『竹山ひとり旅』 (1977)

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作品メモ

『裸の島』『人間』『愛妻物語』『午後の遺言状』と新藤兼人監督作品を見てきましたが、最後にこちら『竹山ひとり旅』をチェック。

津軽三味線の第一人者、高橋竹山氏の伝記もので、「竹山」を名乗る前の若き日を描きます。
テーマが良かったのでしょうか、語り口がよかったのでしょうか、ドラマ性や娯楽性がうまく溶け合っていて、新藤監督作の中でもとてもおもしろく見ることができた一本です。「ちくざん」を「たけやま」と読んでしまうぐらいこのジャンルに疎い方でも、竹山先生がたどった足跡を三味線の音色とともに十分堪能できるのではないでしょうか。
各地を転々としたロケ撮影も、小規模のプロダクションならではのフットワークの良さが伺えて、惹かれるものがありました。
次のエントリーで、同年の『はなれ瞽女おりん』をチェックするつもりですが、比べてみるとより興味深いかもしれませんね。
私はどちらもたっぷり好みです 🙂

キャストは……
主演の高橋竹山の青年期、定蔵(さだぞう)時代を演じたのが、林隆三さん。テレビの世界ではすでに人気俳優でしたが、忙しい合間を縫って劇場用映画に出演するというのは何か期するものがあったのでしょうか。どこかひょうひょうとした持ち味がいかんなく発揮され、昭和初期の貧しい底辺スレスレのボサマの生活も、陰鬱な描写にならずにすんだように思えます。
その母親トヨに乙羽信子さん。定蔵が独り立ちしてからもその身を案じ、まるでGPSで追跡でもしているかのように行く先々で位置をキャッチして登場、何かとサポートします。
父親定吉に金井大さん。
最初の妻ユミ江に島村佳江さん。
二番目の妻フジに倍賞美津子さん。こちらは史実は知りませんが、小さい子を連れていて目が不自由という設定でした。倍賞さんが次に新藤監督作に出演するのは18年後の『午後の遺言状』。
……とこのあたりが定蔵の家族。

典型的な串団子型ロードムービーとなっていて、ひとり旅の行く先々で様々な人と出会い、同行と別れが繰り返されます。
魅力たっぷりの脇役が次から次に登場しますが、次の「ロケ地」チェックでできるだけ触れたいと思います。

監督脚本新藤兼人、撮影黒田清巳、音楽林光。
製作に近代映画協会と並んでジァン・ジァンの名前がありますが、これは渋谷公園通りの山手教会の地下にあった小劇場。高橋竹山のライブを行ってブームの火付け役といいますか起点のようになっていました。年代的にはむしろ斎藤耕一監督の『津軽じょんがら節』(73)の頃で、こちらも当然三味線は竹山さんであったと思います。
なお映画サイトによっては「ジャン・ジャン」と書かれているのもありますが、「ジァン・ジァン」が正解(のはず)。

「ジァンジァン」

▼20/11/11 項目追加
「ジァンジァン」なのか「ジァン・ジァン」なのか「ジャンジャン」なのか……。
コメント欄(2020年11月10日 14:33)でmilouさんからデータをいろいろと寄せていただきましたが、そこで触れられていたチケットの画像がこちらです。
確かに<小劇場 Jean-Jean>となっていますね。
貴重な画像、ありがとうございました。

ロケ地

今回は開始早々に、こりゃ映像だけではわからんとギブアップ。
好みの映画でしたので、できるだけ詳しくと思い、珍しく資料本を用意しました。
新藤監督が記した撮影日記がこちら↓の本に収録されていましたので、それを参考にしています(以下「撮影日記」)。

新藤兼人『映像ひとり旅』(1978年 未來社)

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撮影の手順や俳優さんが現場に来ては帰って行く様子などが細かく記録されていていて、合間に挟まれた監督の所感とあわせてとても面白い読み物となっています。
それによると、竹山の故郷小湊(平内町)をはじめ、青森県北部の各所で撮影されていました。

