『サン・スーシの女』 La passante du Sans-Souci (1982)

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作品メモ

ロミー・シュナイダーの出演作をずっと見てきましたが(→ タグ「ロミー・シュナイダー」)、こちらは遺作。
撮影は81年10月から。
この年彼女は二度目の離婚、そして最愛の息子の事故死という厳しすぎる試練にみまわれています。
オープニングクレジットで彼女の名前の下に、

pour David et son pere (Davidと彼の父に)

と献辞が出ますが、Davidは亡くなった息子。その父親は最初の夫で、79年に自殺。
公開は82年4月で、5月29日に彼女自身が帰らぬ人となっています。

この映画は彼女が長い間企画を温めていたもの。
夫を愛してやまない妻を二役演じていますが、演技は熟成の境地に達していて、女優として最後にひときわ大きく輝いた感があります。

お話は、人権擁護団体の代表が中南米国の大使と面談中にいきなり相手を射殺。
法廷の場で、彼は1933年のベルリンに遡る長い物語を語り始める……といったもの。

保険会社社長にして世界人権擁護委員会の代表者マックス・バウムシュタインにミシェル・ピッコリ。
その妻リナにロミー・シュナイダー。

ナチス政権下のベルリン、父親をナチスに殺されたマックスは、両親の友人ヴィナー夫妻に保護されます。
危ういところでマックスを助けたオペラ歌手エルザ・ヴィナーがロミー・シュナイダー(二役)。
その夫で反ナチスの出版社を営むミシェルにヘルムート・グリーム。
情勢がさらに厳しくなり、エルザはマックスを連れてパリに逃げることになります。しかしミシェルはあえなく逮捕。

逮捕直前のミシェルに金をパリまで届けるよう頼まれたことで、エルザやマックスと関わることになったフランス人モーリス・ブイヤールにジェラール・クライン。
射殺されたパラグアイ大使フェデリコ・レゴ、1933年当時はパリのドイツ大使館に勤務していた本名ルパート・フォン・レガールトにマチュー・カリエール。

『昼顔』のジョセフ・ケッセルの原作をジャック・ルーフィオとジャック・キルスネルが脚色。
原作は読んでいませんが、書かれたのが1937年ですから、現代の人権団体云々のパートは脚色によるものでしょう。
テロと戦ってきた立場の人間がテロを行うことの矛盾を、ミシェル・ピッコリが抑えた台詞まわしで語る場面は重みがありました。
また最後にテロップで示される結末は、今なお狂気の連鎖が断ち切られていないことを静かに、しかし力強く訴えていて、見事な効果を上げていたと思います。

監督ジャック・ルーフォ。ロミー・シュナイダーが希望して実現。
撮影ジャン・パンゼ。
ほとんどVFXといってもいい老けメイクはジャン・ピエール・エイシェンヌ。
音楽ジョルジュ・ドルリュー。

音楽

エルザの歌

ラジャンでエルザが歌うドイツ語の歌曲は、作曲がジョルジュ・ドルリューですので、クラシックではありません。
実際に歌っているのはHannelore Norgensenという方。

歌詞はハインリヒ・ハイネの『歌の本』(Buch der Lieder 1822)から、”Lyrisches Intermezzo. 1822–1823.”の27番目の詩。
ハイネはもうパブリック・ドメイン化してますよね??
全部引用してしまいますと……

Du bliebest mir treu am längsten,
Und hast dich für mich verwendet,
Und hast mir Trost gespendet
In meinen Nöthen und Aengsten.
 
Du gabest mir Trank und Speise,
Und hast mir Geld geborget,
Und hast mich mit Wäsche versorget,
Und mit dem Paß für die Reise.
 
Mein Liebchen! daß Gott dich behüte,
Noch lange, vor Hitz’ und vor Kälte,
Und daß er dir nimmer vergelte
Die mir erwiesene Güte.

