行ったきり戻ってこないわけで、生まれたばかりの赤ん坊を抱えてどれだけ嘆き、また苦労したことか。
そのあたりは後ほどセリフだけで済ませてしまっていますが、あとはもうその彼女がいかにして彼と再会し、彼の記憶がよみがえって、二人して再び幸せを掴むかという長い道のりを、観客はハラハラドキドキしながら見守ることになります。

以下ちょっとネタバレとなりますが、そのヒロインの再登場の場面は、さりげない演出でハッとさせられます。
その後も、見ている方は「なんで気づかないんだよ~」とコールマンの口ひげをむしりたくなるぐらいじりじりし、苦悩するヒロインの姿に胸を打たれては「なんで名乗らないんだよ~~」と思わずツッコミたくなる[1]それができない理由は1:20頃語られます。という具合に、演出家の思うがままに情感を操られます。(よく考えてみれば、彼女のやったことってまるでストーカーですが、そのことに気づかせないのは映画の魔法♪)

『哀愁』や『めぐり逢い』、『君の名は』は物理的なすれ違いものでしたが、『心の旅路』はいわば記憶のすれ違い。目の前に当人がいるのに認識してもらえない事態は、考えようによってはこちらの方がずっとキツいかもしれませんね。
このあたりの巧みな作劇を含めて、実に面白い、そして心を揺さぶられる名作となっていると思います。

キャスト

第一次大戦のフランス戦線で記憶を失ったイギリス軍大尉、名無しのジョン・スミス(愛称スミシー)、またはリッチな一族の一員チャールズ・レイニアー(レイナー)Charles Rainierにロナルド・コールマン。
原作では入院時に20代半ばの若者ですが、コールマンは1891年生まれですから撮影当時ほぼ50歳。映画の年齢設定は不明ですが、さすがに20代には見えないかもしれませんね……

ヒロインの心優しい踊り子ポーラ Paula、または有能な秘書マーガレットにグリア・ガースン。
本作の前後は、『ミニヴァー夫人』(41)、『キューリー夫人』(43)、『パーキントン夫人』(44)と夫人づくし。米アカデミー賞のノミネートも40年代に集中していますので、このあたりが女優さんとしてひとつ頂点を極めていた頃かと思います。
IMDbのTriviaによると、撮影監督ジョセフ・ルッテンバーグは彼女の右側(向かって左)が良いとのことで、そちらからのショットが多くなるようにセッティングしたとのこと。そう言われてみれば確かにそうですね。
(お名前は書きませんが、日本の女優さんでもどちら側かが決まっている人がいまして、画像検索するとみな同じ向きに並んでいたりします)

……と、ほぼこの2人で成り立っている映画ですが、他にチャールズのことを気に入って積極的に迫ってきた親戚の娘[2]姉ジルの亡夫の連れ子という設定で血はつながっていない。キティ役のスーザン・ピータースが印象的。
2人並ぶと、昔のハリウッド映画の「おじさまと若い娘」というありがちすぎる構図となりますが、とてもチャーミングで、ステロタイプな役柄を越えて存分に魅力を放っていたと思います。

日本での公開作は端役を除けばこれ一本の模様。個人的には本作の他、ロバート・テイラーと共演した”Song of Russia”(44 未公開)のヒロインとして記憶に残っている女優さんです。

作品の中の彼女は、若さはつらつ、明るく前向きで見るものを勇気づけてくれますが、リアルの世界での彼女については、とても残念なお話をしなければなりません。
WikipediaWIMDbに拠れば、彼女は1945年に猟銃の暴発事故で下半身が麻痺してしまいます。MGMとの契約終了や離婚を経て、車椅子でドラマや舞台に挑みますが、やはり精神的に厳しいものがあったのでしょうか、摂食障害等で体調を崩し、1952年に31歳の若さでこの世を去っています。

こちら↓はWikimedia Commonsにあった画像で、『心の旅路』の宣伝用写真とのことです(こういった場面はありません)。
この先幾年も輝ける未来があったはず……と思うと、本当に惜しまれます。