例によって、ウェブマップを頼りに画面とにらめっこでチェックしています。
間違えていたらごめんなさい。誤りのご指摘大歓迎です。

子供時代

眼科医

0:05
<木村眼科醫院>とあります。
小湊での撮影とのこと。

豪農の家

0:08

父親が働いていた先。 黒石宇野家とのこと。
確かに雪がかぶった屋敷は、こちら↓に掲載されている画像と同じですね。

http://www.city.kuroishi.aomori.jp/kankou/bunkazai/jinbutsuden/uno.html

マップでの位置は略。

雷電神社

0:10
小湊の平内町に雷電宮がありますので、そちらかもしれません。

小学校

10:00 設定では<小湊尋常高等小學校>。

おそらく小湊小学校の旧校舎。
その後西側200mほどのところに建て替えられた模様で、跡地は現在図書館など町の施設になっています。
地理院地図・電子国土Web(1974-78)では、新旧の校舎を確認できますね。
映画で写っていたのは、旧校舎の東側の南端と思われます。(カメラ西向き)

いじめ

子供たちがはやし立てながら定蔵を追いかける場面。

木の橋を渡りますが、これはこの後弟子入りするために母子で渡る場面など何度か登場するところでしょうか?
気になるので調査中。

弟子入り

0:14
15歳の時、戸倉重太郎に弟子入りのため渡るところ。
0:24に林隆三さんとなって戻ってくるのも同じ。

前項目で子供たちが駆けていった橋と同じですが、調査中。

師匠戸倉重太郎を演じた観世栄夫さん、どの場面も説得力ある演技でした。
その妻に根岸明美さん。

冬の海岸

0:20
冬の海岸を、戸倉の妻が先導し、戸倉と定蔵が連なっていく場面。 これだけで胸が締め付けられます。

「撮影日記」に拠れば、横浜町の海岸とのことです。
よく見ると線路に沿って歩いているようですが、このあたりでしょうか?

門付

門松のある家の前での正月の門付(かどづけ)。
「撮影日記」に拠れば、浅虫とのこと。
SVであたってみたところ、ズバリの場所がわかりました。

こちら↓の駐車場右側の1軒が、映画の背景右端にあったもの。

カメラ西向き。

次に寄ったのは「館見北」とある旅館か温泉のような構えの家。
こちらは場所がわかりませんでした。

その後3人が来たときと同じように線路沿いに去って行く姿は、これまたとても印象に残ります。

このカットで、右端の小屋はこれ↓かもしれません。

宿屋

0:22

粘って83銭になったところ。

役名北海道の木賃宿の女中に佐々木すみ江さん。
その夫に織本順吉さん。

たき火

乾かそうとしたお札が飛んでいってしまう海岸。
特徴的な島が見えますが、浅虫の沖合に浮かぶこちら↓

湯ノ島W

おそらく撮影場所となった岩場はこのあたり↓

独立

0:24

林隆三さんが成長した定蔵となって、深い雪の中、例の橋をやってきます。

漁村

誰もいない村で出てきたのは老婆ひとり。吹雪でよく見えませんが、こちらどなたでしたでしょうか??

仙太

連絡船で北海道に渡り、仙太と出会います。
北海道の場面は、景色のエスタブリッシングショットを除けば、実際には青森で撮影されています。

北海道の駅

0:28
<駒ヶ岳山麓>とテロップが出るところ。

川谷拓三さん演じる泥棒の仙太が登場します。

鹿部駅(しかべえき)W

ここは外観のみ。
待合室の中は、平内町のこちら↓で撮影とのこと。

狩場沢駅W

建て替えられている感じで、確認は難しいでしょうか。

川谷さんの登場は映画にいいリズムを作っていましたね 🙂

仙太との門付

0:30
「撮影日記」に拠れば、小湊の寺とのこと。
浦辺粂子さん、寒そうに登場。
テキトーにうなってる川谷さん、とても良い味出しています。

貨車

「撮影日記」に拠れば、野辺地発の貨車で、横浜駅までの間で撮影。
横浜駅で8分間の停車中に、あわただしく地上からのワンカット。

北海道ひとり旅

その後ひとりで北海道の各地を回る……という設定。

江差町

0:32
地図が江差町を示します。
小屋での演奏。
「撮影日記」に拠れば、小湊の廃屋で、エキストラは地元の人たち40人。

積丹岬

0:32
積丹岬という設定ですが、実際の撮影は、青森県佐井の願かけ岩。

最初のカットは、北側の女願かけ岩。実際に上ってますね……
海に向かって叫んだあとのカットは、南側の男願かけ岩。実際に上ってますね……
画面見ただけでめまいを起こしそうです。