ちなみにメンデルスゾーンの「歌の翼に」も”Lyrisches Intermezzo. 1822–1823.”の9番目の詩。

エンドクレジット

ラストからエンドクレジットにかけて流れるのは、エンドクレジットの表記で”CHANSON D’EXIL”。歌はTALILA。
これも作曲はジョルジュ・ドルリュー。OPをはじめ随所で流れるいわばテーマ曲ですね。
歌詞はクレジットによれば、 Jacques Kirsner と Micheline Gautron。前者は脚本のジャック・クリスナーですね。後者はドイツ語版Wikipediaによればジョルジュ・ドルリューの奥様とのこと。

ロケ地

IMDbでは、

Berlin, Germany
CCC-Atelier, Spandau, Berlin, Germany
Paris 15, Paris, France

ロケ地はパリと西ベルリンです。
手持ちがあまり良い画質ではないのですが、頑張って画面とにらめっこでチェックしていきました。

空港

キネマ旬報DBでは「オルリー空港」とありますが、映像を見る限り撮影はド・ゴール空港Wですね。
クルマを停めたのは円筒形の第1ターミナルのどこか。

※12/6/17追記
コメント欄でmilouさんから「タクシー乗り場は20番出口のみ」と情報いただきましたので、そのあたりのSVも貼り付けておきます。

ホテル

マックスとリナの宿泊先。
画質が悪いのでよく見えませんが、おそらくPRINCE DE GALLES。

お土産の絵は、モイズ・キスリング。

パリの夜道

マックスがひとり歩くところ。
ムーラン・ルージュを背景に、Rue Pierre Fontaineを南東に進んでいきます。


大きな地図で見る

マックスが入ったのはコメディ・ド・パリWの右隣のお店。
リアルではこういうところ。

Carrousel de Paris
http://www.carrouseldeparis.fr/

1933年ベルリン

西ドイツのロケ地は手懸かり少なく、探すのは難しそうです。

ホテルのレストラン

クリスマスの夜。
マックスのバイオリンに涙を流すロミー・シュナイダーが美しすぎるこの場面。
撮影場所は不明ですが、ミシェルの台詞から、少なくとも設定上はジョルジュサンクでしょうか。
ということは現在のマックスたちのホテルと同じ並び?

ホテル

モーリス・ブイヤールがエルザを探してやってきたところ。
GRAND HOTEL D’ORIENT とありますが架空のものでしょうね。
ほとんど周辺が写らないので、撮影場所を見つけるのはちょっと難しいかも。

LE RAJAN

エルザが働いていたところ。
こちらも場所を見つけるのは至難。

サン・スーシ(LE SANS SOUCI)

タイトルにもなっているカフェ。
メトロの出口がそばにありますが、駅名はBALARD(バラール) Wと書かれてあるようです。
そのままマップで見てみたら、すぐにお店も見つかりました。


大きな地図で見る

現在こちらはこういったレストランになっているようです。

Le Terminus Balard
1, place Balard, 75015 Paris, France  

画像検索してみると中には映画と同じようなカウンターがあるようですので、おそらく撮影当時もこちらのお店はあったものと思われます。

©milou アルバム「パリの駅」から

※12/6/17追記
milouさんから画像を提供していただきました。
(いつもありがとうございます♪)
周辺の参考画像として使わせていただきます。
コメント欄もあわせてご覧ください。

©milou アルバム「パリの駅」から
©milou アルバム「パリ」から

こちらはホテルの部屋からの眺めとのこと。

資料

関連記事

ロミー・シュナイダー出演作

ジョルジュ・ドルリュー


『サン・スーシの女』 La passante du Sans-Souci (1982)” への2件のコメント

  1. 残念!! 2006年にBalard のホテルに1週間滞在したのに…

    カフェ Sans-Souci 前のRER高架を越えた対角線のホテル Median Paris Porte de Versailles
    (このときは友人と一緒でフリーのパックーだったので仕方なくパリの端っこ)。
    だからメトロは毎日利用していたが残念ながら写真はない。