スタッフ

監督マーヴィン・ルロイ。『哀愁』(40)と並ぶメロものの代表作です。
『哀愁』もまたイギリスが舞台のアメリカ映画でした。
こう↓並べると、口ひげのせいか美人女優さんのせいか、区別がなかなかつかないですね 😅

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映画は1942年に製作公開。日本ではすでに大陸に続いてアメリカとも戦争を構えてしまっていました。当然公開は戦後の1947年。
原作ジェームズ・ヒルトン、撮影ジョセフ・ルッテンバーグ、音楽ハーバート・ストサート。

原作

ジェームズ・ヒルトンといいますと、本作の他にも『チップス先生さようなら』や『失われた地平線』、『鎧なき騎士』と映画化作品が浮かびます。
個人的には昔早川書房から出ていた『私たちは孤独ではない』も記憶に残っています。これも映画になっているようですね(日本未公開)。

『心の旅路』の原作(1941)も、三笠書房(中田耕治氏訳)や角川文庫(安達昭雄氏訳)で出ていましたが、今となっては入手しづらいでしょうか。

原文でよければ、たとえばこちら↓で無料で読むことができますし[3] … Continue reading

Kindle版ではこのあたり↓が安いです。

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映画化に際しては、だいぶ脚色が加えられています。
実は原作のままですと、映画としてなりたたないんですよね。

映画と原作の内容について、ネタばれにつき折りたたんでいます。クリックで開閉します。
映画
(すべて時系列で進む)
⇒ 病院を抜け出してヒロインと会い、2人だけの生活
⇒ 頭を打って本来の自分を思い出し実家へ戻る。相続し事業で成功。
⇒ 秘書としてヒロインがいきなり登場(観客は気づくが主人公は気づかない)
⇒ 事業はさらに成功、政治家となり、ポーラだと気づかぬまま秘書と結婚
⇒ 空白の過去が気になり少しずつ記憶を辿ろうとする
⇒ 現地へ向かい家を見つけ鍵を開けたところでヒロイン登場。すべて思い出し、真相を理解して抱擁。
原作
(語り手の「私」がいる。主人公の過去を聞き取り、最後にふたりの顛末を見届けるという構成で、時系列でない)
⇒ 第1部 1937年~ チャールズはすでに政治家となっていて、元秘書の夫人がいる。
⇒ 第2部 1919年12月27日に頭を打って記憶を取り戻してからの回想。傾いた実家の会社を立て直す。1929年ミス・ハンスレット Miss Hanslettという新しい秘書が来る。[4] … Continue reading
⇒ 第3部 事業に没頭。父親の地盤を引き継いで政治家となり、秘書のハンスレット[5]映画ではマーガレット・ハンスンと結婚。
(回想が終わり、リアルタイムの記述となる)1939年芝居『国旗に敬礼』を見て[6]原作でかつてポーラが出演していた芝居、メルベリーの病院にいたことを思い出し現地へ向かう。
⇒ 第4部 (取り戻した空白の記憶)1918年11月11日、病院を抜け出した男スミスは終戦でわきたつ街へ出ていき、ポーラ・リッジウェイという娘に助けられる。1919年6月28日結婚、ロンドンに居を構えるが、リヴァプールへ出かけた時に転んで頭を打つ。
⇒ 第5部 記憶を取り戻したチャールズはポーラを探しはじめ、思い出の地へと赴く。「私」は夫人のことを案じ、夫人とともに現地へ向かう。すべてを悟ったチャールズは、夫人と固く抱擁。「私」(と読者)もそこで初めて夫人の真実を知る。