渡し船

0:33
設定では石狩川。
「撮影日記」に拠れば、撮影は千葉県の安食(あじき)。となると利根川でしょうか。
『鬼婆』の時のツテがあったそうです。

室蘭港

0:35

実際の撮影は青森港。
蔵の角を曲がりますが、場所不明。

商人宿

0:35
青森へ渡れず泊まったところ。飴売りの彦市(戸浦六宏)と出会います。
これは大映撮影所のセット撮影。
母親トヨがなぜか場所を探知して登場。
後ろの席で、札売りの女役の絵沢萠子さんが様子をうかがっています。

翌日の飴屋に扮した戸浦六宏さん、なかなかの出で立ちです。

下北半島ひとり旅

大畑町

地図で大畑町(おおはたまち)が示されます。
廃船の傍を通り過ぎます。クライマックスシーンは、廃船だらけの大畑の海岸で撮られているようですが、こちらのカットも同じ海岸なのかは不明。

札売りの女

0:40
絵沢萠子さん演じる札売りの女と出会うところ。
絵沢さんは戸浦さんがいた商人宿で、すぐ後ろにいましたね。

神社の階段は気になるので調査中。
一夜をともにした翌朝、野道で別れますが、林隆三さんの背景の山は、平内町のこのあたり↓と似て見えます。

本州最北端之碑

0:43

ホンモノは大間町のこちら↓

仙太2

仙太と再会

0:43

鋳掛屋に転業していた仙太と再会した海岸。
「撮影日記」に拠れば、こちら↓

大間町奥戸

仙太の頭の後ろに見える岩が、こちら↓と思われます。

郵便配達

0:46

熊よけの喇叭を吹きながら通り過ぎる大泉滉さん。
出番は1カットだけ 😆

恐山

女性巡礼が地蔵和讃を唱えながら巡っていたのは、このあたり↓でしょうか

一重組んでは父のため
二重組んでは母のため
三重組んではふるさとの……

仙太との別れ

極楽浜。湖は宇曽利湖(うそりこ)、あるいは宇曽利山湖(うそりやまこ)。

川谷さんはここまで。
母親を思い出して故郷へ帰る仙太、いい奴でした。

農家のお婆さん

0:50
ゼニも味噌も塩も、何もかも切らした家のお婆さん。
キャスティングを見ると、初井言栄さんのはずですが、ほとんどお顔が見えません。しかもたった1カット。
なんという贅沢な登場の仕方♪

作兵衛

作兵衛の住まい

0:50
八戸の松本作兵衛を頼ってきたところ。実は立派な農家。
常連の殿山泰司さんが出てくると、それだけで盛り上がります。

妻・お時役は川口敦子さん。
娘役は、青森工業高校の演劇部の女学生とのこと。

この藁葺き屋根の家は、粘ればわかるかもしれません。

釜石市

0:53

村の広場で、作兵衛が大黒舞を披露。定蔵は三味線で盛り上げます。
次のカットでは演者が交代。定蔵の大黒舞は勢いだけのような疑惑……。
この場面のエキストラさんたちはきっと地元の方たちでしょうけど、皆さん良い表情ですね。

早朝の海岸

翌朝、船小屋で泊まったふたり。元気に海に飛び込んでいきますが、このあたりは横浜の海岸のようです。
ふたりで流木やらなにやらありあわせのもので煮炊きする場面もなかなか良かったかも。