    空港は明らかにキネ旬の間違いでCDGのT1。
    タクシー乗り場は20番出口のみ(SVでも工事中だがTaxiの表示は確認できる)。
    僕はORY(Sud)もCDGも使っているが、さすがにORYの記憶は余りない。
    76年に初めてCHDに降りた時(当時はT1のみ)交錯したチューブ状の
    ムーヴィング・ウォークに未来都市のような驚きを覚えた。

    まだロケ地情報として追加できることはないが
    まずMaxとLinaの宿泊先はHotel George V 右隣のPrince Degalles
    で間違いなくRupertを射殺した後ならはっきり分かります。
    ただ現在のSVとは正面の形状がまったく違い偽装の可能性が高い。
    現在は入口などすべてアーチ型だが映画ではモダンな直線、
    George V 同様、有名人御用達の老舗の超高級ホテルに見えない。
    それならそれで同名のホテル名にする理由が分からないが。

    さて映画の設定では、まずElsaがパリに出てきたときはHotel George V
    に泊まる。ヴァイオリンを弾くレストランも壁面などはホテル内のレストラン
    Le cinq に似ているから間違いないだろう。
    そして金が尽きたか2つ星以下のホテルGrand Hotel d’Orienteに移る。
    モーリスが訪ねてきたとき廊下に洗面器と水差しが見え、
    メイドが恐らくはオマルであるホウロウのポットを持って部屋に入るので
    水の出る洗面所(l’eau coulante)すらない部屋もあるはず。
    ホテルの場所が問題だが、当然働いている店 Le Rajah に近いはずなので
    Sans-Souci にも近いはず。
    しかしMaxは戦前RajahがあったはずだがとComedie de Paris で聞くので変だが
    原作ではピガールで少なくともBalard あたりにあのような店があるはずがない。
    昔は広大なヘリポートがあった辺鄙な場所。

    そしてGrand Hotel d’Oriente の向かいに壁がチョコレート色のCafeがあり
    電話番号がCLI、つまりクリニャンクールなのでピガール近くで話が合う。
    ホテルも緩やかな斜面に建っているがモンマルトル方面なら坂があって普通だが
    Balard あたりは坂ではない。
    さらにGaumont-Palaceに映画を見に行くという台詞があるが、これも
    モンマルトルなので近い。
    ちなみに1930年代世界一の映画館で6000席もあったらしい。
    つまり15区で撮影とあるが実際はSans-Souci以外は18区あたりだろう。

    ちなみにロミー・シュナイダーのインタビューによると
    Le Rajah のシーンはどうやらベルリンで撮影したらしい。
    少なくともセットではないとして店の前の感じはピガールではない。

    ところでMichelとElza Wiener にモデルがあるかは分からないが
    少なくとも実在の人物ではないと思われる。
    ところが映画のラストで手の込んだことをするなと感心したのが現在(1981年)のSans-Souci の表に明確には読めないが、反ナチの闘士
    MichelとElza Wienerがこの店の前で殺された、とか書いた銘板が付けられている。
    ついでにヘビースモーカーのMax はやはり異邦人(ユダヤ)でGitaneが2カートンも部屋に置いてある。ラストのSans-Souci でもLinaがGitane3箱(1日分?)渡す。ただし最初の集会の場面ではタバコを切らし隣の女性のGauloiseをしぶしぶ吸う。

  2. milouさん、毎度どうもです。
    遅くなりましたが、送っていただいた画像、アップさせていただきました。
    目と鼻の先のところに1週間もいらしていて、本当に残念でしたね。
    次の機会にはぜひカウンターでじっくり旨そうに召し上がってください。

    空港の情報も多謝です。30番付近のSV追記しておきました。
    ホテルががくっと格落ちしていたのは、2人のパリでの暮らしぶりを見た目でうまく表現していましたよね。
    Grand Hotel d’Oriente の場所はmilouさんの書き込みを参考にもう少し粘ってみます。

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