つまり、原作では最初から登場している政治家夫人が実は記憶喪失期間の妻ポーラなのですが、そのことはチャールズはもちろん語り手や読者も知らされません。
第4部での描写も文字だけですからポーラと夫人とは結びつかず、最後の最後ではじめて、チャールズも語り手も読者もそのことに気づいて驚き感銘を受けるという大団円になっています。
原作通りの順番で第4部(空白の2年間)を映像化したのではその時点で夫人が誰だかバレてしまいまい、ラストのインパクトはないも同然。
そこで映画では構成を時系列に整理。秘書がポーラであることは観客には最初から提示し、チャールズだけが知らないという風に変更。すべてを知っている観客をじらすことに軸足を置き、ラストでようやくチャールズが妻こそがポーラだったと悟ることで、観客がカタルシスを得るようになっています。 

タイトル

ところで原題の”Random Harvest”ですが、いまいちピンとこない表現ですね。
映画でも館の名前をわざわざ”Random Hall”として、半ば強引にRandomに結びつけています。この名称は原作にはない設定で、もしかすると英語圏(特にアメリカ)の観客にも原題はピンと来ない表現なのかもしれません。
ここらへん、詳しい方ぜひ教えてください。

ちなみに原作では、冒頭扉の引用でこうなっています(”Random”は先頭大文字ママ)。

“According to a British Official Report bombs fell at Random.”
– GERMAN OFFICIAL REPORT

またラストは、

Then he whispered something I couldn’t hear; but I know in a flash that the gap was closed, that the random years were at an end, that the past and the future would join.

それから、彼がなにかささやいた。私の耳には聞こえなかった。けれども一瞬のうちに私はさとったのだ……ふたりの間にあった空隙が埋められ、あてどない歳月はここに幕を閉ざし、過去と未来とがむすびついたことを。(中田耕治氏訳)

字面だけで解釈するなら、ランダムに落とされた爆弾によって物語のきっかけ(戦場での記憶喪失)が生じ、以来ランダムに揺れ動いてきた2人の時間線が、最後ブレることなくしっかりとより合わさってしめくくられたということでしょうか。
なんにせよ、ちょっと面倒な”Random Harvest”を「心の旅路」とした配給会社、まことにグッジョブでした。

ロケ地

IMDbでは、

Metro-Goldwyn-Mayer Studios – 10202 W. Washington Blvd., Culver City, California, USA

とハリウッドのMGMスタジオのみ記載。
舞台はイギリスですが、大半がスタジオでの撮影と思われ、ロケ地チェックはほぼ不可能な映画となっています。
前置きが長かった割にネタはないに等しいですが、一応いくつかの場面をチェック。
例によって間違えていたらごめんなさい。誤りのご指摘大歓迎です。

病院

設定ではメルブリッジ郡立精神病院(MELBRIDGE COUNTY ASYLUM)。
近くにある工場は、メルブリッジ・ケーブル工場。
これを含めて、最初のパートは英国中部のメルブリッジ Melbridge という街が舞台ですが、これは架空の地名でしょうか。

列車が出ていく駅

0:58  列車が出ていく駅は、ホンモノでしょうね。
設定通りこちら↓の駅に思えますが、資料映像的なものでしょうか。

Liverpool Lime Street railway stationW

こちら↓は参考画像ですが1959年のもの。

ランダム邸

RANDOM HALL

「タイトル」でも書きましたが、この名称は映画オリジナル。
原作ではスタートン Stourtonにある大きな屋敷という設定で、特に名前はありません。

1:04頃屋敷の前が写ります。
1:25頃の庭の場面も、設定上はこの邸宅のはず。

案外全部セットかもしれません。
いずれにせよ、手がかり少なく場所を追求するのは難しそう。

劇場

1:44
この劇場、実はキティ役のスーザン・ピータースがロバート・テイラーと共演した前述の”Song of Russia”(1944 未)でも、演奏会場として登場しています。そこでは貴賓席だけでなく下の客席を含めて劇場の約半分がフレームに収まっていますのでリアルな場所の可能性もありますが、ぱっと見はやはりセットですね。