雨の村

0:57
雨の村を行く2人。
「撮影日記」に拠れば、久栗坂の漁師町。雨のシーンはホースを使ってまいたとか。

雨の海岸

「撮影日記」に拠れば、下北川内の海岸とあります。天気が良すぎて曇りを待機したとのこと。

最後に殿山さんがぽつりとつぶやくのが印象的。

旅の終わりの雨か

そしてまた定蔵のひとり旅となります。

結婚

宮古市

0:58

宮古市の地図が表示され、廃船のカットの跡。

トヨが雪の中、海岸の小屋を訪ねてきます。

「撮影日記」に拠れば、明前(みょうまえ)。
小屋の背景の陸影で、それと確認できます。

祝言

1:01

定蔵の家。
大映撮影所のセット。

最初の妻となるユミ江は島村佳江さん。
おきれいな女優さんでしたが、いつもどこか幸薄そうな雰囲気を漂わせていました。その意味でぴったりのキャスティング。
結婚後は夫婦で回ります。

蟹田町

蟹田町の地図が示されます。

冬の海岸。
場所不明。

豪農の家

1:02

ユミ江とふたりで訪れたところ。
「撮影日記」に拠れば、五戸町(ごのへまち)の江渡邸。

豪農の旦那は森塚敏さん。

ユミ江が横たわっていた蔵の中は、実際には小湊小学校の教室。

別れの海岸

1:05
大畑海岸。最後の方、クライマックスシーンでも登場します。

背景はこのあたり↓の感じ。電子国土Webでは、廃船かどうかわかりませんが船影がいくも見えます。

島村佳江さん、熱演ですがセリフがないですね……

再びひとり旅

竜飛岬

1:07
竜飛岬の地図が示されます。

小道具屋

1:08
尺八を買うところ。
「撮影日記」に拠れば、「撮影日記」に拠れば、浅虫の民家とのこと。

富子

伊佐山ひろ子さん演じる富子と。

カフェ

1:09
伊佐山ひろ子さんが切り盛りしています。
そのあとすぐに仲良くなりますが、この映画の竹山先生、モテモテですね。

映画館

1:11
「撮影日記」に拠れば、大映撮影所のアフレコルームとのこと。
かかっていたのは伊藤大輔監督の『血煙高田の馬場』で、主演は大河内傳次郎。
弁士は松田春翠さん。

飴屋

再び戸浦六宏さん。
伊佐山ひろ子さんも加わります。

子供たちを集めていたのは、「撮影日記」に拠れば口広地区とのこと。
日差しや道路構成的には、たとえばこういったあたり↓

目薬売り

1:13

目薬を販売していたところ。
目薬といってもただの水。まあプラセボです(汗)。

「撮影日記」に拠れば、久栗坂の漁師町。
背景の用水路が特徴的なので探してみました。
おそらくマップで観音寺とあるこちらのお寺の参道部分↓

浪花節

興行会場は校舎。
楽屋は浅所の公民館。

雨の宿

1:15

またしても突如現れる乙羽さん。凄い探知能力です。
「撮影日記」に拠れば、久栗坂の昔網元だった古い家を安宿の部屋に仕立てたとのこと。

伊佐山さんとはここまで。

母親と

門付

1:19
再婚の話を断り、母親と門付で回ります。

地蔵堂

1:20
火をたいて母子で休むところ。

川倉の賽の河原地蔵尊堂。
現在と外観が異なりますが、建て替えられているようです。

映画の頃の姿は、たとえばこちら↓で見ることができます。

やまと草紙
http://yamato-soshi.jp/2018/08/01/津軽(青森県五所川原市)川倉地蔵尊例大祭-(前/

再婚

定蔵の家

1:21
倍賞美津子さん演じるフジと娘がやってくるところ。 内部は撮影所のセット撮影。

再婚してもひとり旅は続きます。

大鰐町

1:25
大鰐町(おおわにまち)の地図が示されます。

出征兵士を見送る行列が、雪原を進みます。
歌は当然のように「露営の歌」。作曲は朝ドラ『マーチ』の古関裕而さん。

撮影場所は、「撮影日記」に拠れば内童子(平内町)とあります。
背景の山の形などからみて、このあたり↓

浪曲師

浪曲興行

1:27
浪曲師が興行していた学校。
これは冒頭の尋常小学校として登場した小湊小学校の旧校舎でしょうか。

浪曲師後藤駒右衛門に小松方正さん。
定蔵に手ほどきしてくれた浪曲三味線のおちか婆さんに緋多景子(樋田慶子)さん。

芝居小屋

1:31
地図は大阪市を示します。
家では大変なことになっているのですが……

芝居小屋は口広の公民館で撮影とのことです。

盲学校

1:36 1:39 1:41
戦時下という厳しい状況でボサマを続けるのが困難になった定蔵は、家族の説得もあり学校へ通い始めます。
設定では竹山氏が通っていた八戸の県立盲唖学校。
撮影に使われた校庭や校舎は、やはり小湊小学校の旧校舎とのこと。

運動場は、おそらく旧校舎の北側。
後ほど(1:48)乙羽さんと倍賞さんが訪ねてきたときのショットで、もう少し広いアングルで捉えられます。 

ダメダメな山岸先生に島田順司さん。
美しき生徒瀬川道子に吉田さよりさん……といってわからなければ、この後日活ロマンポルノでおなじみとなる風祭ゆきさん。ホントにおきれいですよね。
校長は藤村有弘さん。

再びひとり旅

岩木山

1:49
雪の中、木の橋を渡ってきます。

映画の前半でよく登場していた橋(弟子入りするために渡った場面など)とは橋脚の組み方が違うので、別ですね。
「撮影日記」には、金木の橋という表現がありました。

まったくの当てずっぽうですが、このあたり↓とか

もしくはこのあたり↓とか

1:51にトヨとフジが渡るのは、同じ橋。

海辺の家

1:52
家の前で延々尺八を吹かれて、草野大悟さんがキレるところ。

「撮影日記」に拠れば、十三湖(じゅうさんこ)先の脇元部落とのこと。

特定は難しいですが、地域としてはおおよそこのあたり。
SVで見ると、映画と同じように雪囲いの家が建ち並び、冬の厳しさが伺えます。

十三湖

地図で十三湖(じゅうさんこ)が示されます。

トヨとフジがカーブする長い橋を渡ってきますが、この橋はその後西隣に架け替えられています(十三湖大橋)。

カメラ北向き。

定蔵がいた海岸

1:55

廃船が並ぶ海岸。
最初の妻ユミ江と別れた海岸と同じ、大畑海岸。
昔の空撮で、廃船がゴロゴロしているのを確認できます。

♪「十三(とさ)の砂山」

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成田雲竹

成田雲竹として、佐藤慶さんがいきなり登場。
その次のカットで、定蔵が細い桟橋のようなところで座って三味線を弾いていますが、場所は不明。

ロケ地マップ

資料

更新履歴

  • 2020/11/11 「ジァンジァン」項目追加
  • 2020/11/09 新規アップ

コメント

  1. milou より:

    “渋谷ジャンジャン” 懐かしいですね。検索すると面白いことが…
    まず 開設者である高嶋進の著作では「ジァンジァン狂宴」
    「ジァンジァン怪傑」「ジァンジァン終焉」なので
    正解は中黒なしのジァンジァンでしょう。

    しかしネットで見つけた 1996年7月19日の早川義夫ソロコンサートの
    チケットには渋谷ジァン・ジァンと中黒がある。
    他の見つかる画像でも劇場自体の表記すら中黒があるので
    途中から正式に(?)入ったと思われます。

    僕の1枚だけ見つかったチケット(同じ早川義夫ソロコンサート)
    の半券には小劇場 Jean-Jean としかなくカタカナはない。
    7月27日という日付だけで料金も記載がないが、
    当然 早川の復活後なので 94年以降であることは確か。
    面白いのは先の本の表紙では小劇場ではなく
    Music Theater になっている。

    ちなみに Wiki では見出しは中黒ありだが本文では混在。
    また多くのネット記事でもジァンジァンの写真があっても
    本文内ではジャンジャンがほとんど。
    まあ確かに通称(発音)でも変換でもジャンジャンが楽だからね…