全くの余談ですが、この”Song of Russia”、タイトルからもおわかりの通り思いっきり(対独の同盟としての)親ソな内容となっています。
アメリカの著名指揮者がソ連を訪れ、各地で公演を重ねるうちに現地の美しきピアニストと恋に落ちるというお話で、合間にソ連各地の資料映像的な動画がインサートされ、彼の国を身近に感じさせようという意図がたっぷり込められています。
それがわずか数年後、戦後の東西冷戦時代となるとハリウッドでは赤狩りが始まり、当然この映画を含めて親ソ的プロパガンダ映画が問題視。ロバート・テイラーも下院非米活動委員会(HUAC)に対してあれこれ弁明せざるを得なかったようです。

当時の同様の親ソ映画はたとえば……

  • 『モスクワへの密使』Mission to Moscow (1943)
  • The North Star (1943)
  • Days of Glory (1944) IMDb

晩餐会

1:45
高い天井の大きなホール。
設定ではランダム邸。
セットかリアルか不明。

駅構内

1:54
鉄骨や屋根の具合がウォータールー駅かヴィクトリア駅に似て見えますが、これもイギリスのターミナル駅を模したセットですね。

ラスト

映画の前半とラストに登場する思い出の住まいは、もちろんスタジオセット。

原作では2人はロンドン市内に間借りしていたという設定なので、こうした思い出の一戸建てのようなものはありません。

ラスト、ネタばれにつき折りたたんでいます。クリックで開閉します。
ここで印象的な小道具である鍵が生かされるわけですが、これは映画オリジナル。原作では登場しません。
持ち続けていた鍵がぴったりはまり扉が開くところでぞくぞくっとくること必至。実に見事なアイデアだと思います。
この鍵については、星新一さんの名作ショートショート「鍵」を連想された方も多いのではないでしょうか。(『妄想銀行』収録)

原作のラストでは、別の名作SF短編をつい思い浮かべてしまいます。
原作では戸建てのかわりに、プロポーズした丘がラストの舞台となります。
その情景描写といい、すべてが氷解して2人の人生が再びしっかりと交わり絆がより確かなものになるあたりといい、ロバート・F・ヤングの短編「たんぽぽ娘」に近いものを感じました。この映画がお役に立っていませんかね?


ところで、映画のラストシーン、私は長い間「おかえりなさい、あなた」というセリフで終わるのだと思いこんでいました。
別の映画と記憶が混濁してしまっていたのだと思いますが、これ、何の映画でしたっけ?
転んで頭打てば思い出すのかもしれませんけど 😇

資料

更新履歴

  • 2021/03/14 新規アップ

References

References
1 それができない理由は1:20頃語られます。
2 姉ジルの亡夫の連れ子という設定で血はつながっていない。
3 ヒルトンの著作権は保護期間50年の国では一度切れているはずですが(後で70年になっても不遡及となるはず)、国によって違うと思いますので、要確認。
4 1929年10月にキティと結婚が予定されるも、婚約解消の置き手紙を残してキティは去るのですが、その時の2人の会話からその頃新しい秘書が来たことがわかります。
5 映画ではマーガレット・ハンスン
6 原作でかつてポーラが出演していた芝居

コメント

  1. 赤松幸吉 より:

    Random Harvest の意味は不可解で、私も以前に調べたことがあります。

    Randomには「気の向くままに」、Harvestには「結果・果実」のような辞書的な意味があります。

    角川文庫の翻訳では「あてどなき収穫」という意味で捉えているようですが、「行き当たりばったりの結末」、「意図せぬ幸せの果実」という意味らしい(これらはインターネットの記事からの受け売り)です。
    ネイティブにもピンと来ない表現なのでしょう。

  2. 居ながらシネマ より:

    赤松幸吉さん、コメントありがとうございます。
    “Random Harvest”気になりますよね。
    角川文庫版では「あてどなき収穫」でしたか。私最初に読んだのが角川文庫版でしたが、とっくに破棄してしまっていて、今回三笠書房の方を捜して引用してみました。
    じっと考えるとなんとなくニュアンスは伝わってきますが、一度邦題を知ってしまうと「心の旅路」がずっと絶妙でしっくりきますね。これを英題にすれば良いのに、と思ったりします。

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