  2. 居ながらシネマ より:

    milouさん、コメントありがとうございます。
    おお、このエントリーでmilouさんからコメントいただけるとは。しかもそっち方面(笑)。別途ご提供いただいたチケットの画像も、後ほどアップさせていただきます。
    なつかしいですよね。学生の頃はよく渋谷へ行っていました。最近は公園通りがだいぶ寂れてしまっていますし、今年は新型のせいで井の頭通りの方までも飲食店が軒並みしんどい感じになってきていますね……。まさかシャッター商店街みたいにはならないと思いますが。
    『竹山ひとり旅』のクレジットですと、株式会社ジァン・ジァンで前株の中黒入りですね。商号といいますか社名としてはこれなのかもしれませんが、表記上は中黒ない方がスッキリします。
    それにしても今も書きながら感じていますが「ジァンジァン」ってローマ字入力ではやりづらいですね。
    JISや親指シフトなら1打鍵で1文字ずつ打てますが、ローマ字ならJI-XA-N-JI-XA-NNでしょうか。ジャンジャン打てないですね(汗)

  3. 赤松 幸吉 より:

    居ながらさんのお気に入り映画だけに、いつになく気合が入っていますね。
    これだけ根を詰めた作業はその映画によほど憑りつかれないと常人には真似ができません。
    この記事に打ち込んだ「精魂」が紙面からほとばしるようで、津軽地方・北海道などのロケ地を地図に沿って詳細に記しており、まるで現代の「伊能忠敬」のようです(少し大げさですか?)。

    作品は新藤兼人監督としてはかなりの変化球、異色作で、いつのも巨匠独特のタッチ(空気感)が薄まっているように思われ、斎藤耕一が撮っていたらもっとスマートでファンタジックになっていたでしょう(どちらがよかったのかは分かりませんが)。

    林隆三はテレビ俳優のイメージが強く、映画ではあまり印象に残っていません。
    映画で本格的主演をしたのもこれだけではないでしょうか。

    雪に埋もれたシーンが多かったので、特定が難しかったのでは?

    映画に出てきた、絵葉書のような雪の原風景(橋、古民家、廃船、荒れ狂う海、砂浜など)は今でも残っているのでしょうか。

    「十三湖大橋」も一度は訪れたいと思いながら、結局モダンな橋に建てかえられてしまった

  4. 居ながらシネマ より:

    赤松幸吉さん、コメントありがとうございました。
    それが実は本文でも書きましたが、新藤監督の撮影日記を参考にしてしまったため、けっこう機械的な作業になってしまいました。書いていても、途中で作業感が出てきてしまい、ロケ地チェック的には思ったほどワクワクできませんでした。
    これまで資料本をできるだけ使わないできたのは、そういえばそれを避けるためだったんですよね……自分で今頃思い出しました。またしばらくは資料は使わないでやってみようと思います。
    (次の『はなれ瞽女おりん』は自分でいくつか見つけられて楽しいです 🙂 )

    ただ「撮影日記」からは現場の様子が伺えて面白かったですね。どんどんロケハンして、よさげなところはすぐに撮影協力を求めて、こっちでカメラ回してはすぐにあちらへ移動とか。
    おっしゃるとおり林隆三さんはテレビ俳優の印象が強いですよね。撮影日記でもとてもあわただしく現場にきて、数日撮影したらそそくさと帰京と、忙しい忙しい。俳優を長期間拘束することがまったくかなわない日本の撮影現場の状況を、監督も嘆いていました。

    <映画に出てきた、絵葉書のような雪の原風景>ですが、少なくとも廃船の海岸は港の整備とともにきれいに片付けられたようですね。
    といいますか、映画の当時現役だったところも、油断すると原風景化してしまいそうで……
    本文では書きませんでしたが、こちら↓「撮影日記」によると撮影当時スタッフがよく利用していた町で唯一の喫茶店だったところです。
    https://goo.gl/maps/bKBm8Rx6H5jFiLP3A

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